澤田さんの京都市井図絵というシリーズの一作。京都に暮らす市井の人々の哀歓を綴った短編集だが、今作だけは、二人の主人公が活躍する連作となっている。
京都、北車屋町の風呂屋、梅の湯の2階で、いつも客の揉み療治をしているあんまの彦市。彦市の長屋の隣人で、梅の湯の用心棒と言われる浪人猿投十四郎。彼は名家精華家の公家の庶子だった。母親は三河の山奥の猿投の神社の神官の娘。
隣人同士で、表面的には仲良く暮らしている二人だが、心の奥底には秘密の思いがあった。十四郎は彦市があきめくらで、普段持つ杖には剣が仕込まれていると気づいていた。さらに剣術もなかなかの腕前だと。それでいて、正体に気づいてることを明かさず、隣人付き合いをしていた。
時には風呂屋で起こる揉め事や事件に二人で協力して、ことに当たっていた。
そんな二人が遭遇するいくつかの事件を描いたあと、最後には二人はその秘密を暴露する。
徳川の世になって以来、幕府と朝廷の闘争が暗部で続いていた。朝廷はいつか政権を取り戻すことを夢見ていた。十四郎は長屋で、時々公家の庶子や次三男と会い、秘密の会合を持っていた。
彦市は幕府が密かに市井に配した市隠れと呼ばれる隠密だった。彼の家系では代々その任につき、彦市で七代目。
そんな彦市はうんでいた。隠密稼業にいやけがさしてきた。そして見張りのために隣人になった相手の十四郎に惚れていた。麟家から漏れ聞いた密議を上司に報告しないまま、一年あまり。隠密を抜ける機会をうかがっていた。
風呂屋でやくざに絡まれているのが、十四郎の密議に出ていた公家と知るや、仲裁に入り、彼らの暴力を一身に負う。どれで体を壊してあんまをやめたと思わせて、十四郎らと出奔し、行を共にしようとした。仲間を説得し、彦市を受け入れた夜、寝込みを襲われるも、待ち伏せしていた十四郎と彦市は追っ手を撃ち取り、長屋を後にする。

この二人のその後の活躍が、前に読んだ「天皇の刺客」に語られる。二人の仲間となったのが、神灯目付役。