京の上京小川の扇屋、俵屋に本家から養子に入った伊年。早くに妻をなくし、独り者だった主の仁三郎がいきなり連れてきた養子は、本家の末っ子だった。本家の俵屋は西陣の老舗の唐織屋。年は五歳か六歳のその子は口を利かない。芒洋とした顔つきでぼんやりしてる。番頭以下店のものは、先行きをあやぶむ。
聞くところでは、言葉も遅く、本家でも頭が足りないのではないかと心配されていたらしい。
ただ、伊年はいつも絵を描いていた。生家では、いつも作業場の片隅で着物の柄の模様を写していた。その姿を見て、仁三郎は気に入ったらしい。写した柄に、配置の妙があり、それは扇の絵付けにも役立つ才能だと。商売のことはおいおい覚えればいいと。
それから十数年、伊年は相変わらず。それでも扇の絵付けだけは誰にも真似できないものを描き、売り上げも伸びる。
そんな伊年がのちの天才絵師俵屋宗達となる。
きっかけは、幼馴染みの紙屋の若旦那と安芸の宮島で、傷んだ平家納経の修繕に手を貸したことだった。傷んだ絵を新たに描いた。
その成果が縁で、本阿弥光悦の書の下絵を書くことを頼まれて、嵯峨本と言われる豪華本の出版に手を貸すことになる。
その間にも世は変わり、秀吉から家康の世に。
町衆に危険を感じた家康は、光悦を江戸に呼ぼうとするも、光悦は京の郊外鷹ヶ峰に知行地をもらいうけ、一族や仲間を引き連れて移住。文化村を作ろうとし、伊年も誘われるが、彼は断る。

上巻と言える風の章は、ここで終わる。下巻では光悦との協同作業を離れ、絵師として一人立ちするのかな。