さまざまな江戸の町人を描いた短編集。8編。

最初の「ぞっこん」は、何と語り手は筆。歌舞伎看板の画師、鳥居清忠の持ち筆だったが、清忠に日参して、それを譲り受けたのは、食い物やの看板などを描いていた長屋住まいの職人、栄次郎。筆は最初に使い始めるときが肝心。上手に使い始めないと変な癖がついてしまう。それを知っていた栄次郎は、名だたる画師の何でもない筆を譲り受け、普段の商売には使わず、文字の書き方を研究して、寄席文字を作り出し、名を挙げる。栄次郎には長屋の幼馴染みで女房の兄である落語家喜楽という友がいた。本番に弱く、落語家で食えず、栄次郎からとった金で遊ぶだらしない男。それでも幼い頃に彼の話で辛い生活を癒された栄次郎は彼を見捨てられない。

「千両役者」は、それを夢見てる下積みの役者を描いた作。

「晴れ湯」は、父親が仕事をしないために、十歳で風呂屋の三助を勤める松乃湯の娘、お晴の話。

「莫連あやめ」は、売れない古着屋の娘あやめの話。男物の着物を着こなして、莫連あやめと評判になるが、大きな商家の娘八重が引き連れる、着飾った娘たちに店が襲われた時に、助け船を出したのは、日頃馬鹿にしていた兄嫁のお琴だった。

「福袋」は大食いのために離縁された乾物屋の娘お壱与の話。大食いだがきちんと味わって食べる彼女は、その素材まで舌で見分けることができた。大食い大会で名を知られた彼女は、それを見込んで、武家から姫の毒味役に選ばれる。

「暮れ花火」は羽織の裏地の絵師おようの話。辰巳芸者に頼まれた笑い画。見せられた画は、彼女が若い頃に入れあげた男の交合を、彼女が描いたものだった。

「後の祭」は神田祭の附き祭で、仮装行列をすることになった町の家主の苦労話。城内にも乗り込んで、将軍にも見られる行列をいかにするか、小心者の家主は気が休まらない。家賃をためてる男が意外と祭に詳しく、何とか本番に間に合わせたが、予期しない事態が持ち上がり、名主に責められ、あたふたする家主。

「ひってん」は、宵越しの銭は持たなかったふたりの男。生き倒れの男を助けたことから、昔は名の知れた職人が作った櫛を百枚譲り受ける。広小路で売り始めたものの、商売を知らない二人は苦戦するも、一人が真剣に商売のことを考えるようになり、ついに何軒も支店をもつ、大店に成り上がる。何でも十九文という安売りの店。そんな男がふと昔を思い出す。