浮世又兵衛物語、と副題にあるが、織豊時代から江戸時代初期に活躍した絵師、岩佐又兵衛の一生を描いた大作。本文662頁。
昨日から読み始めたが、さすがに2日かかった。
又兵衛は摂津の織田家の武将、荒木村重の若様。信長に疑われ、従兄弟の甘言により、謀反をおこすが、織田軍に攻めらると、討ち死にを覚悟。血筋を残すために、若君の一人を乳母の手で、城外に逃した。沖縄の体術の心得がある気丈な女お勇により、本願寺内の長屋で成長した又兵衛。十七才の時、秀吉の甥で、時の関白秀次が処刑。さらに秀次の妻子一族も三条河原で断罪された。お勇の指図でそれを見に行った又兵衛は、刑場で白骨の文章を唱えている、本願寺の執事を勤める心願を知る。
本願寺の敵である織田信長に天涯孤独にされた又兵衛に使い道があると思ったか、以降何かと又兵衛につきまとい、世話をする。
又兵衛の父荒木村重は妻子を捨てて城を逃れて生き延びた。のちに茶人として利休の弟子となり、後年又兵衛に再会する。
又兵衛の母親以下、村重の妻子も家来も京の河原で断罪された。その様を教えるために、秀次妻子の断罪を見させた。
お茶の商人宗助というものが、お勇と又兵衛の暮らしの面倒を見てくれた。彼の家でみた中国製の絵皿、その絵に興味を抱いたのが、絵師の萌芽かもしれない。
貝塚本願寺で幼年期をすごし、九才の折りにお勇につれられて、堺にいた利休の高弟道薫の茶席に侍る。彼こそ村重の生き延びた姿だった。彼は茶人の跡取りとして、又兵衛を考えていたようだが、又兵衛は武士にも茶人にもなる気はなかった。ただその席で会った美しい少女に眼を奪われる。彼の母方の縁に繋がる少女、弥弥は、何事もなかったら彼のいい名付けになったかもしれない。
少女は秀吉の求めを断った利休の養女となっていたが、のちお国歌舞伎の一団に加わり、消息をたつ。のちに徳川将軍の娘に仕える尼として、又兵衛に江戸下向を促すために、当時福井にいた又兵衛の前に姿を表す。
十五才の又兵衛は、浪人に誘われて、歌舞伎ものの若者がたむろする場所に出入りするようになり、そこで終生の友と言える剣術の達人、玄と知り合う。
彼らの面倒を見ている石田三成の家来だったという門佐衛門により、元服し、勝以という名乗りを得る。姓の岩佐は乳母お勇の姓だったが、卑怯未練な武将だった父を嫌った又兵衛は以後、岩佐をなのる。
秀次妻子らの断罪を見たあと、又兵衛は亡き母の一族であった秀次正室の形見の袖を得ようと
、河原者の頭のもとを訪ねて、絶世の美少女、兵を知る。兵はのちに佐々成政の遺児とわかるが、彼女も又数奇な生涯をおくる。遊女となり、その姿を描いた又兵衛を絵師として京中に知らせるとともに、自身も評判にした。のち毛利の老公の側室となり、さらに越前宰相の側室となり、又兵衛が北陸に地歩をきずく助けとなる。
歌舞伎ものどうしの争いにより、右腕が使えないために剣術を諦めた玄は、絵師として生きはじめた又兵衛の片腕となる。左手で絵を学び、やがては、又兵衛に匹敵する腕前になり、又兵衛の店の管理を手堅くすることで、又兵衛が好きなように絵を描き、どこへでも行けるように、陰の支えとなる。
京の地で、多くの職人を抱え、絵師の店として成功させ、もと遊女の兵に呼ばれて、越前へ。さらに呼ばれて江戸に赴き、名を残した絵師岩佐又兵衛勝以、浮世の様を描き残したことから、浮世又兵衛と呼ばれた絵師の波乱の生涯を描いた作品だった。なかなか読ませる小説だった。
著者は中近世の文学や歌舞伎が専門の大学教授。そのかたわら、旗本絵師が主人公のシリーズの時代小説も書いていて、その一部を昔、読んだことがある。
昨日から読み始めたが、さすがに2日かかった。
又兵衛は摂津の織田家の武将、荒木村重の若様。信長に疑われ、従兄弟の甘言により、謀反をおこすが、織田軍に攻めらると、討ち死にを覚悟。血筋を残すために、若君の一人を乳母の手で、城外に逃した。沖縄の体術の心得がある気丈な女お勇により、本願寺内の長屋で成長した又兵衛。十七才の時、秀吉の甥で、時の関白秀次が処刑。さらに秀次の妻子一族も三条河原で断罪された。お勇の指図でそれを見に行った又兵衛は、刑場で白骨の文章を唱えている、本願寺の執事を勤める心願を知る。
本願寺の敵である織田信長に天涯孤独にされた又兵衛に使い道があると思ったか、以降何かと又兵衛につきまとい、世話をする。
又兵衛の父荒木村重は妻子を捨てて城を逃れて生き延びた。のちに茶人として利休の弟子となり、後年又兵衛に再会する。
又兵衛の母親以下、村重の妻子も家来も京の河原で断罪された。その様を教えるために、秀次妻子の断罪を見させた。
お茶の商人宗助というものが、お勇と又兵衛の暮らしの面倒を見てくれた。彼の家でみた中国製の絵皿、その絵に興味を抱いたのが、絵師の萌芽かもしれない。
貝塚本願寺で幼年期をすごし、九才の折りにお勇につれられて、堺にいた利休の高弟道薫の茶席に侍る。彼こそ村重の生き延びた姿だった。彼は茶人の跡取りとして、又兵衛を考えていたようだが、又兵衛は武士にも茶人にもなる気はなかった。ただその席で会った美しい少女に眼を奪われる。彼の母方の縁に繋がる少女、弥弥は、何事もなかったら彼のいい名付けになったかもしれない。
少女は秀吉の求めを断った利休の養女となっていたが、のちお国歌舞伎の一団に加わり、消息をたつ。のちに徳川将軍の娘に仕える尼として、又兵衛に江戸下向を促すために、当時福井にいた又兵衛の前に姿を表す。
十五才の又兵衛は、浪人に誘われて、歌舞伎ものの若者がたむろする場所に出入りするようになり、そこで終生の友と言える剣術の達人、玄と知り合う。
彼らの面倒を見ている石田三成の家来だったという門佐衛門により、元服し、勝以という名乗りを得る。姓の岩佐は乳母お勇の姓だったが、卑怯未練な武将だった父を嫌った又兵衛は以後、岩佐をなのる。
秀次妻子らの断罪を見たあと、又兵衛は亡き母の一族であった秀次正室の形見の袖を得ようと
、河原者の頭のもとを訪ねて、絶世の美少女、兵を知る。兵はのちに佐々成政の遺児とわかるが、彼女も又数奇な生涯をおくる。遊女となり、その姿を描いた又兵衛を絵師として京中に知らせるとともに、自身も評判にした。のち毛利の老公の側室となり、さらに越前宰相の側室となり、又兵衛が北陸に地歩をきずく助けとなる。
歌舞伎ものどうしの争いにより、右腕が使えないために剣術を諦めた玄は、絵師として生きはじめた又兵衛の片腕となる。左手で絵を学び、やがては、又兵衛に匹敵する腕前になり、又兵衛の店の管理を手堅くすることで、又兵衛が好きなように絵を描き、どこへでも行けるように、陰の支えとなる。
京の地で、多くの職人を抱え、絵師の店として成功させ、もと遊女の兵に呼ばれて、越前へ。さらに呼ばれて江戸に赴き、名を残した絵師岩佐又兵衛勝以、浮世の様を描き残したことから、浮世又兵衛と呼ばれた絵師の波乱の生涯を描いた作品だった。なかなか読ませる小説だった。
著者は中近世の文学や歌舞伎が専門の大学教授。そのかたわら、旗本絵師が主人公のシリーズの時代小説も書いていて、その一部を昔、読んだことがある。