カナダの作家ゴヴィエによる、江戸時代の絵師カツシカホクサイノ娘、栄の生涯を描いた作品。上巻には生まれたときから、鎌倉の縁切り寺に駆け込んで、夫婦の縁をきるまでが描かれている。

名ばかりは有名だが、貧乏絵師だった北斎。生涯に何度も画号を変えた北斎だが、今はこの名で呼ぶのが分かりやすい。
栄は北斎の後妻の腹から三女として生まれた。二人の姉と兄は先妻の子。兄は父が昔奉公していた眼鏡師に奉公していて、家にはいない。
はじめて生んだ娘だというのに、栄をははおやは気に入らなかった。反対に父はなぜか気に入り、福耳だとか犬みたいだとか、顎が大きいのを気に入り、栄は俺のものだと可愛がった。栄を抱いたり背に負っては歩き回った。生まれついてから栄は父と一心同体だった。

当時は松平定信が老中として、次々と触れをだし、贅沢を禁じ、遊びを嫌う時代だった。庶民には苦しいばかりの世の中。せめてわずかな娯楽でもあれば、一時は苦しさを忘れられるのに、杓子定規にそれさえ禁止する公儀。
栄の誕生が幸か不幸か、それは決めかねる。

北斎は変人だった。何につけても二面性のある男。人混みは好きでも傍観者、ふざけていてもその自分を見つめる北斎もいる。何をするにも絵師の目をうしなわない。根っからの絵師だった。

今の自分に満足できず、いつも変わろうと、あくせくする絵師。だから名前も変える。だからそばにいる栄にできることは、始終目を配らせ、すぐに対応できるように準備しておくしかない。
父と共に町中をえ経めぐった。いろんな音や声を聞いたし、景色も見た。工芸品も見たし、異論な人も見た。遊技場や吉原も見た。父は身分の差がなくなる吉原が好きだった。栄をつれて吉原によくいった。遊ぶ金はないのに。なじみの入れ墨の彫り師の涌や小間物屋の女主ミツ。画題を制限されて仕事にあぶれた父はどんな絵を描けばいいか知ろうと立ち寄った。
おいらん行列があれば、父はそれを見学する人々を写生した。そんな見物人のなかに、盲人がいた。栄は一目で嫌悪と恐れを感じた。いまだあんまだが、のちに金貸しとなり、父と栄が好きだった遊女を身請けする。その遊女、栄が初めてあった頃は見習いだった志乃。おしゃまで明るい栄は志乃に気に入られ、よく一人でも遊びに出掛けた。武士の妻がオットニたてついた過度で、奉行所で、5年の郭奉公を言い渡された。美人ではないが、長い髪と豊かな教養がある女。

浮世絵と堕落本の出版で有罪となり、科料と手鎖の刑になった山東京伝。狂歌連の仲間だった北斎や歌麿はあまり気にしていなかったが、のちに歌麿が同じ罪に服し、北斎は栄をつれて、浦賀へ逃げ出した。江戸に参府したオランダ人に頼まれて、北斎は絵を描き、買い取ってもらったことがある。かなりの実入りで、借金を返し、いくらかは安穏な時期を過ごしたこともある。しかし、公儀にわかれば罪を得ることもありうる。

寂れた漁村の海辺で波と戯れて過ごした北斎と栄。江戸に帰ると、歌麿は手鎖の刑に服していて、何もできないと不平を鳴らしていたが、のち刑が終わったあとに死んでしまう。将来に絶望したのか。

吉原では、志乃が密かに朋輩に教えていた護身術が見つかり、安い店へ鞍替えさせられる。それで盲目のあんまにも手が届く遊女となり、馴染みとなり、やがて身請け話が出てくる。金貸しの許可を得たあんまは志乃を身請けし、北斎と栄の前から姿を隠した。

少女の頃からなじみの戯作家式亭三馬。滑稽本作家で芝居の批評家、さらに白粉売りの店を持つ男とは、栄は気が合い、いつしか男女の仲になる。栄の初めての男。
馬琴のもとに転がり込んだ北斎は数ヵ月で旅に出た。江戸以外の風景をみたい、絵にしたいと言って。置いていかれた栄の心の隙間に入り込んできたのが三馬。
帰ってきた北斎は金を得るために、巨大な達磨絵を護国寺で公開して描きあげ評判となる。彼が望むのは評判だった。

将軍に呼ばれ、鷹狩りのあとに、余興として絵を描く勝負をした北斎。持参した鶏の足に絵の具をつけて、足跡を画布につけるという、趣向が気に入れられ、喝采される。

三馬は栄の絵師としての腕も認めていた。天分がありながら、折んなとして生まれたために世に受け入れられない。いつか父を越える栄が見られるかもしれないが、俺には見られないとつぶやく三馬。
父のもとには多くの弟子がいたが、忙しい北斎は作品を見るだけで、絵の指導は栄や姉の辰に任せていた。長女のお美代がとついだ重信は、我が強く北斎を離れた。のちに有名になった溪斉英泉には北斎はけなしてばかりで、のちに去った。北斎は弟子に独自性を求めるあまり、今の技量をほめる余裕がなかった。

しばらくあってなかった三馬が危篤だとの知らせが届き、会いに行く栄。労咳で余命がないと。帰ってきた栄に北斎は嫁にいけという。弟子の一人南沢に嫁いだ栄だが、絵を描くには熱心だが家事ができない栄に、幸せはなかった。
世間的には落ち度我がない夫と別れるのは難しいと、栄は縁切り寺に入ろうと決意し、鎌倉に向かう。夫からの追手もなく、彼からの反対もなく三月後、離縁を勝ち取る栄。