四年前までは荻野鶴之助の名で女形の役者をしていた音四郎。ある事情で片足を壊し、今は長唄の師匠として、元吉原の隣、長谷川町の三光新道の長屋で、三味線ひきの妹、久子と暮らす。フラりと迷い込んだ雌の三毛猫に小太郎と名付けて飼っている。
二人は父親違いの兄妹。三味線屋の久子の父親の後妻に入った音四郎の母。
長じて音四郎が荻野喜鶴に弟子入りした頃は、芝居町はこの近所だった。今はみな浅草へ移ってしまったが、昔からの店も残る。
兄妹の自立を手助けしてくれたのは献残屋若狭屋の隠居。二人の弟子でもある隠居は商売がら武家にも町人にも顔がきくので、出稽古等も頼まれて、二人はなんとか稽古屋を続けていられる。
そんな隠居が連れてきた女中、お光。大柄だが、心根はやさしく、出稽古に出掛ける音四郎が駕籠に乗り降りするのを手助けしてくれるので重宝する。実家が刀屋だが、その大女の外見のせいで、嫁の話もなく、跡取りの兄の縁談を何度も壊したために、実家では肩身がせまかった。
音四郎のもとでくらすことで、お光も失恋の痛みを癒し、新たな恋が芽生える。
道楽が過ぎて勘当され、おじさんの世話で、青物の振り売りから始める修業をしていた徳三こと徳三郎。芸事に比して家事の下手なお久に代わり、料理などをしていたお光は徳三郎に見初められた。

音四郎の出生の秘密や足の故障の真実のわけなどのほか、男嫌いかと思われていたお久の純情な恋の顛末、さらに長屋のとなりで寺子屋を営む浪人の女敵討ちの事情など、二人の回りの人々を描いた話。
絵が道楽の若旦那に頼まれて、二人きりで部屋に籠り、絵のモデルになっていた音四郎。若旦那の足にコンプレックスを持つ、いいなづけに折檻され、足を痛めた音四郎。彼が誰にも話さなかったために、世間では様々に噂されたが、お久には誰も話さず、やきもきした。若旦那は失踪し、いいなづけは座敷牢に入れられたものの、今は両親もなく店の建て直しのために婿とりを決意。恨みが消えたわけではないが、音四郎はそんな彼女を長唄で寿ぐ。

足の故障の元になった役者絵が若旦那宗次郎の師匠の名前で出回り、ピンチとなった音四郎は、必死で宗次郎を探す。悪事に手を染め破門された兄弟子の手引きで宗次郎と再会した音四郎。

なかなか味わい深い人情物語だった。