下総古河の土井家、老中も出す譜代大名の名門。江戸時代後期に蘭学に通じた家老、鷹見泉石がいた。この物語は下級武士の目を通して、泉石を描いたもの。泉石の姿は蛮社の獄で亡くなった華山の肖像画に残っている。
尚七は郡奉行のもとで代官手代を勤める父、小松葦兵衛の長男。物書見習いとして、手代の記録係として、終日領内を歩き回る仕事。
尚七は好奇心が旺盛で疑問を感じたり、不思議に思うと、それを知りたくなる。だから回りの誰彼に質問して回ることから、何故なに尚七と呼ばれていた。
雪の降る日、雪の欠片を探して数時間も這いつくばっていた尚七に不審に思い、声をかけたのは、江戸詰め物頭鷹見忠常。土井家では重臣。
雪の形を知りたくて、見たくて雪の野原に這いつくばっていたと聞いた鷹見は、それなら蘭書で見たことがあると尚七に言う。いつかその本を見せてやると言う。
その後音沙汰がなく、諦めていた尚七のもとに父子共に出頭するように知らせが入る。
跡継ぎのない殿様は刈谷の土井家から養子を迎えた。その若様の学問相手になれと言われ驚く父子。推薦したのは、過日出会った鷹見。身分差もあり、尚七は小松家を廃嫡され、遠縁の御殿医の養子となり、若様に仕候することになる。
蘭学に興味があれでも政治的な方面を優先させる鷹見は、若様を出世させることに奔走する。一方、内心では尚七のように蘭学に知的好奇心が勝る若様は、雪の形に熱中し、尚七と共に、それを図にすることに生き甲斐を覚える。
十数年の研究の結果、それは『雪華図説』として実を結び、限定出版して、知り合いに配った。その図は越後の商人鈴木牧之の『北越雪譜』にも引用された。
折しも世間では冷夏で飢饉、農民たちは窮状していた。それを無視するように新たに殿様となった若様の出世に邁進する鷹見に身分差を忘れて批判してしまう尚七。しかし雪の形の研究も同様に農民の暮らしの足しにはならないと指摘される。その後、殿様の本を進呈された南国からお救い米が古河に送られてくる。鷹見の深謀を見た尚七。
殿様が大阪町奉行となり、大阪に赴いた尚七は一時、天満の与力、大塩平八郎の学塾に通うが、大塩の言動の矛盾に気づき退塾。その後、大塩の乱に際して、殿様は見事に平定して、京都所司代に。尚七は旧姓小松に戻り、別家を立てることを長年の功労として与えられる。
尚七は郡奉行のもとで代官手代を勤める父、小松葦兵衛の長男。物書見習いとして、手代の記録係として、終日領内を歩き回る仕事。
尚七は好奇心が旺盛で疑問を感じたり、不思議に思うと、それを知りたくなる。だから回りの誰彼に質問して回ることから、何故なに尚七と呼ばれていた。
雪の降る日、雪の欠片を探して数時間も這いつくばっていた尚七に不審に思い、声をかけたのは、江戸詰め物頭鷹見忠常。土井家では重臣。
雪の形を知りたくて、見たくて雪の野原に這いつくばっていたと聞いた鷹見は、それなら蘭書で見たことがあると尚七に言う。いつかその本を見せてやると言う。
その後音沙汰がなく、諦めていた尚七のもとに父子共に出頭するように知らせが入る。
跡継ぎのない殿様は刈谷の土井家から養子を迎えた。その若様の学問相手になれと言われ驚く父子。推薦したのは、過日出会った鷹見。身分差もあり、尚七は小松家を廃嫡され、遠縁の御殿医の養子となり、若様に仕候することになる。
蘭学に興味があれでも政治的な方面を優先させる鷹見は、若様を出世させることに奔走する。一方、内心では尚七のように蘭学に知的好奇心が勝る若様は、雪の形に熱中し、尚七と共に、それを図にすることに生き甲斐を覚える。
十数年の研究の結果、それは『雪華図説』として実を結び、限定出版して、知り合いに配った。その図は越後の商人鈴木牧之の『北越雪譜』にも引用された。
折しも世間では冷夏で飢饉、農民たちは窮状していた。それを無視するように新たに殿様となった若様の出世に邁進する鷹見に身分差を忘れて批判してしまう尚七。しかし雪の形の研究も同様に農民の暮らしの足しにはならないと指摘される。その後、殿様の本を進呈された南国からお救い米が古河に送られてくる。鷹見の深謀を見た尚七。
殿様が大阪町奉行となり、大阪に赴いた尚七は一時、天満の与力、大塩平八郎の学塾に通うが、大塩の言動の矛盾に気づき退塾。その後、大塩の乱に際して、殿様は見事に平定して、京都所司代に。尚七は旧姓小松に戻り、別家を立てることを長年の功労として与えられる。