主人公外村は高校二年生十七歳。ある日、体育館で森の匂いを感じた。夜になりかける森の匂いを。
中間試験の試験中のある日、級友はみな帰り、独り暮らしの下宿に帰るのがわびしくて、ぐずぐず学校に残っていた彼は担任から来客を体育館に案内することを頼まれた。調律師と聞いたものの、何をする人か知らなかった。
板鳥と名乗った人が、体育館にあるピアの、その鍵盤をならして、音を出しているのを聞いて、最初ピアノの音だとは気づかなかった。それでも何かとてもいいものが聞こえた、何か懐かしい音を聴いた気がして、体育館を出ようとした彼は振り向いて、それがピアノの音だと気づいた。
二時間余りもその人がピアノの音色を変えていくのを黙ってみていた。秋の夜の森の匂いがした。
山奥の村で育った外村は、中学を出たあと、町に出て高校に通っていた。
将来何をしたいか、どうするか決めかねたまま、漫然と暮らしていた。
板鳥が調律しているピアノの音色を聞きながら、外村は景色が見えた。調律とともにその景色が次第にはっきり見えてきた。調律の作業を聞きながら魅了されていた。ピアノを弾いたこともないのに、ピアノが好きだと言ってしまう。ならば一度ピアノを見に来てくださいと、名刺をくれた。楽器店の名前と調律師、板鳥と名前がかかれている。

ある日店を訪ねて、板鳥に会い、弟子にしてくれと頼む。するとその人は調律師になりたいのならと、学校を教えてくれた。高校卒業後、家族を説得して、その専門学校に進学。はじめて北海道を出て、本州に向かった。必ずしも優秀な生徒ではなかった外村だが、嫌になることもなく、二年の課程でどうにか卒業し、故郷の近くにある板鳥の楽器店に就職。折よく欠員ができたため、運よく就職できた。

板鳥はやはり世界的な音楽家にも信頼されるベテラン調律師。滅多に顔を合わせないが、その都度助言をしてくれた。
もとピアニストだった秋野は皮肉ばかり言う人だが、耳がいいだけに調律も手早い。最初に助手を勤めた柳さんは客目線で調律をし、信頼される人だった。

やがて一人で調律にいくほどに成長していく外村。素直で根気よく、一歩一歩、羊と鋼の森を歩いていく外村。
ピアノは鍵盤を叩くと、鋼の弦を羊の毛で作られたフェルトのハンマーが叩いて音を出す。山と森で育った外村は心の中に森を持っているのだろう。見ていなかったものがはじめからそこにあったのだろう。