幕末から明治初期に活躍した落語家三遊亭円朝。大名人円朝は、場末の席ではあるが、十七歳で真打ちになり、生涯に三百人を越える弟子をもった大落語家。自ら創作した名作も数あり、中には修身の教科書になった作品もある。さらに維新後は、政治家など、当時のそうそうたるお歴々に知己を得るほど。

そんな円朝に関わった女たち五人を、元弟子だった男の語りで描いた作品。

最初の女は幕末、旗本のお嬢さんだった女の数奇な生涯を描く。

二番目の女は吉原の花魁。馴染みの商家の主と上った吉原の座敷で知り合った花魁。晩年は芸人には珍しいほどの堅物だったが、いまだ幕末ごろの二十代の円朝は玄人女とかなり浮き名を流した。吉原も維新になり、一時なくなり、その後変わってしまったから、円朝が相手した女が最後の花魁だと言える。

三人目の女は円朝の息子を生んだ女。同朋衆と呼ばれる幕臣で金持ちのお嬢さん。売れっ子円朝の言わば追っかけをしていたお嬢さん。そんな二人が関係を結んだものの、身分違いで所帯を持てない。結局生み落とした息子を円朝に残して屋敷に帰ってしまう。円朝の母親に甘やかされて育てられたことなどが原因で、長じて問題児となり、勘当されてしまった息子。

四人目の女は、晴れて祝言をあげて円朝の妻となった女。もとは柳橋の芸者で、小柄で小粋、江戸っ子らしい啖呵がきれるために、維新の元勲伊藤閣下や井上閣下にも気に入られた芸者。しかも円朝と一緒になる前は、当時有名な歌舞伎の女形の人気役者と所帯を持っていた。その女形は彼女と別れたあと、つきを失ったごとく、エソにかかり、手足を切断することになってしまう。一方円朝は逆に上り詰めていく。あまりに跳ねっ返りの芸者なため、最初は弟子たちに不安を覚えさせたものの、円朝の妻となってからは内助の功に優れた妻となって、円朝をより高みに押し上げるのに寄与した。

最後の女は円朝の娘。息子を勘当したあと、円朝は知人から相次いで二人の娘を養女にし、二人とも芸人でない堅気の家に嫁に出したが。実はもう一人養女がいた。芸人仲間の娘で両親をなくし借金のある娘を引き取り、借金の始末もした。前の二人は美人だったが、こちらは十人並み。円朝を父親と思いこそすれ、なかば女中のようにして過ごし、好きな男を日清戦争で亡くしてからは、晩年の円朝の世話をした。死んだ男との子をみもごったが、この話の語り手と所帯をもった。