四百八十頁近い大作。半日かけて読み終えた。とにかく暑くて、目が疲れて、面白いのに目を開けていられず、しばらく中断したから。

江戸時代の戯作者十返舎一九の前半生を描いた作品。
駿府町奉行所で同心の息子として生まれた重田与七郎。少年時代から歩くのが好きだった彼は、親に叱られると家を飛び出した。目の前に東海道があり、様々な旅人が行き来していて、そのあとをつけて歩いていると、風景が変わり、家が小さくなると、嫌なことも小さくなり消えてしまう。気分が落ち着いた。
同心見習いの登用を願い、得意の槍捌きを奉行に誉められたこともある。長身で腕が長く足腰が強い。それでいて思わぬときに笑い出すし、話も面白いと奉行に気に入れられたが,見習いにはしないで、家来同然に身の近くに侍らせた。父親が後妻を迎え、腹違いの弟は利発な生まれだった。小田切奉行は旗本で奉行職は幕府から拝命されたもの。やがて大阪奉行に任じられて転任。その寂しさもあり、旅心もあり、与七郎は家督を弟に譲り、家を出て大阪に向かう。
徳川家康がつくった駿府では家康は神様だったが、大阪では神様は豊臣秀吉で、家康は悪役。なにせ江戸では武士と町人が半々だが、大阪では武士は二千人に対して、町人は四十万人あまり、町人の町だった。
奉行に拝謁し、家来の一人に加えられた与七郎は次第に大阪に馴染む。遊び好きの同僚とか町のならず者と知り合い、人形浄瑠璃にはまっていく。偶然の出会いから材木商の婿にまでなるが、火事でもうけようとする商人と奉行の板挟みで、追い出され、江戸町奉行に転任した小田切を追うように江戸へ。
戯作者仲間と知り合う、その紹介で新たな婿入りもしたものの、昔のことを秘密にしていたことと、奇癖のために妻と心が離れ、再び婚家を飛び出し、箱根へ。幼い頃に彼の身代わりに水死した友が、まるで生きて彼の従者をしているように、時々話しかける奇癖。箱根の地獄谷で彼はようやく奇癖から自由になる。
以後、旅好きな彼が得意分野で執筆した『東海道膝栗毛』の連載で、ようやくヒットを飛ばす。同じ頃に仲良しだった式亭三馬や滝沢馬琴も彼らの代表作を世にだした。仲間の悪評で有名な馬琴が唯一誉めた仲間が一九だった。

一人の男の数奇な半生、なかなか面白かった。