著者はドイツ人の父とチェコ人の母の間に生まれたが、両親が共にオーストリア帝国のチェコ支配に反感を抱いていた。そんな著者が母方の祖母をモデルに、はじめてチェコ語で書いた小説。これは十九世紀前半に起こったチェコの独立を目指す民族運動に大きな影響を与えた。ただし、文中にそうしたことは一切書かれてはおらず、十九世紀前半を生きた一人のチェコ人の老婆の半生を描いた作品として、世界文学、児童文学の古典として読まれている。
徴兵を逃れる、愛する男と共にプロシアで隠れ住んだ若き日のおばあさんは、結局プロシアで軍人となった夫と暮らすことになる。幼い三人の子を残して、夫を戦争でなくしたおばあさんは、軍人遺族として、夫の上官や政府の保護を受けられたものの、望郷の念絶ちがたく、気のみ気のままに故郷を目指す。どうにか故郷にたどりついたおばあさんたちは家族や村人に暖かく迎えられ、落ち着く。成長した子供たちは、長男が職人として旅立ち、姉娘は、子がなく裕福な従姉妹に引き取られた。その後ドイツ人と結婚。妹娘も姉の代わりに引き取られ、おばあさんは亡き両親に仕えた老婆と二人暮らしていた。
そんなある日、姉娘の夫が近くに領地を持つ侯爵に雇われ、家族で来るが、娘も城勤めをするため、子供の世話と家事を見るために、来てくれないかと、手紙で言ってくる。故郷を離れるのがつらく、迷ったものの、娘の乞いに答えることにする。
この作品はおばあさんがはじめて孫と出会ってから、死を迎えるまで様子を孫娘を語り手に描いたもの。
カトリックの信仰に厚く、誰にでも助けの手を伸ばし、誰からも好かれ頼りにされ、孫たちには慕われたおばあさんを描いている。
それと共に当時の子供たちの様子、辺境に近い村の生活、キリスト教の年中行事など、興味深いエピソードが綴られる。庶民に優しく、おばあさんに好意的な侯爵夫人、その養女とのエピソード。おばあさんの若き日の思い出、孫娘や村の娘の恋の顛末、哀れな美少女。
おばあさんの人徳というか、悲しい出来事がないわけではないが、悲惨な状況や、民族的な話題は全く出てこない。ドイツ人に支配はされていても、チェコ語で話せる故郷や第にの故郷では、そうした問題は起きていない。
最初は少し退屈かなと思われたが、いつかどっぷり話のなかに浸り込んでいた。
おばあさんが魅力的だ。
徴兵を逃れる、愛する男と共にプロシアで隠れ住んだ若き日のおばあさんは、結局プロシアで軍人となった夫と暮らすことになる。幼い三人の子を残して、夫を戦争でなくしたおばあさんは、軍人遺族として、夫の上官や政府の保護を受けられたものの、望郷の念絶ちがたく、気のみ気のままに故郷を目指す。どうにか故郷にたどりついたおばあさんたちは家族や村人に暖かく迎えられ、落ち着く。成長した子供たちは、長男が職人として旅立ち、姉娘は、子がなく裕福な従姉妹に引き取られた。その後ドイツ人と結婚。妹娘も姉の代わりに引き取られ、おばあさんは亡き両親に仕えた老婆と二人暮らしていた。
そんなある日、姉娘の夫が近くに領地を持つ侯爵に雇われ、家族で来るが、娘も城勤めをするため、子供の世話と家事を見るために、来てくれないかと、手紙で言ってくる。故郷を離れるのがつらく、迷ったものの、娘の乞いに答えることにする。
この作品はおばあさんがはじめて孫と出会ってから、死を迎えるまで様子を孫娘を語り手に描いたもの。
カトリックの信仰に厚く、誰にでも助けの手を伸ばし、誰からも好かれ頼りにされ、孫たちには慕われたおばあさんを描いている。
それと共に当時の子供たちの様子、辺境に近い村の生活、キリスト教の年中行事など、興味深いエピソードが綴られる。庶民に優しく、おばあさんに好意的な侯爵夫人、その養女とのエピソード。おばあさんの若き日の思い出、孫娘や村の娘の恋の顛末、哀れな美少女。
おばあさんの人徳というか、悲しい出来事がないわけではないが、悲惨な状況や、民族的な話題は全く出てこない。ドイツ人に支配はされていても、チェコ語で話せる故郷や第にの故郷では、そうした問題は起きていない。
最初は少し退屈かなと思われたが、いつかどっぷり話のなかに浸り込んでいた。
おばあさんが魅力的だ。