教師をしながらも、ある日、教師でいることが嫌になり、料理評論家になればよかったと思ったときに、構想したデビュー作。
高名な料理評論家として美食をつくし、多くのシェフを震えさせた男も今は死の床にいる。薄れいく意識の中で、ある記憶が、生涯で最高だと思える味が、浮かび上がろうとするが、その味が、料理がなんであるかがわからず、もどかしい思いで必死に思い出そうとしている。
社会的な名声は得たが、子供たちは彼から離れ、ずっとそば近くにつかえる妻にも、いつからか声ひとつかけなくなってしまった。逆に、家政婦や飼い猫には気軽に声をかける。
そんな彼が遠い日の記憶を引き出して、当時味わった食事を回想する章と、彼に関わった人々やものが語り手となって、彼を評する章が次々に描かれる。
妻、子供たち、愛人の娘、掛かり付けの医師、家政婦、彼の弟子、飼い猫やビーナス像までもが、彼のことを語る。総じて、評判はよくない、好かれてはいない。今そば近くにいるのは妻アンナと、唯一気に入っていて、死を前にしての不安を打ち明けた甥のポールだけ。
子供時代に味わった祖母の手料理、ソースのかかった肉料理。夏休み、祖父母が借りて家族みんなが集まったブルターニュの海岸の家では魚料理を食べた。野生の感情を掻き立てるイメージがあり、宙を舞うような味だったが、今探している味ではない。田舎暮らしの伯母さんの庭に咲く様々な花や野菜のの香り。みずみずしいトマトにかじりついたとき、最高の味だと思った。日本の料理人の刺身の素晴らしさ。評論家になる若き彼に影響を与えた伯父のエビ料理は芸術品だった。
モロッコのケスラというパン。ノルマンディーの農園で、男たちの愉快な会話と共に食べた料理の味わい。サンフランシスコのカフェで食べたバタートースト。探す味ではないが、身近な食べ物が近いものかもしれない。
行きつけのレストランで出されたシャーベットは祖母が作ってくれた即席のシャーベットを思い出させる。近づいてきた、シャーベット、そしてクリームの味。野菜の盛り合わせに添えられたマヨネーズは官能的な喜びを与えると気づいた。スーパーで買った瓶詰めのマヨネーズは粘りも味も変わりにくい。もう少しだ、探すものはその近くにある。小さなシュークリームに砂糖をまぶして、袋詰めにされてスーパーにある。昔学校帰りに食べたおやつ。最後の一個を食べ終えたときの神秘的な美味しさ。これが食べたかったんだ。
高名な料理評論家として美食をつくし、多くのシェフを震えさせた男も今は死の床にいる。薄れいく意識の中で、ある記憶が、生涯で最高だと思える味が、浮かび上がろうとするが、その味が、料理がなんであるかがわからず、もどかしい思いで必死に思い出そうとしている。
社会的な名声は得たが、子供たちは彼から離れ、ずっとそば近くにつかえる妻にも、いつからか声ひとつかけなくなってしまった。逆に、家政婦や飼い猫には気軽に声をかける。
そんな彼が遠い日の記憶を引き出して、当時味わった食事を回想する章と、彼に関わった人々やものが語り手となって、彼を評する章が次々に描かれる。
妻、子供たち、愛人の娘、掛かり付けの医師、家政婦、彼の弟子、飼い猫やビーナス像までもが、彼のことを語る。総じて、評判はよくない、好かれてはいない。今そば近くにいるのは妻アンナと、唯一気に入っていて、死を前にしての不安を打ち明けた甥のポールだけ。
子供時代に味わった祖母の手料理、ソースのかかった肉料理。夏休み、祖父母が借りて家族みんなが集まったブルターニュの海岸の家では魚料理を食べた。野生の感情を掻き立てるイメージがあり、宙を舞うような味だったが、今探している味ではない。田舎暮らしの伯母さんの庭に咲く様々な花や野菜のの香り。みずみずしいトマトにかじりついたとき、最高の味だと思った。日本の料理人の刺身の素晴らしさ。評論家になる若き彼に影響を与えた伯父のエビ料理は芸術品だった。
モロッコのケスラというパン。ノルマンディーの農園で、男たちの愉快な会話と共に食べた料理の味わい。サンフランシスコのカフェで食べたバタートースト。探す味ではないが、身近な食べ物が近いものかもしれない。
行きつけのレストランで出されたシャーベットは祖母が作ってくれた即席のシャーベットを思い出させる。近づいてきた、シャーベット、そしてクリームの味。野菜の盛り合わせに添えられたマヨネーズは官能的な喜びを与えると気づいた。スーパーで買った瓶詰めのマヨネーズは粘りも味も変わりにくい。もう少しだ、探すものはその近くにある。小さなシュークリームに砂糖をまぶして、袋詰めにされてスーパーにある。昔学校帰りに食べたおやつ。最後の一個を食べ終えたときの神秘的な美味しさ。これが食べたかったんだ。