宗教学者として、ヨーガの研究、『世界宗教史』の執筆など、宗教を神話、儀礼、シンボリズムにより比較宗教学において実り多い研究を残した。その多彩な知識は現在でも有益な示唆を与える。一方文学者として、故国ルーマニア語により、幻想小説なども執筆していて、その人物には魅力を覚えるとともに、好奇心がわく。
本書は文学と美術に関する数多くの評論を書いたクロード=アンリ・ロケが、エリアーデにインタビューするという対話形式で、エリアーデ自身に、その生い立ちや人生の各時期における思いやなしたことを語らせている。当時のエリアーデは、ソルボンヌ大学の名誉学位を贈られて二年、『世界宗教史』第二巻が出たあとの七十一歳だった。
エリアーデの思想を読み込んでいたロケの的確な質問は率直な回答を引き出すだけでなく、時には意見が対立して、エリアーデを考え込ませるほど。対話が終わったあと、エリアーデは、対話は人生の、青年期の、重要なある瞬間に立ち返らせ、問題を再検討することを強いられたと、語る。それだけ実りあるものだったと思われる。
昨日一日かけて、ようやく半分あまり目を通した。ルーマニアに生まれ育ち、青年期をインドでヨーガを学び実践したエリアーデはヨーガにのめり込む。
そんな彼を心配した軍人である父により、兵役につくために二年で帰国。その後故国で書いた小説がベストセラーになる。博士号を得て、大学に勤務。妻をめとる。1940年故国の外交官としてロンドン、さらにリスボンへ。戦後パリに亡命し、主著の執筆に専念。さらに講義ももつ。1956年シカゴ大学のハスケル講義を行い、自由な雰囲気を気に入り、シカゴ大学に奉職し、宗教史を教える。1986年、シカゴにて病死。
第五章まではエリアーデの生涯をたどりながら対話が行われた。
第六章以下ではエリアーデの思想の核心と思える言葉や問題について、ロケが質問し、エリアーデが回答する。
読んでいてすごいなと思うのは、ロケのエリアーデの著作全般の読み込みのすごさ。通りいっぺんの読書ではできないような深い質問がなされていて、感心するというよりも、圧倒される。それでこそエリアーデも率直に答えたのだろう。今の私にそれだけの読解力のないことが恥ずかしい。
本書は文学と美術に関する数多くの評論を書いたクロード=アンリ・ロケが、エリアーデにインタビューするという対話形式で、エリアーデ自身に、その生い立ちや人生の各時期における思いやなしたことを語らせている。当時のエリアーデは、ソルボンヌ大学の名誉学位を贈られて二年、『世界宗教史』第二巻が出たあとの七十一歳だった。
エリアーデの思想を読み込んでいたロケの的確な質問は率直な回答を引き出すだけでなく、時には意見が対立して、エリアーデを考え込ませるほど。対話が終わったあと、エリアーデは、対話は人生の、青年期の、重要なある瞬間に立ち返らせ、問題を再検討することを強いられたと、語る。それだけ実りあるものだったと思われる。
昨日一日かけて、ようやく半分あまり目を通した。ルーマニアに生まれ育ち、青年期をインドでヨーガを学び実践したエリアーデはヨーガにのめり込む。
そんな彼を心配した軍人である父により、兵役につくために二年で帰国。その後故国で書いた小説がベストセラーになる。博士号を得て、大学に勤務。妻をめとる。1940年故国の外交官としてロンドン、さらにリスボンへ。戦後パリに亡命し、主著の執筆に専念。さらに講義ももつ。1956年シカゴ大学のハスケル講義を行い、自由な雰囲気を気に入り、シカゴ大学に奉職し、宗教史を教える。1986年、シカゴにて病死。
第五章まではエリアーデの生涯をたどりながら対話が行われた。
第六章以下ではエリアーデの思想の核心と思える言葉や問題について、ロケが質問し、エリアーデが回答する。
読んでいてすごいなと思うのは、ロケのエリアーデの著作全般の読み込みのすごさ。通りいっぺんの読書ではできないような深い質問がなされていて、感心するというよりも、圧倒される。それでこそエリアーデも率直に答えたのだろう。今の私にそれだけの読解力のないことが恥ずかしい。