死神といっても、ママチャリに乗って、職場へいく。三十代で背広を着て、背筋を伸ばす行儀よさ。奇妙な男だ。死ぬ予定の人物のところに赴き、一週間付き合って、死の可否を見極めて、上司に報告する業務。
児童の娘を理不尽にも殺された作家の山野辺夫妻のもとに現れた死神千葉。逮捕された犯人が裁判で無罪を勝ち取り、釈放。被害者遺族の居宅を取り巻く報道陣。その中をやってきた千葉は、一週間夫妻と行動を共にする。はじめは幼稚園で一緒だったという言い訳に半信半疑だった夫妻は、江戸時代の参勤交代を昨日の体験記のように語る千葉のおかしな言動に、いつしか忘れていた笑いや涙を流すことを思い出させてくれたことで、親しみを覚える。
犯人の釈放は実は夫妻が手を回して実現させたもの。二人はかけがえのない娘の仇をとるつもりでいた。そのために刑に服させることなく社会に出ることを望んだ。犯人を拘束して、一気に殺すことなく、長い苦しみを味合わせようと計画して、隠れ家も用意していた。それが千葉の何気ない言葉がもとで、犯人を逃がす。追跡を始めた彼らに犯人が画策したことで窮地に陥ることも出てくるが、千葉の助けでなんとか逃れ、最後には犯人を追い詰めて湖に沈める。しかも犯人を担当した死神により、死ぬこともなく、ダム湖の中でワニに体を食われながら苦しみだけの二十年を送ることになるらしい。いい気味だと思う。
生真面目な死神千葉の判定は、山野辺の死亡の判定は可で、はっきり描かれはしないが、山野辺は死ぬ。エピローグで二十年後の奥さんの様子が描かれ、夫が交通事故から子供を助けようとして死んだことが語られる。生死が逆のようで帳尻はあっているのかな。
良心を持たない人、サイコバス。この犯人はそれだと、山野辺の調べた話として語られているが怖いね。私だったら立ち迎えられるかな?読み始めた最初は女子児童の殺害とかサイコパスとか、私には我慢できない話で、読むのをやめたくなった。しかし、死神千葉の魅力というか、結末がどうなるかの興味だけで、最後まで読まされてしまった。なんとも不思議な魅力の作品だな。死神の飄々とした存在がなければ、読めなかっただろう。評判は聞いていてもあまり読む気にならない作家の一人だが。
児童の娘を理不尽にも殺された作家の山野辺夫妻のもとに現れた死神千葉。逮捕された犯人が裁判で無罪を勝ち取り、釈放。被害者遺族の居宅を取り巻く報道陣。その中をやってきた千葉は、一週間夫妻と行動を共にする。はじめは幼稚園で一緒だったという言い訳に半信半疑だった夫妻は、江戸時代の参勤交代を昨日の体験記のように語る千葉のおかしな言動に、いつしか忘れていた笑いや涙を流すことを思い出させてくれたことで、親しみを覚える。
犯人の釈放は実は夫妻が手を回して実現させたもの。二人はかけがえのない娘の仇をとるつもりでいた。そのために刑に服させることなく社会に出ることを望んだ。犯人を拘束して、一気に殺すことなく、長い苦しみを味合わせようと計画して、隠れ家も用意していた。それが千葉の何気ない言葉がもとで、犯人を逃がす。追跡を始めた彼らに犯人が画策したことで窮地に陥ることも出てくるが、千葉の助けでなんとか逃れ、最後には犯人を追い詰めて湖に沈める。しかも犯人を担当した死神により、死ぬこともなく、ダム湖の中でワニに体を食われながら苦しみだけの二十年を送ることになるらしい。いい気味だと思う。
生真面目な死神千葉の判定は、山野辺の死亡の判定は可で、はっきり描かれはしないが、山野辺は死ぬ。エピローグで二十年後の奥さんの様子が描かれ、夫が交通事故から子供を助けようとして死んだことが語られる。生死が逆のようで帳尻はあっているのかな。
良心を持たない人、サイコバス。この犯人はそれだと、山野辺の調べた話として語られているが怖いね。私だったら立ち迎えられるかな?読み始めた最初は女子児童の殺害とかサイコパスとか、私には我慢できない話で、読むのをやめたくなった。しかし、死神千葉の魅力というか、結末がどうなるかの興味だけで、最後まで読まされてしまった。なんとも不思議な魅力の作品だな。死神の飄々とした存在がなければ、読めなかっただろう。評判は聞いていてもあまり読む気にならない作家の一人だが。