朝は曇り空、昼は晴れていたが、夕方には再び曇り。仕事終わる頃にようやくポツポツ降りだした。帰宅した頃はさらに降ってはいたが、小雨程度。

仕事帰りにブックオフへ。結局、ほしいものはなかった。本を見ながら時間潰しをしたと思えばいいか。興味を引く文庫本は何冊かあったが、どれもすでに図書館の単行本で読み終えたもの。再読する余裕はないし、買うこともないだろう。

昨夜は二人の翻訳家による翻訳にまつわるあれこれが書かれた本を少し読んだだけ。今夜もモンゴメリーの赤毛のアン冒頭の一節を、二人で訳し、翻訳についてあれこれ問答していた。私はてっきり村岡花子の訳についても何か言ってるかと期待していたが、違っていた。ある単語の訳を見比べる訳語のひとつとして、取り上げられただけ。

他にオースティンの『自負と偏見』、チャンドラーの『長い別れ』、サリンジャーの『バナナフイッシュ日和』、カボーティの『冷血』、ブロンテの『嵐が丘』、ポーの『アッシャー家』が取り上げられていて、片岡義男、鴻巣友季子両者によるそれらの作品の一節の翻訳を先に挙げて、翻訳過程について、述べている。

面白そうな気がして、借りては見たものの、多少なりとも翻訳に興味がないと、つまらない。拾い読み程度でやめておく。

小泉八雲の長男、八雲が亡くなった頃にはまだ十歳だった、の孫に当たる著者。八雲は民俗学的な視点で彼が寄り道した各地で研究をしたらしいが、この著者も民俗学を専攻する大学教授。そんな著者が家庭に伝えられてきた、八雲が少年時代に聞かされた話を紹介したり、八雲の生い立ちを訪ねる旅で出会った不思議な巡り合わせなどについて語られている。

巻頭に掲げられた家系図によれば、八雲の子孫はけっこういるんだ。子供が四人、孫が六人、ひ孫が三人、さらに一世代下に一人。著者の息子。合わせて十四人が八雲の血を引いている。そして八雲自身がギリシア人の母親とアイルランド人の父親の子だから、彼ら子孫にも何分の一かは、二つの外国の血が受け継がれていることになる。五十代で寂しく死んでいったというイメージがあったが。ただ八雲の長男以外は、生前の八雲を直接には知らないようだが。

こちらも拾い読み程度で済ませる。

これら二冊は明日にでも返却しよう。やはり物語、小説を読む方がいいな。

次に読むものは、またもタイムスリップもの。ジーンズ姿の少年が十三世紀の少年十字軍の中へ入り込む。