はじめての作家だが、タイトルのひかげに引かれて借りた。

なるみは、両親が離婚して以来、母と二人暮らしだった。父との面会日には仮病で引き留められ、会えなかった。かわりにいつからか手紙をやり取りするようになり、母には言えない悩みも父には言えた。たいした助言はもらえなかったが、前向きな言葉に気分は晴れた。高校時代の恋愛、結婚してからの旦那とのいざこざも。

父は田舎の温泉街で旅館を継いでいると聞いていたが、父が亡くなって、手紙を預かっているという連絡をもらうまで、行ったことはない。

破局寸前の夫婦仲から逃げるように行ってみると。温泉宿の並ぶ一帯とは川向こうにあり、今にもつぶれそうなたたずまい。旅館というより民宿。客間が四部屋だけ。連絡をくれた天藤は料理人で、今は父の代わりに宿を預かっている。親がいない小学生の男児源五郎を預かっていて、彼は学校にはあまり行かず、宿の雑用をしている。

亡き父のことを彼らはおかみさんと呼ぶのを不審に思っていたが、なんと父は女装している。学生時代は文武に優れた優等生で、東京の大学へ行き、就職、結婚したが。子供の頃から女装の性癖があったらしい。母と離婚した理由もそれか、母が会わせたがらなかったのもそのためか。

父に劣らず、町の人々も変人ばかり。節介やきの隣の銭湯のおやじ、前は宿で働いていたという観光案内所のおばさん。天藤さんもはじめは無表情でロボットみたい。源五郎は時代劇の台詞回しで話す。ほとんど客もいないため、腕のいい天藤さんはよその店へバイトにいく。

たまの客も変わり者ばかり。それでも何年も泊まりに来る客もいる。

居場所を失った人々が泊まりに来て、亡きおかみさんに愚痴を聞いてもらい、何か言葉をかけてもらう。それだけでまた生きる気になれる。

はじめは驚き、かといって夫のもとへ帰る気にもならないなるみだったが、宿の二人や町の人々、宿泊者と関わっていくことで、父が残そうとした宿の意義がわかってきて、自身も癒されて、父に代わって宿を継いでいこうと決めたなるみは、夫の決着をつけるために帰ろうとする。

女装趣味の父とか、連れ込み宿のような宿の様子とか、借りたことを後悔しそうな気もしたが、読み終えてみると、心がほっとする、温まるような心地を覚えた。日向ばかりを歩けない、時にはひかげで休み、英気を養うのもありなんだと。