面白かった、というより興味深くて、途中でやめられず、最後まで目を通した感じ。

印象に残ったのは、石井さん自身は子供好きではなかったかもしれないという記述。あれだけ子供のための良書の翻訳に生涯をかけてきた石井さんなのに。ある研究者によると、大人になっても、「子ども性」が強く生き残っている作家は、そのサバイバルしている子ども性なるものが、常に、物語を要求する、と。そうした作家は、あくまで自分のなかにいる子どものために書いているのであって、外側にいる子ども読者のために書いていない、と。

石井さんにもそうした面があったのかもしれない。だからこそ同じような作家であるファージョン、ケネス・グリアム、ビアトリクス・ポター、ローズマリ・サトクリフ、フィリパ・ピアスに親近感を抱いたのではないか。
明治に生まれ、青春時代を、モダンガールとして仕事した石井さんは、外見こそ目立たないため、色恋沙汰には無縁でも、まだまだ女性の地位が低い時代を男顔負けの精力で生き、仕事した。

戦時中の時代や国への態度を反省して、戦後素人ながら農業を始めた。それも中途半端に終わることなく、それなりの成果を出すまで頑張った。

石井は幼年時代は楽しんだが、少女時代から娘盛り、壮年、中年には生きづらかったかもしれない、と著者は言う。しかし七十代以降は居心地のよい時代だったかもしれないと。クマのプーさん、ピーターラビット等の本がロングセラーになり、経済的にはなんの心配もない生活。年取れば誰もがセーブするか、守りに入るものだが、石井さんは死ぬまでの三十年間を、新しいこと、難しいことに時間を惜しんで邁進した。自身の青春時代を描いた大作を書いたり、ミルンの自伝の翻訳も大作になった。完成したのが九十六歳。

石井さんが最終的に目指したのは小説家として認められることだったと指摘する人もいる。だが著者は石井さんは子ども時代に本物の文学の喜びを味わわせるための仕事を生涯の使命と考えていたと。それでも書くことで追求したのは、私とは何者か?なぜこんな仕事をすることになったのか?なぜこれほどの長命を与えられたのか?そんな疑問や好奇心が晩年の石井さんを駆り立てたのではないかと。晩年の大作は記憶と意識の深層を深みを覗く試みだったのではないか、と。

なんにしろ、すごい人だったんだな。石井さんの本を読んで、そのすごさがわかるのかな?