著者の生地は神奈川県川崎市の土橋。高度成長期に生まれた著者は祖父母の営む農家を恥ずかしく思い、外へ外へと目を向け、ついには外国人相手の仕事をするようになった。そしてそうして知り合った外国人たちによって、生地の伝統や暮らしの大切さを知らされた。
幼いころに見聞きした祖父母の時代の農家の暮らしや行事を思いだし、それをビデオ片手に記録し始めた。祖父母の時代には数十軒の農家の集まりだった土橋も、いまや田園都市線沿線で、渋谷まで30分の地の利から近代化が進み、七千世帯。高級住宅街に変貌したが、なにか大切なものを置き忘れてきたような思いがわいてきた。
その探求のきっかけになったのが、生家に残る土蔵に貼られた一枚の護符。
農村としての土橋のかつての姿を、古老の話などから聞いたり、年中行事や、古くからの住民の手で伝えられてきた祭りなどを取材。そして、一枚の護符の正体。お犬様と祭られてきたのが、実は日本狼だと知る。さらにその狼を祭る神社が山間部に数あることがわかり、その地を訪ね、その信仰の実態、人々との関わりなどについて探索していくことになる。
狼を祭る信仰の源泉にはヤマトタケルとの関わりや、縄文以来の山の暮らしが関わっていることが明らかになってくる。
狼を祭る神社を訪ねて武蔵御嶽、奥武蔵や秩父の山や神社を訪ねて、今もそれを守り続けている人たちに会い、話を聞く。自然とか環境と言う今風の言葉こそ出てこないが、一人一人の祈る姿が著者には印象的だった。彼らがいる場には、土地ならではの言葉や暮らし、風景があり、神々の居場所が息づいていた。
そして長らく忘れていた言葉が浮かび上がる。べーら山。多摩丘陵の村村で聞かれた雑木山を指す言葉。土橋では薪にする木をべーらと呼び、それが生えた山をべーら山という。世代を越えて暮らしを繋ぐ場所であり、神々の棲む祠が置かれ、人々の祈る姿が見られる。金を稼ぐ竹藪ではなく、人々が仕事する場所に祠がまつられていた。
そんな神の居場所がかつては町場にもあちこちにあった。商家や職人の作業場には、神の力が必要とされていた。現代はそうした仕事がなされ、神がまつられる場所がなくなってきて、それに比例するかのように、環境問題が深刻になっている。
著者は探索によって取りためた映像からひとつの映画を製作し公開した。地味な映画だが、予想外の反響を得たとか。そこまでを綴ったのがこの本。
興味深い話だった
幼いころに見聞きした祖父母の時代の農家の暮らしや行事を思いだし、それをビデオ片手に記録し始めた。祖父母の時代には数十軒の農家の集まりだった土橋も、いまや田園都市線沿線で、渋谷まで30分の地の利から近代化が進み、七千世帯。高級住宅街に変貌したが、なにか大切なものを置き忘れてきたような思いがわいてきた。
その探求のきっかけになったのが、生家に残る土蔵に貼られた一枚の護符。
農村としての土橋のかつての姿を、古老の話などから聞いたり、年中行事や、古くからの住民の手で伝えられてきた祭りなどを取材。そして、一枚の護符の正体。お犬様と祭られてきたのが、実は日本狼だと知る。さらにその狼を祭る神社が山間部に数あることがわかり、その地を訪ね、その信仰の実態、人々との関わりなどについて探索していくことになる。
狼を祭る信仰の源泉にはヤマトタケルとの関わりや、縄文以来の山の暮らしが関わっていることが明らかになってくる。
狼を祭る神社を訪ねて武蔵御嶽、奥武蔵や秩父の山や神社を訪ねて、今もそれを守り続けている人たちに会い、話を聞く。自然とか環境と言う今風の言葉こそ出てこないが、一人一人の祈る姿が著者には印象的だった。彼らがいる場には、土地ならではの言葉や暮らし、風景があり、神々の居場所が息づいていた。
そして長らく忘れていた言葉が浮かび上がる。べーら山。多摩丘陵の村村で聞かれた雑木山を指す言葉。土橋では薪にする木をべーらと呼び、それが生えた山をべーら山という。世代を越えて暮らしを繋ぐ場所であり、神々の棲む祠が置かれ、人々の祈る姿が見られる。金を稼ぐ竹藪ではなく、人々が仕事する場所に祠がまつられていた。
そんな神の居場所がかつては町場にもあちこちにあった。商家や職人の作業場には、神の力が必要とされていた。現代はそうした仕事がなされ、神がまつられる場所がなくなってきて、それに比例するかのように、環境問題が深刻になっている。
著者は探索によって取りためた映像からひとつの映画を製作し公開した。地味な映画だが、予想外の反響を得たとか。そこまでを綴ったのがこの本。
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