著者は旅をしながら文章を書いてきた方。その方が高校生の時に修学旅行で訪れた松江城下のへるん先生の旧居で聞いた案内人の逸話話から始まったハーンへの興味。ハーンがアメリカのシンシナティから来たと聞いて興味を覚えた。マックイーンの映画が公開されたばかりの頃。
さらに著者の本籍地が京丹後市という日本海に面した町と言うことで、松江に親近感を抱いていた。以降何度も松江を訪れるごとに興味を覚えたハーン。
なぜ彼は日本の古来の文化に固執し帰化までしたのか、彼の正体は何だったのか、彼が生きた明治日本はどんな時代だったか。
そんな疑問を胸に秘めながら著者は、ハーンが旅をしてきた各地、シンシナティ、ニューオリンズ、西インド諸島、さらに日本を好きな鉄道を乗り継いで、ハーンの旅を追跡しながら考えたことを書いた作品。
日本に来てからのハーンについては今までもいくつか本を読んでいて珍しさはないが。アメリカにいる頃のハーンを追跡した最初の三章は興味深いものだった。
第一章「アムトラックの車窓から」ではニューヨークからシンシナティへの旅を。
第二章「わが青春のシンシナティ」。
第三章「憂愁のカナダ横断鉄道」では、トロントからヴァンクーヴァーまでを書いている。
ハーンの時代の日本が日清日露の戦争の時代であったことは知っていたが、ハーンがいた頃のアメリカの様子にはまったく無頓着だった。
当時のアメリカの鉄道はすべて私鉄。利権目的でたくさんの会社ができ網の目のように張り巡らされていた。
当時のアメリカは希望溢れる新天地をヨーロッパに喧伝し、移民を勧誘していたが、文明化されているのは東部十三州か綿花王国のジョージア州くらいで、他は広漠した平原が広がる未開な荒れ地だった。南北戦争の直後で、敗残兵らが西部を目指していた。移民はヨーロッパ各地の僻地の農民や労働者。教育もない言葉も何もばらばらな人々が同じ列車に乗り合わせ、未成年のハーンには孤独な旅だった。
シンシナティは西部開拓の匂いが残る町で、この地に着いたハーンは多くの評伝作家が描くような純粋無垢な青年ではなく、かつてロンドンで野良犬のような暮らしをして、世の辛酸をなめつくし、博打や窃盗の経験もあったかも。良家の坊っちゃん風の外見の反面、したたかで挑戦的なハーンがいたかも。
なかなか面白かった
さらに著者の本籍地が京丹後市という日本海に面した町と言うことで、松江に親近感を抱いていた。以降何度も松江を訪れるごとに興味を覚えたハーン。
なぜ彼は日本の古来の文化に固執し帰化までしたのか、彼の正体は何だったのか、彼が生きた明治日本はどんな時代だったか。
そんな疑問を胸に秘めながら著者は、ハーンが旅をしてきた各地、シンシナティ、ニューオリンズ、西インド諸島、さらに日本を好きな鉄道を乗り継いで、ハーンの旅を追跡しながら考えたことを書いた作品。
日本に来てからのハーンについては今までもいくつか本を読んでいて珍しさはないが。アメリカにいる頃のハーンを追跡した最初の三章は興味深いものだった。
第一章「アムトラックの車窓から」ではニューヨークからシンシナティへの旅を。
第二章「わが青春のシンシナティ」。
第三章「憂愁のカナダ横断鉄道」では、トロントからヴァンクーヴァーまでを書いている。
ハーンの時代の日本が日清日露の戦争の時代であったことは知っていたが、ハーンがいた頃のアメリカの様子にはまったく無頓着だった。
当時のアメリカの鉄道はすべて私鉄。利権目的でたくさんの会社ができ網の目のように張り巡らされていた。
当時のアメリカは希望溢れる新天地をヨーロッパに喧伝し、移民を勧誘していたが、文明化されているのは東部十三州か綿花王国のジョージア州くらいで、他は広漠した平原が広がる未開な荒れ地だった。南北戦争の直後で、敗残兵らが西部を目指していた。移民はヨーロッパ各地の僻地の農民や労働者。教育もない言葉も何もばらばらな人々が同じ列車に乗り合わせ、未成年のハーンには孤独な旅だった。
シンシナティは西部開拓の匂いが残る町で、この地に着いたハーンは多くの評伝作家が描くような純粋無垢な青年ではなく、かつてロンドンで野良犬のような暮らしをして、世の辛酸をなめつくし、博打や窃盗の経験もあったかも。良家の坊っちゃん風の外見の反面、したたかで挑戦的なハーンがいたかも。
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