岡田さんは神戸大学教育学部美術科卒。兵庫県西宮市内の小学校五校に勤務し38年。定年まで勤められた。その間に、児童小説を書き始めている。

あとがきで、小学校の図工の先生にならなかったら、小学校を舞台にした物語は書かなかったと、言われる。
主な作品だと、
ムンジャクンジュは毛虫じゃない
放課後の時間割
ようこそ、おまけの時間に
二分間の冒険
扉のむこうの物語
雨やどりはすべり台の下で
もうひとりのぼくも、ぼく
選ばなかった冒険
ふしぎの時間割
竜退治の騎士になる方法
フングリコングリ
カメレオンのレオン
夜の小学校で

あとがきには、それらの物語に出てくる学校の校舎や体育倉庫、図工室のモデルになった小学校が紹介されているし、この本のはじめには、カラー写真の口絵が8頁もついている。

岡田さんの図工教師としての立ち位置は、先生と友達の間辺りだという。美術専任教師として、担任を持つこともなく、授業に関係なく生徒が図工室や準備室に遊びに来ていた。
図工室には準備室が隣り合わせについていて、そこには様々なものが雑然と置かれたそうだ。授業に必要な資料、道具、材料ばかりでなく、倉庫や物置という面もあるとか。はじめて就職したときに、この部屋は自由に使っていいと言われて、うれしくなったそうだ。まるで大学教授が研究室を与えられたような気がしたと。

体育の先生にとって気が重いのは、運動会という、いわば外への発表会。でもそれには様々な手順や係りの世話、PTAとの連絡や校内広報誌の取材など、様々な面倒があり、大学を出たばかりの人が体育担当になることはない。
それに比べ、音楽や美術の先生は新米でも、図工展や音楽祭を企画し、率先して動かなくてはならない。ベテランの先生をリードする立場にたたされる。

岡田さんが最初に担当したとき、好きにすればいいと言われ、春と秋に二回絵を描いて、自身の変わりようを見ようと。しかし達成感を感じられなかった。二年目には生徒の反応から図工展には日常とは違う驚きや世界がないといけないと気づいた。

小学校の絵画の課題は
絵を描くことが好きになること
ぼくはやったぞ、と思えること
あの子やるなあ、と思えること

私が小学校の時に、そんな先生はいたかな?50年前とはいえ、何も覚えてないな。