楽しいからあっという間に読み終わる。それでいて考えさせられる問題提起と、作者なりの回答が示されている。

始 ハジメは小学四年生。九月に新しい学校に転入した。がんばるが口癖だったお父さんが過労死。お母さんが仕事を見つけて引っ越した。その転入場面から話は始まる。お母さんが帰り、担任の先生につれられて、クラスに向かう。黒板に始の名前が書かれ、紹介される。そして一言、始が挨拶をしようとしたら…。

目の前にトーメーな男が現れた。二十センチくらいで、くたびれた背広を着て、よれよれのネクタイをし、背中に羽がある男が空中を飛んでいる。そして目が合ってしまった。何なんだ?挨拶を言うのも忘れて、見ていたら、言葉につまったと思われたか、笑い声が聞こえて我に帰る。

他のものには見えてないみたい。こいつは死神なのか?そう思ったら、声が聞こえたかのような反応をその小男が示す。

このクラスでは担任の先生の方針で、成績順に席が前から後ろへ並んでいる。授業ごとに小テストがある。

そしてその小男が成績がビリのものの前に現れるのに気がつく。そいつを見たさにわざとテストで悪い点を取る。過労死でなくした父のせいで、母も一番になる必要はない、頑張らなくてもいいよと言っていた。前の学校では優秀な成績だった始は次第にびりになる。
そしてテレパシーでその小男と話せるようになる。その男が生まれたのは、というか、彼が自分を意識し始めたのは成績順の席割りでビリのものが生まれたとき。

始が来るまでビリだったみゆきに、その男びりっかすのことを教え、やがて彼女も見たり、心で話せるようになる。わざと悪い点をとることでびりになる。そんな仲間が次第にクラスで増えていき、ついには全員がびりっかすを見たり、話すことができるようになる。そのために、教室で騒ぐこともなく、空中を見てにやりとしたりする生徒の様子にとまどう担任の先生はついにノイローゼで休んでしまう。

わざとビリになることは、ビリになるひとをなくすという意味ではよいことに思えるが、本とにいいことなのか?一位になることを目指すのではなく、とにかく全力を尽くして頑張ることこそ大事なのではないか。クラス対抗リレーで、チームワークで優勝したら、びりっかすはいなくなってしまった。

休みから戻った先生がメガネをはずしたら、びりっかすの神様にそっくりだった