なんとも不思議な現在と過去が交わる情景がしみじみと心に触れる。

著者は『ガンバとカワウソの冒険』など動物が主人公の話で有名な作家。これはその作品の脱稿直後に初めて構想したものの、まとまらないまま三十年近く眠っていた。十歳頃の自身の少年時代を克明にたどることで、当時の気持ちを思いだし、現在に繋がるもの、変わったものを明らかにすることで、世界に向かう子供の心を探ろうとした。
故郷長岡を回り、記憶をたどったり、資料を読んでも、まとめることができなかった。

我が子を失うと言う体験をきっかけに、昔の原稿に再度向き合い、主人公を自身にではなく、息子に変えて、故郷や少年時代の父親の様子を描きながらも、父の内面ではなく、息子の内面を見つめると言う内容で、ようやくまとめられた。

浦和に住む哲夫は、京浜東北線から信越線特急に乗り換えて高崎へ。上越線の各駅停車で、終点水上へ。さらに各駅停車の電車で長岡に向かう。

小学校卒業した春休み、従兄弟が遊びに来るのを楽しみにしていた哲夫に、父が突然、故郷長岡へ一緒に行くと言い出した。それも新幹線ならあっという間なのに、電車を乗り継いで四時間の旅。さらに直前になって、父は仕事で同行できないから、一人で行けと、手配済みの切符を渡される。

大宮で特急の指定席に乗り込むと、当然父の席が空いている。指定席を持たずに乗り込んだ中年の女性順子ナオコさんが車掌の案内で、隣の席に座る。

読みかけの宮沢賢治を読もうとしたら、その女性から声をかけられ、旅の事情を話す。
軽井沢へ向かう女性がなぜか高崎で、哲夫が乗り換えた車両にギリギリで乗ってくる。

実は彼女も父と同じ長岡の出身で、長らく無沙汰の故郷に行きたくなったとか。しかも後に彼女が父の幼馴染みだとわかる。そのあとの電車のなかで、不思議な出来事が起こる。ナオコさんが大学時代に故郷に戻る姿が現れたり、三十年前の情景が哲夫の前に広がる。
そして元は曾祖父以下一家が住んでいた屋敷跡に行って見ると、三十年前の情景のなかに哲夫は居り、少年時代の父親や亡き曾祖母、今同居してる祖母の若い頃に出会う。さらにナオコの昔の姿も現れ、彼女を心配して現れた彼女の娘みどりも加わり、各自がもつ心のこだわりが、その体験を通して、ぬぐい去られて、明日への希望が生まれてくる。

なんとも静かだけど、心に染みる暖かさを感じるよい作品だった。