期待通りというか、ハートフルな料理が出てくる食堂。京都東本願寺近くにあるしもたや。看板もなく、一見食堂とは見えないが、鴨川流、こいし父娘で切り盛りしている。客は常連か、雑誌広告からたどり着いた縁のあった人。料理の専門雑誌に、「食、捜します」と一行広告しか出していない。それでも縁のある人は店へ来る。

六編の話に六人の縁ある人と、彼らの思い出の料理が、流親子によって見事に再現される。それにより、思い出の味と共に、その時の記憶が、思いがよみがえる。

流はもと刑事。その経験をいかして、客の断片的な記憶と、料理人としての知識、技能により、目的の料理の正体を探索し、再現する。

最初の客はかつての先輩刑事。定年後警備会社の役員を勤めている。部下の若い女性と親しくなり再婚を考えてる。父親の介護に関東に戻る彼女についていく気持ちになったが、心残りは亡き妻の鍋焼うどん。

二人目の客は常連の老女妙さんの女学生以来の友、信子さん。半世紀前にはじめてのデートしたあと、いきなりのプロポーズに驚いて去ってしまった。そのときに食べていたビーフシチュー。流は料理だけでなく、相手の大学生まで見つけてくれる。

三人目は政治家の老人か。子供の頃、近所の旅館のおかみさんに食べさせてもらった鯖寿司。

四人目は、五十歳の女性。心ならずも離婚した夫が開いていた店のとんかつ。

五人目は浜松の女子大生。子供の頃世話してくれた祖父と旅行先で食べたナポリタン。痴呆になった祖父からは情報が得られず、当時五歳の彼女の記憶の断片から、店と料理、さらには旅行経路まで明らかにする

六人目は広告を出してる雑誌社をも傘下に入れた若きCEO。亡き母の思い出の肉じゃが。母の病床に付き添った女性が継母になり、反感を覚えていたが、調べてみると、母のレシピを継母が受け継いでいたことが明らかになる。思い出の料理の再現と共に、継母への誤解や屈託まで消してしまう。

著者は生粋の京都人で、京都のカリスマ案内人。京都に関する本もたくさん出しているが、小説はこれが処女作。

出てくる料理に生唾出そうだが、一方京都らしい和食の描写はうまいが、私にとっては猫に小判かな。旬の材料を粋な小皿に盛った料理は想像できなかった。