今日も晴天だったが、昼過ぎには風が吹き荒れて、台風が来たかのように、少し怖かった。しっかりした家屋なら心配はないのだろうが、築四十年。かなり傷んできていて、少し傾いてもいる。だから座敷の戸も締め切っても斜めに隙間ができている。座敷の庭に面したサッシのガラス戸も締め切るにはコツがいる。それに固い。

いつか大地震があればひとたまりもないだろうな、そう思いながらも、何もできない。

今日は、真言宗中興の祖、また真義真言宗の祖と言われる、平安末期の真言宗の僧、覚鑁こと興教大師の伝記を読んでいた。

著者は私より二歳若いオランダ人のフェーレ氏。外国人が、空海ならともかく、日本人でも宗派以外の人にはなじみがない覚鑁を研究し、その伝記を書いていることに驚いた。欧米の人に対して紹介するために、英文で書かれた伝記は、学術的には難はあるだろうし、参考文献も、巻末の解説によれば古くさい点から、必ずしもベストではない。それでも日本人による伝記だと、どうしても仏教や宗門の専門語が出てきて、一般人には理解しにくいのに比べて、教義なども噛み砕いた表現がされていて、わかりやすい。

覚鑁という人は、真言宗のなかでも浄土思想を取り入れた人という話を聞いて興味を覚えたのだが。読み終えてみると、覚鑁自身は、新たな教義を唱えるつもりではなく、あくまでも空海に戻る、空海に習うことを目指したようだ。

空海以後さびれた高野山を中興して、東寺の支配から独立させたものの、反対派の騒ぎにより高野山を追われ、根来寺を新たな拠点にして活動しようとしたところで、四十代で亡くなってしまう。なんかあっけない気もするが、それまでに行った思索や修行が充実していたから、未練はないかな。ただ豊臣秀吉の侵攻で、彼の著作の大部分が残されていないのは不幸なことだ。

著者フェーレ氏は、覚鑁の主著、五輪九字明秘密釈の研究を博士論文として執筆するための資料集めと研究のために来日し、大正大学で学んだ。のちに豊山派真言宗の僧侶として得度もされている。

それだけの熱意と理解をもって研究される外国人がいることに感心する。自身の研究と生き方、信仰が別れていない、一貫していることに驚きと共に、羨ましさを感じる。

読み終えて、覚鑁の思想がわかったかというと、さっぱりかな。やはり空海からやらないと無理かもしれない。それだけの熱意が私にあるかどうか