昨日から読みはじめてようやく読了。

タイトルの重源なる名前に覚えがあったこと、中を覗いたときに、覚鑁上人の名前があったこと、この二点から興味を覚えて借りたのだが、その点では期待外れだった。

覚鑁上人は真言宗に浄土教をあわせたような新説を唱えて、本山から離れ、新義真言宗を開いた人と聞いているが、その詳しい教えなど知らないので、多少はわかるかと期待していたが。ここでは重源の転機のきっかけを作ったというだけだった。

正式の僧でもなかった重源が、人殺しのために源氏の棟梁源為義の目を逃れるために、自ら身を売り、四国の寺で徒弟奉公をする。当時の寺は学問や信仰よりも、実業により経済的基盤を得ていたというのは新鮮な発見だった。

のち重源は仲間とともに主を殺し、高野山へ倣い覚えた鉱山師の技で逃げ隠れる。そんな彼が呼び出されて、覚鑁上人から宋版一切経を手に入れるように依頼される。同席した源為義が依頼を果たせば殺人罪を水に流すと。
宋から来ている中国商人を求めて敦賀へ。高額の値に驚き、自ら宋へ渡ろうと決め、博多へ。密航して難なく宋へは行けたが、一切経は表向き輸出禁止。当時の中国は北半分を満州族の金が支配し、宋は圧迫されていた。それを利用してなんとか本物の一切経は手に入れたものの、帰国して依頼先に納めるまでに数年がかかってしまう。

博多には比叡山の末寺などがあり、一切経は需要が高い。苦労して九州から出たら、次は瀬戸内海の海賊、ついで一時預けた三木ではお返しに新田開発の勧進を頼まれたり。

無事依頼を成し遂げ、僧籍も得て、十年あまりは平穏に過ごす。あれこれ事業に手を出したものの、成果はあまりない。

源氏が凋落後、再度宋に渡り、栄西と知り合う。帰国後、高野山に自分の寺を建立。

さらに今度は天台宗の座主に頼まれ、強訴の指揮を頼まれる。後白河法皇と対決しようと。しかし、結局は反平氏の陰謀に巻き込まれ失敗に終わる。

晩年の彼を表舞台に引き出したのが東大寺大仏殿の再建だった。勧進聖として基金を集めるだけでなく、新たな大仏鋳造のために宋人を呼んだり、大仏殿の大木を動かすための宋の新技術を利用したり。十数年がかりでようやく成し遂げる。落慶供養式に参列したのは鎌倉幕府を開いたばかりの頼朝と武士団だった。

僧というよりは実業家といえる人物だったが、興味深い話だった。