著者栗田さんの道元との出会いは、旧制中学時代に戦争が始まったことがきっかけだという。死と背中合わせの日々、たとえ戦場でない、普段の生活のなかにもそうした空気を感じた時代。禅の本をわからないながらも手にしたという。さらに思想界では当時、道元が哲学者により紹介された。和辻哲郎、西田幾太郎、田辺元などが西洋哲学の目で見た道元の思想を取り上げていた。
その後の何度かの出会いも、同じように死と隣り合わせの時期だったと。戦争、死病。

青春時代は、明日を考えず今しか見えていない。切迫感しかないから絶望することも容易い。死を考えることが当たり前になる。そんな時代に耳に触れ、印象に残った言葉が、道元の言葉だった。裏を返せば、道元がそうした言葉を発した時にも、死と接した体験をしていたのではないか。はじめは耳新しくて覚えてるだけの言葉が、何らかの体験をしたときに、フッと浮かび、ぴったりだときづく。

道元の真髄は何かと言えば、つまりは座禅一筋。それがすべて。それが修行でもあり、悟りでもある。生きることでもある。

著者は以前一遍上人について本を書いている。私が著者を知ったのも実はその本でだった。フランス文学を大学で学び著者が得たのは、西洋から見た日本の伝統だった。それを知るために各地の寺巡りをしていて、芭蕉や西行の句碑に出会い、さらに一遍の足跡に気づいた。その一遍の足跡をたどりその言葉の意味を考えて、まとめて本にした。
その一遍が最後に到達したのが、捨ててこそという言葉であり境地だった。その心が、道元の身心脱落に通じると、著者は言う。

道元は突出した孤高の人で、自分の教えこそが真の仏法であり、禅宗とか宗派などは無用だと。そんな道元だが、その教えは日本人の心の源になっているのではないか。日本人の心のふるさとになる人々、西行、世阿弥、千利休、芭蕉、明恵、一遍、良寛などをたどっていくと、その先にそびえているのが道元ではないか。

生きるか死ぬかの切羽詰まったところでしか信じるかどうかは決められないが、その手前までの案内として、この本を書いたと。

道元の著書、特に正法眼蔵の中の言葉を拾い出して、著者なりの解説をしている。

全八章のタイトルをあげれば、弘法救生、身心脱落、而今、渓声山色、機、只管打坐、修証一如、生死。

何となくわかる章もあるが、著者の説明でもさっぱりわからないところもある。言葉だけではダメなんだ