前に読みかけた時にはお手上げだったが、下巻を読了後の再チャレンジということで、登場人物たちにもある程度なじみがあり、何とか最後まで読むことができた。

上巻に描かれているのは、道元が誕生までの様子から、宋に留学し、求める正師である天童山の如浄禅師に出会い、大悟を果たす。師から嗣書を受け取り、帰国の途につくまでを描いている。

異性との関わりがほとんどない道元を小説として描くのは大変だったと思うが、それでも飽きることなく、最後まで読ませる作品になっているのはさすがだ。

この作品は、十年間百回に渡って、永平寺の機関誌「傘松」に連載されたものが元になっている。上下二冊で千頁あまりの大部な作品。道元を描いたこの作品が親鸞賞を受賞している。道元と親鸞はどちらかと言えば対称的な鎌倉期の仏教僧で、一見不思議な気もするが。種を明かせば、親鸞賞は日本文化をテーマにした作品に与えられる賞ということで、おかしなことでもない。

道元の著作などから抜粋した文章が、時には道元の思いとして、時には従者や弟子に語る話として、挟まれてるようで、砕いた訳文で難しくはないものの、その真意を受け止めるのはなかなか難しい。
道元の一生についてはざっとわかったとして、次はやはり彼の考えたことを、その一端なりとも知りたくなる。ただあまりに専門的な言葉で解説されても、たぶん歯が立たないだろうから、読みやすそうな、わかりやすそうな本を探して、読んでみたいなと思っている。道元や彼の思想に関しては、今や宗教関係以外の人々による本もかなり出ているから、そちらから入るのもいいかもしれない


読了後、立松さんと五木寛之さんの対談『親鸞と道元』も、ざっと目を通した。

五木さんも親鸞伝を描いているし、若い頃からの友人と言うこともあり、対談はなごやかに、それでいて興味深いものだった。
この対談は惜しくも立松さんの死により、続きの聞けないのが残念だが、これ一冊だけでもいくつか有益な話が聞けたような気がする。

道元と親鸞は俗に自力と他力、持戒と破壊といった対立するものと思われ勝ちだが、その生涯を比べると、結構似た点もある。

さらに宗教の根本精神というものを考えてみると、互いに近づき、重なるような点も見受けられる。五木さんはそれを「究極の救いと悟りを、人間と宇宙の深い闇を照らす光として直感している」とのべる。無碍光と一顆明珠。