なかなか読み概のあった作品。歴史の教科書にでてくる空也像は覚えていても、空也って何した人だったのか、とっさに思い出せなかったが

市の聖と呼ばれ、街中で南無阿弥陀仏と唱えた、とそんなことも思い出したが

道元は一説では摂政関白家の出だと言うが、空也も一説では、そしてこの作品では天皇の子として生まれている。ただし、子だと認められて親王になることなく、追い出されている。天皇の寵愛一だと自負していた母親は、そのせいで精神に異常を来たし、幼い我が子の足をもって、廊下下に投げ落として、左腕が曲がったままになったとある。祖父である上皇が可愛がるのを当てにして、いつかそれなりの身分になることを望んでいた母親に対して、彼は幼い頃から社会の悲惨さに目を止め、官僧でもない聖たちが、行き倒れの死体を焼く様子などから、家を出て、彼らの仲間になったと、ここでは描かれている。

諸国を歩き回り、仏教の勉強も一時は熱心にしたものの、大乗仏教の至極である空ということに目覚める。だから名前も空也と名乗り、京の街中で、死体の始末とか、貧窮者の手助けといった、いわば社会福祉事業を個人で行ったとも言える。

同心のものが集まり、貧窮者を救済するための道場を街中に設け、のちには手狭になり、かつては死体の捨て場だった郊外に新たな道場を造り、仏像をつくって安置した。

晩年には、大般若経六百巻の書写を企て、庶民からの寄付や、彼に好意を持つ貴族や寺社の助けを得て、十年あまりの月日をかけて完成させている。

東国に旅した頃には、かの平将門とも会っている。菅原道真の怨霊により、貴族や皇族が次々と亡くなる時代。天変地異や疫病、さらには盗賊などがはびこり、人心不安な時代の庶民のために、阿弥陀浄土の教えを説き、それだけではなく、庶民の暮らしを助けて生きた僧。

のちの一遍も似たようなところがあり、彼も尊敬した僧だという。空也については、小説以外の本も何か読んでみたくなった。さらに一遍についてもまた読んでみたくなる。

今借りている栗田さんの道元についての本のあと、一遍の本もまた読んでみようかな

一時は神道に関心あったのが、今はまた仏教に変わってきている。まあこんなことを何度も繰り返している。いつもとことん突き詰めないままだからだが