「京都禅寺小僧物語」とサブタイトルにある。著者自身の体験をもとにした小説か自伝かよくわからないが。

最初、タイトルの言葉にぎょっとした。何したんだろう?読んでみたら、家を出て寺の小僧になったことなんだ。出家とは父と縁を切り、母を棄てること。持病のリューマチで寝たきりの母を棄てることは殺すに等しい。母殺しは無間地獄行きと仏教では教える。主人公はそういう思いから抜けられなかったらしい。

大阪の泉州は戦後、機織りが盛んだった。金持ちが機械をたくさん揃えてする分にはいいが、農家が片手間に始めたような零細な織り屋は下請けの下請けのような賃仕事ばかりでもうけどころか、生活ができるかどうか。

主人公の家もそんな織り屋で、無理をしたせいもあり、母親は早くからリューマチで、やがて寝たきり同様の体になり、末っ子の主人公が面倒を見なくてはならなかった。学校のあと友達と遊ぶこともできず、いつか家を出ることを夢見てた。

中学の時、村一番の織り屋の知り合いの、禅寺の和尚から小僧に出ないかという話があり、反対する母に逆らって、彼は渡りに船と話を受ける。

中学卒業後、父につれられていったのは、京都紫野の大燈寺。歴史ある名刹で、和尚も有名人。

当時は先輩の小僧と、茶道でも知られた寺なので、東京の千家の御曹司が行儀見習いに来ていた。他に病勝ちの和尚の奥さんの世話をする女性。

寺での日常は決まり事を覚えるだけでも大変だが、そのうちに慣れて、しかも近くの高校にも通わせてもらえる。

小僧や寺の生活に慣れると共に、先行きに不安を覚え、寺を逃げ出すことを考えるようになり、二年あまりで破門される。一度は父親の説得で戻ったものの、すぐに逃げ出し、京都の町を知り合いを頼って転々とする。それでも高校には通い、卒業。さらに大学にも。その間、たまに家に戻り、母の世話もしていた。親戚の建前で撒かれた餅を母に食べさせたはいいが、目を離した隙に喉につまらせ、母は亡くなる。その後やがて父も亡くなり、小僧に入った寺の和尚の死を知り、葬儀に出掛ける。出家はしなかったが、和尚につけられた法名を記帳する。
わずか二年の小僧生活。正師に逢うて正師が見えず。振り替えるとそう思える。

人里離れた禅道場での厳しい生活のことは、以前いくつか読んだことがあるが、こうした街中の有名寺院の著名な和尚のもとでの小僧修行というのははじめて知った。興味深かった。私と年が変わらない人なんだ