江戸時代後期の旅行者、探検家で、その旅行記には、当時の東北や北海道の生活が描かれていて、民俗学の走りとも言える人、菅江真澄。その生涯を描いた小説というので、興味を覚えたのだが。

読み終えてみると、少しイメージが違うかな。著者は彼を密偵だと考えているようだ。
天明時代と言えば、悪名高い田沼時代。足軽身分からなり上がり、大名にも老中にもなって、二十年近い間幕府を取り仕切った田沼には、譜代大名から強い反感を持たれた。

そんな田沼が蝦夷の地に関心を抱いている。その目的は何か?それを明らかにすることで、田沼を追い落とす材料にならないか。そんな思惑で、田沼には秘密に、蝦夷の様子を探索する者として、白羽の矢が立ったのが、主人公。当時の名前は白井秀雄。三河の吉田宿の御師で参拝客のための宿を営む家の次男坊。幼い頃から学問に秀で、私塾に通い、国学、歌道、本草学などを学んでいたものの、定職もない風来坊。塾の師の頼みで、これこそ自分のやるべき仕事だと、家を出て蝦夷へ向かう。

しかし、浅間山の噴火や東北の飢饉の影響で、なかなか蝦夷にまでたどり着けない。さらに幕府の隠密を警戒する松前藩により、簡単には入国できないと知り、白井は東北のあちこちを、知り合いのつてに頼って何年も放浪する。

やっと蝦夷の地に入ることができ、松前藩の殿様にも目通りでき、滞在を許可されたものの、あまり探索をしていたようにも思えない。

さらに田沼の失墜で目的さえあやふやになり、師からは帰国するように言付けを受けたものの、何もなさぬまま帰国する気になれず、東北や蝦夷を旅して回っただけで、年老いて下北の地に居を定め、諦めの境地になったのが五十過ぎ。今まで書き溜めてきた日記や画帳の整理をして、自分の生きた証しとして旅日記をまとめようとする。完成した旅日記は二十年近い年月の旅日記で、全巻五十冊あまり。晩年には誘われて佐竹藩の藩内地誌編纂にもたずさわる。その途中に倒れ亡くなった。

東北出身の著者は真澄のことを民俗学者として知っていて興味を覚え、旅日記も読んだそうだ。しかし、なぜかそこには旅先の様子は詳しく書かれているのに、真澄自身のことは一切書かれていない。しかし蝦夷に渡ろうとはしていた。当時の蝦夷に何があったのか?そんな疑問から構想した小説とか。

読み終えて、あまり面白くなかった。なんか半ば落伍者のような印象の真澄には共感できない。別の伝記でも読んでみようか