著者は海外のファンタジーの翻訳や自身でもファンタジーを書いている他に、ファンタジーに関する評論も数多い方。


本書はサブタイトルにファンタジーの癒しとあるように、ファンタジーの効用について、主に書いている。

最初にファンタジーとはまるごとひとつの世界を描いたものだという。ブームになり、周辺本が出たり、グッズが売られたり、単なる書かれた世界ではなく、立体化され、リアルな世界だと信じ込ませるような物語をファンタジーと呼ぶ。そしてひとつの世界として、読者が日常生活している世界と区別され、対比される。

世界というのはまず第一に場所だと言うこと。誰もが行ける場所が物語の舞台となり、そこに身を置くことで、違う自分が発現する。それを求めて、そういう場所に出掛ける。そうした神話的な場所と主人公が合致した物語はひとつの世界になり、リアルさを獲得する。そうした世界を経験することで、重い現実を別の見方で見る目を養い、それによって軽減化することを可能にする。

第一章では場所の力として、物語に登場する様々な場所を考察している。

第二章では空間的な場所だけではなく、時間軸上の別の場所について考察する。前世とか旅している時間。

最後の第三章では魔法の思考として、魔法の働く場所について考察されている。まずは一休みする場所としてカフェが取り上げられる。そこは自宅ではないが、仕事からスペースを取るとともに、自分の聖域とも言えるスペース。

そしてカフェを舞台にした作品を取り上げながら、魔法のはたらく場所について考察する。カウンセリング技術のフォーカシングを紹介しながら、その心理学的なやりかたが魔法と同じようなものだと指摘する。イメージによりスペースを取る。それだけでも混乱した心が整理され、問題に冷静に対処できるようになる。

また赤毛のアンについてのべながら、その物語が別の世界として、現実と向かい合わせることで、現実が動かしがたいものではなく、変えることができるものであることを気づかせると指摘し、それはファンタジーも同じだという。

最後にファンタジーの使い方として、
現実が創造される仕組みを知る
モノの活性化のバワーをもらう
イメージ体験でリラックスし、問題を視覚化する
カッコに入れる
という四項目で説明し、現実も創造主たる私により意味付けされ、どのようにも演じることができる舞台だということを教えてくれるのがファンタジーだと。