ようやく読み終えたものの、ラストは少しはしょりすぎじゃないか。行方不明の旦那が現れて、出産に立ち会い、三人で新たな生活を作り上げていくために島を出る。いったい旦那は何してたんだ?生活に困難はないのか?余計なことが心配になる

まりあはクリスマスに教会前に捨てられていたからそう名付けられ、乳児院、施設で育てられた。小学四年生で里親に引き取られ、高校時代に知り合った旦那と、高卒後に同棲し結婚した。二人だけの生活がある日、旦那の蒸発で止まる。

昔旦那につれられていったことがあるハート形の南の島を一人訪れて、物語は始まる。

つるかめ先生との出会いが始まり。助産院をしている先生に指摘されて妊娠していることに気づく。悪天による船の欠航で、日帰りのつもりが数日を島で助産院で過ごすことになり、そこに集う島人たちの暖かいもてなしに心もなごみ、出産する気持ちも固まる。助産院での手伝いをし、出産に向けて体や心を整えていく。

助手をしているベトナム人のパクチー嬢、畑仕事をしている旅人サミー、産婆のエミリー。漁師の長老は独身だがまるで父親のようにまりあを見てくれる。
助産院だけあって、何人もの出産にも立ち会い、まりあは出産と言うこと、生まれてくる赤ん坊のことなどをあれこれ知り、また考えを改めていく。ともすれば自分の生い立ちから生まれて幸せな子ばかりではなく、不幸な子もいると思っていたが。出産は今でも百パーセント安全でも、知り尽くされたわけでもない。いくぶんかの神の働きが残されている。運に支配されている。だからどんな環境で、どんな両親で、生まれたにせよ、現在無事に生まれて育っているなら、誰も彼もを恨むことはない。生まれたことを感謝し、生んでくれたことを感謝すべきだと。生まれたあとにもへその緒で結ばれている母子の関係は、何よりも特別で神聖なもの。男には生涯実感できない事柄だろう。
長老の事故死はあったものの、特別悪人は出てこないし、出産に関わること以外の不幸なことは起きない平和な島の暮らし

島人は絶えず笑っている。つまらないことにもかこつけて笑う。それは能天気だからではなく、生きる知恵になっているから。誰にも叩けばほこりが出る、というのは例えがおかしいが、誰にも不幸な出来事の経験はある。それにとらわれて、引きずって、自分ばかりか、回りの人までも暗くすることを嫌い、とにかくまず笑う。笑いのなかで達観し、よい意味で諦めている