ところどころ拾い読みで済ませて、なんとか最後まで目を通した。
サブタイトルが、「西洋人が聴いた近代日本」となっている。幕末から明治、その後終戦までに日本を訪れた西洋人。彼らがその体験を綴った著作から、音に関するものに注目した本。
特に戦後になって以降の日本ではもはや聞かれない音もあれば、西洋人同士でも生まれや育ち、仕事によって、西洋では聞くこともない音を聞いての感想は様々なんだ。なかなか興味深い。
それに加え、近代日本が生まれつつある時代という歴史的な舞台の背景ともなっている。江戸時代までにはなかったもの、馬車や列車、時報などが新しい音が次第に増えていく。
序章「幕末の音風景」で登場するのは、スイスの特命全権大使として幕末に来日したエメ・アンベール。日本滞在記を残していて、幕末の江戸の街を記録している。彼は庶民が住む街の喧騒を楽しんでいる。大道芸を一つ一つ書き留めたり、職人が仕事で出す様々な音、祭りの音楽や歓声。川を使っての輸送風景。そしてそれらを集約して語られる水辺の音。隅田川を主軸に構成された江戸の街、ベニスのような水郷の街といえる。
そんなアンベールも邦楽にはつかみどころのない奇妙さを覚えていた。一方幕末においてもすでに西洋人が奏でる西洋音楽が日本人に聞かれていて、それを聴いた日本人は、西洋通の佐久間象山でさえ、全く受け付けなかったという。それでも逆に西洋音楽を受け入れ、ファンになった人物もいることをアンベールは記録している。同じような記録がペリー艦隊に同行した画家などによって記録されている
第一章「騒音の文化」では、二人の西洋人、イザベラ・バードとエドワード・モースが取り上げられている。明治十年前後に来日した二人。バードは主として東北や北海道を、通訳兼従者の若者と二人で、馬と徒歩だけで旅をしている。帰国後『日本奥地紀行』を出した。アメリカの動物学者のモースは大盛貝塚の発見で有名だが、東大の教授として招かれ日本に滞在した。その記録が『日本その日その日』で、当時の日本の音の記録として貴重なもの。人間がたてる音、音楽、口上、呼び声、労働歌、祈りなど博物学的な記録を残している。
サブタイトルが、「西洋人が聴いた近代日本」となっている。幕末から明治、その後終戦までに日本を訪れた西洋人。彼らがその体験を綴った著作から、音に関するものに注目した本。
特に戦後になって以降の日本ではもはや聞かれない音もあれば、西洋人同士でも生まれや育ち、仕事によって、西洋では聞くこともない音を聞いての感想は様々なんだ。なかなか興味深い。
それに加え、近代日本が生まれつつある時代という歴史的な舞台の背景ともなっている。江戸時代までにはなかったもの、馬車や列車、時報などが新しい音が次第に増えていく。
序章「幕末の音風景」で登場するのは、スイスの特命全権大使として幕末に来日したエメ・アンベール。日本滞在記を残していて、幕末の江戸の街を記録している。彼は庶民が住む街の喧騒を楽しんでいる。大道芸を一つ一つ書き留めたり、職人が仕事で出す様々な音、祭りの音楽や歓声。川を使っての輸送風景。そしてそれらを集約して語られる水辺の音。隅田川を主軸に構成された江戸の街、ベニスのような水郷の街といえる。
そんなアンベールも邦楽にはつかみどころのない奇妙さを覚えていた。一方幕末においてもすでに西洋人が奏でる西洋音楽が日本人に聞かれていて、それを聴いた日本人は、西洋通の佐久間象山でさえ、全く受け付けなかったという。それでも逆に西洋音楽を受け入れ、ファンになった人物もいることをアンベールは記録している。同じような記録がペリー艦隊に同行した画家などによって記録されている
第一章「騒音の文化」では、二人の西洋人、イザベラ・バードとエドワード・モースが取り上げられている。明治十年前後に来日した二人。バードは主として東北や北海道を、通訳兼従者の若者と二人で、馬と徒歩だけで旅をしている。帰国後『日本奥地紀行』を出した。アメリカの動物学者のモースは大盛貝塚の発見で有名だが、東大の教授として招かれ日本に滞在した。その記録が『日本その日その日』で、当時の日本の音の記録として貴重なもの。人間がたてる音、音楽、口上、呼び声、労働歌、祈りなど博物学的な記録を残している。