ようやく読み終えた。期待通りのいい話だ。
ひきこもりの麻生人生、24歳。小学六年の時両親が離婚し、母子家庭でアパート暮らし。中学、高校といじめを受け、ひきこもりに。
ある日母が置き手紙を残して姿を消す。疲れてしまったと。年賀状を残し、数少ない友人だからもしもの時は頼りになるかもと

その中に、父方の祖母からの年賀状が。余命数ヵ月という言葉に驚くと共に、幼い頃祖母のもとで楽しかったことを思い出す

祖母のことが気になって、着の身着のまま信州の蓼科へ。駅員に聞いて、もよりの茅野駅で下車。駅前の食堂に入り、志乃さんと知り合う。祖母の家への行き方を尋ねると、祖母のマーサさんを知ってるといい、車で送ってくれるという

行ってみると、高校生くらいの無愛想な女の子がいて、孫だという。それよりも祖母には自分がわからないことに驚く。一年前に息子、人生の別れた父親が亡くなってから、認知症になっているとか

孫だとは認めてもらえないまま、泊まることに。同居してる少女は成人していて、父の再婚相手の連れ子だとわかる。血は繋がってないが孫になる。三人での暮らしが始まり、人生は志乃の紹介で清掃会社の契約社員になる。免許がないため、同居するつぼみが送迎する。

祖母が作ったというお米のご飯はうまかった。ずっとわずかだけ、昔ながらの作り方で作った米だとか。無耕作、無農薬、無肥料。しかし、作業が大変で収穫も少ない。姑が研究して始めた自然の田んぼを受け継ぎ、祖母は一人でわずかな土地で続けてきたという。

話を聞いた人生とつぼみは祖母の代わりに、自分達でやってみようと思う。祖母の時も志乃さんを始め、近所の農家の人たちも手伝ってくれたという。若い二人の気持ちを受け、志乃さんがよびかけてくれて、同じように助けてもらえることになる

機械を使う普通の田んぼ作りでも大変だが、わずかな土地とはいえ、自然の田んぼつくりには大変な労力がいる
おまけに会った頃は、認知はできないが、自分で暮らす力はあった祖母がいきなり壊れてしまい、つぼみが大部分付き添うことになってしまう

春から秋へと、二人の労苦は続き、無事収穫を迎える。記念写真をとり、生きるぼくらとタイトルをつけて、母の携帯に送信する。すぐに電話がかかってきて、久しぶりに話す。最後川崎にいる母を迎えにいく人生。自分達で作った米のおにぎりを母に食べてもらう

最後の場面、思わず泣きそうになる