彼は自分からメディスンマンになろうとしたわけではない。18歳の時に訪れた老人ダニエル・ビーマーが後継者として選んだ。彼の生い立ちや日頃の言葉や行いを見ていて決めた。その後、デイブ・ルイスと呼ばれる人からも同じ指名を受け、彼は二つの系統のまじないを学ぶことになる。
最初はまず心構えを、次いで呪文や薬草について。時には一週間もの断食もしなければならない。断食により、天上の神の加護により学ぶ。さらに人格や信念を試す試験もある。深夜の川の中でじっとしていて、流れてくるものを観察する

修行を始めたとき、彼は高校生だった。二十歳で卒業し大学へ。心理学を学ぶ。その間も遠くに住む二人の師のもとを訪ねては学んだいった。週に一度とか一月に一度といった感覚で気長に学ぶ。修行を終えるのに14年かかった。

一晩中一本の木に抱きついて、放って置かれた。二十歳にもなって何をしてるんだとはじめは悩んだ。しかし、師の無言の教えがわかってきた。我々がともすれば物事を複雑に考えてしまうのは間違っている。物事がいつも何かを示唆しているわけではない。自尊心やエゴ、うぬぼれを超越して、自身を空っぽにして、あるがままに受け入れることだと。本当に知っていると言えるのは、人に聞いたり本を読んで得たことではなく、自分で経験したことだと。どんな状況でも感情に溺れず、あるがままに観察し、受け入れる。時には大いなる存在に語りかけて、助力を得る。身勝手に判断することなく、感情に流されないで観察できなくては、力を発揮することも、人を助けることもできないと

伝統的な教えを話ながらも、聖書の一節や仏教の教えもあげたりして、わかりやすく話す。メディスンマンといっても現代のそれは、心理学者でも心理療法家でも、あるいは医者やカウンセラーでもある。

癒しとか調和のとれた生き方、愛することなど、彼が語る話はインディアンだけでなく、人種や民族に関わりなく、人々がより美しく、心豊かに生きる叡知に満ちている。つきつめれば、普遍的な教えと言える

後半は拾い読み程度で済まそうかと思ってる。登る道は違っても行き着くところは同じような気もする。今はこれくらいでいいかなと思う