一応目を通したというほどで、じっくり読んだわけではないが。
それにしても不思議な人だ。大学で宗教学、民俗学、思想史などに関わる研究を、各地へのフィールドワークを通してされている

タイトルにもある聖地と呼ばれる地には17歳以来何十年も何ヵ所にも行かれ、体験されてきている

最近は聖地感覚を身を以て体験すべく、勤務先の大学に連なる山から京都の東山と呼ばれる山系を修験道のような気持ちで歩き回っているとか。本書の後半は、その様子を日記風に綴ってネットで発信したものの一部らしい。第四章

前半はいわゆる聖地と呼ばれるところを紹介している。私がこの著者に惹かれるのは、専門語ばかりでなく、ひろく文学などからも例証をあげていて分かりやすいことだろう

最初が「千の風になって」という歌から始まる。その作者の地震体験とトラウマから生まれ、国民に浸透した歌の秘密。アニミズムとそれを生む風土

そして現在ちまたに溢れる聖地の乱雑ぶり。いわゆるサブカルのプチ聖地やミニ聖地にまで目配りし、そこから古代日本の歌枕と呼ばれるものに通じているという。

また最近は修験道の再評価もあり、巡礼とか聖地に関する本もかなり出てきているとか。さらにそうした動向が漫画にも現れていると紹介してる。
つまり聖地巡礼が自分探しや自己実現というものと連動して、市場活動にも組み込まれているとか

著者の聖地体験は17歳での自転車一人旅から始まる。宮崎日南海岸の青島で感じたむずむず感。古事記やギリシア神話の愛読。寺山修司。そうして四十年、あちこちを見て回り体験したことを本にまとめた。『場所の記憶ー日本という身体』1990で、日本列島の聖なる場所の身体記憶を探ろうとした。

ついで『聖地への旅ー精神地理学事始』1999で、異界異次元他界に通じている回路に焦点を当てた

三冊目が本書で、聖地の言わば生理に根差す聖地感覚を呼び出そうとしている

第一章は宮沢賢治から始まる。彼は小岩井農場を聖なる地点といった。彼は異界を見、交信したことがある

さらにチンパンジーの研究から、そうした感覚の萌芽が動物にもあるという

賢治は意識変容をもたらす場所をシャーマン山と呼ぶ。岩手山。青森の恐山、津軽の岩木山、出羽三山について、太宰や寺山、芭蕉に触れてのべる

第三章では代表的な聖地三輪山、熊野、天河の聖地感覚について詳述している

なかなか興味深く、鎌田さんの本はまた読みたいな