ざっと目を通しただけなんだが
梅原さんは愛知県生まれの父親が、東北大学に在学中に、下宿先のお嬢さんと通じて生まれたが、産後まもなく母親が亡くなったため、父の在所で高校まで過ごしたそうだ。だから東北は母の出身地であり無関心ではいられない。アイヌとか蝦夷といわれた人々が縄文人の後継者だと考えると、彼らがいた東北は従来とは違った光を当てて考えてみなければならない
歴史時代の中心は天皇がいた関西、武家政権の関東を中心とするもので、東北はずっと日陰の存在だった。稲作農耕民から見た狩猟採集生活と言うのも、なにか劣った、野蛮な生活だと考えられていた
それに対して梅原さんは、縄文文化こそ日本の深層、源流だと考え、文献には残ってないが、その跡が東北の民俗や考古学遺跡に残っていると考える。ことに縄文後期以降では、文化の中心は東北にあったとも考えられる。
これによって、この著作は東北のイメージを変えるものとなった
東北各地に縄文文化の跡を確かめるべく、旅行した記録。
大和朝廷の前線基地であった多賀城から始まって、宮城、岩手、青森、秋田、山形と、仕事の合間に飛び飛びに出掛けている
多賀城から梅原さんの母親の出身地石巻。
平泉、北上、亀丘遺跡、津軽、弘前の久渡寺、おしらさま。イタコ、ストーンサークル。出羽三山。さらに、会津と山形に関しては、追加として別に章をあげている。各地にゆかりの宮沢賢治、高村光太郎、柳田国男、石川啄木そして太宰治についてもかなり述べている。
色々考えさせられる。30年前に出された本書はいわば問題提起と、東北イメージ刷新をはかったもの。扱われた個々の問題が現在どうなっているのかわからないが、関心あることだけでもさらに知りたいと思う
神様、信仰、聖地、あるいは山とか森について私は興味があるのだが。縄文人の精神生活は現在とどう関係するのだろうか
他の著作も今ざっと読んでみた。これでひとまず読了としておこう
梅原さんは愛知県生まれの父親が、東北大学に在学中に、下宿先のお嬢さんと通じて生まれたが、産後まもなく母親が亡くなったため、父の在所で高校まで過ごしたそうだ。だから東北は母の出身地であり無関心ではいられない。アイヌとか蝦夷といわれた人々が縄文人の後継者だと考えると、彼らがいた東北は従来とは違った光を当てて考えてみなければならない
歴史時代の中心は天皇がいた関西、武家政権の関東を中心とするもので、東北はずっと日陰の存在だった。稲作農耕民から見た狩猟採集生活と言うのも、なにか劣った、野蛮な生活だと考えられていた
それに対して梅原さんは、縄文文化こそ日本の深層、源流だと考え、文献には残ってないが、その跡が東北の民俗や考古学遺跡に残っていると考える。ことに縄文後期以降では、文化の中心は東北にあったとも考えられる。
これによって、この著作は東北のイメージを変えるものとなった
東北各地に縄文文化の跡を確かめるべく、旅行した記録。
大和朝廷の前線基地であった多賀城から始まって、宮城、岩手、青森、秋田、山形と、仕事の合間に飛び飛びに出掛けている
多賀城から梅原さんの母親の出身地石巻。
平泉、北上、亀丘遺跡、津軽、弘前の久渡寺、おしらさま。イタコ、ストーンサークル。出羽三山。さらに、会津と山形に関しては、追加として別に章をあげている。各地にゆかりの宮沢賢治、高村光太郎、柳田国男、石川啄木そして太宰治についてもかなり述べている。
色々考えさせられる。30年前に出された本書はいわば問題提起と、東北イメージ刷新をはかったもの。扱われた個々の問題が現在どうなっているのかわからないが、関心あることだけでもさらに知りたいと思う
神様、信仰、聖地、あるいは山とか森について私は興味があるのだが。縄文人の精神生活は現在とどう関係するのだろうか
他の著作も今ざっと読んでみた。これでひとまず読了としておこう