「鈴音、居てる?」

言葉と同時に、自室の扉が開く。

「あ~・・・また、荒れてんな。せやけど、今回はまた・・・・・
 婆さんの気にし過ぎでもなかったみたいやな。」
「・・・・・・・」
「まあ、ええわ。落ちつかへん部屋やけど、暖かいもん食べて、落ち着きや。」

フレンチトーストにサラダ、モーニングティーの良い香りに気づく。
蜂蜜を垂らしたホットミルクをはじめに、モソモソと温かい料理を食べながら、
大人の男の柔らかい笑顔にささくれた気持ちが落ち着いていく。

「イッちゃん、ごめん。」

自然に謝罪の言葉が出た。クスっと笑われ、大きな手が頭を撫でる。

「俺に謝らんでええよ。落ち着いたら、爺さんと婆さんに顔みせな。心配しとった。
 で、鈴はどうしてん?」
「え?」
「え?って。鈴が感じられへん。」
「え?」
「まあええわ。気が済むまで落ち込んだらええねん。」
「なんで?」
「別に理由なんかあらへんし。人が何を言っても、気休めでしかないしな。
 あれで結構、頑固やし。自分自身で納得せな、何も変えられへんやろ。
 まだ、人生悟るには早い。迷って、迷って、迷って、何かを掴むんとちゃうか。」

両親を早くに亡くした俺達は祖父母に引き取られた。
教会と養護院があって、同じような子供たちと育ってきたが、
鈴音自信、歳の離れた双子の弟の面倒をみていた。
そんな鈴音を支えて居てくれたのは、イッちゃんで、親代わりと言っても良い存在だった。
イッちゃんの弟のケイちゃんと良く遊んでくれた。
鈴音も双子の弟もイッちゃんとケイちゃんに懐いている。


「なあ、音。一度、ここを離れてみいひん?」

思いもかけない言葉に何を言われてるるのか、分らず、目を見張るしかなかった。


「何、どう言う事?」
「弟たちが自分の道を探し始めたし、自分の為に何かしてみいひんか?
 爺さんと婆さんもお前に広い世界に触れてもらいたいと言ってたんや。」
「・・・・・・(何言ってるんだ?どうしろと言うんだろう?)」

困った顔で見つめていると予想にもしなかった提案だった。

「ここを出て、少し自分のしたい事をしてみたらどうやってことや。
 鈴は音楽、音は絵。世界は広い。一人での生活は不安やろうけど、
 その経験は大きな財産になると思うんや。今が一番良い時期や。」
「・・・・・・・」
「あ、無理強いやない。自分のしたい事があるなら、それをしたらええねん。
 今まで、自分の為と考える余裕がなかったこともわかっとる。
 ただ、最近のお前は何かにつけてアンバランスや。自分で自分を持て余しとる。
 せやから、感情が抑えられへんのとちゃうんか?」

何も答えられない。いや、答えが分らないんだ。

「まあ、何も急ぐことあらへん。少し考えてみ。また、来るし。」

ちゃんと全部食べるように言い残し、ヒラヒラと手を振りイッちゃんは部屋を出て行った。
バタンと扉が閉まり、足音が聞こえなくなってやっと声が出た。

「なあ、どうしろって言うんだよ!なぁて、片付けるくらいしてくれてもいいんじゃねぇの!」

わかんね~と頭を抱えて何時間かを過ごす事となった。