S小林展のポスターを見て
東京・青梅西友河辺店ボッパルトホールでの『ストロング小林展』。開幕日にアントニオ小猪木が駆け付けた!
新日本プロレス時代のポスター。
このようなポスターは珍しくはないのだが、何がスゴイかというとこの大会のポスターが東京サマーランド大会のポスターで当時の東京都秋川市(現あきる野市)でストロング小林さんの出身地青梅の隣の市での凱旋大会でもあった!
ちなみにストロング小林さんの引退式は東京・福生市民体育館。
2年連続で新日本プロレスのMSGタッグリーグ戦ではラッシャー木村とのタッグエントリーで発表されていたことがあったが、どちらも欠場。国際軍団として復活されるかと思ったが復帰はされなかった。
仮に現役続行していたら、新日本内で仲間割れで消滅した国際軍団であったがその後、何かのきっかけで維新軍入りはあっただろうか。それともラッシャー木村と国際軍団を守り、そのままUWFから国際血盟軍へ行ってただろうか。いずれにせよ、その流れからだと全日本マットへ登場していた。
逆に新日本に残留した場合、世代闘争の一員として闘っていただろうか。
想像するだけで楽しい。
まだまだ現役を続けて欲しかった。
腰痛の理由での引退だが、あの頃は「なんで急にプロレス辞めちゃったんだろ?」って不思議に思ったが、今思うとタレントとしてもかなりの活躍されていたところから年齢的にもタレント業の方が肉体的ダメージも軽減されることから、そちらの道を選んだのかもしれないね。
人生や人の考え、人の人生は深い。
改めてストロング小林さんの人生と自分の人生を考えさせられたストロング小林展であった。