大阪から兵庫へ
同級生に不幸があったと連絡をもらった。この日は仕事で大阪にいたので迷いもなく同級生とのお別れに兵庫まで会いに行った。汗の引かない暑い日だ。
通夜、葬儀はスケジュール的に参列が厳しく、ご家族と連絡を取ってバタバタされると思われる前日に迷惑ながら会いに行った。奥さんも「本人も喜ぶと思う。」と小猪木の要求を喜んで受け入れてくれた。
他の同級生への連絡は早いものだ!小猪木が行くという情報が伝わると数名の同級生たちも東京や埼玉から新幹線で飛んできた!
兵庫のこの同級生とは幼馴染みで小猪木が転校してきてから最初の席では後ろの席にいてふざけ合ったりした。昼休みはボールをぶち当て合ったり、一緒に下校したり、公園でおにごっこしたり、カンケリしたり、ドロケーをやったり…。そして少年野球チームでは共に汗を流したり…と思い出は多数ある!
何でも一生懸命遊び、その上おまけに奴は勉強も出来た!
そんな中、おっちょこちょいだったりするところにユーモアもあり、クラスメイトからも愛された。何でも一生懸命やるところがいい!
西口プロレスの関西大会では必ず応援に来てくれたし、誰よりもずっと応援してくれていた!小猪木が兵庫に来るとほぼ会ったりしてくれた!そしてよく飲んだ!一年前の西口プロレス大阪大会に応援に来てくれた時に会った時、小猪木が「やせたなあ!」と言うと「年齢的にも体に気を使う年頃になったしなあ。」と返してきた。奥さんの話によると闘病生活を既にしており、体調悪いのに小猪木のために応援に来てくれていたらしい。闘病生活で痩せてしまってたんだ。申し訳ないことをした。でも家に帰ってきたらいつも以上に元気になってたらしい。小猪木の活躍に喜んでくれてたんだなあ!
小猪木は高校出る前からこの芸事をやり始め、かたや兵庫の同級生はいい高校、いい大学に行き、いい就職をし、結婚も早かった。娘さんも二人いる。順風満帆な羨ましいいい人生を歩んでいた。
そんな彼は小猪木のビンボー人生にも関わらず、「お前はええよな、自由で楽しそうやし!俺なんか毎日同じ繰り返しや!」と言ってた。順風満帆な人生の奴が小猪木の人生が羨ましがるとは…。
お互い、“隣の芝生は青く見える”ということなのかな…。なんかとても励みになった。
この日、家にお邪魔させてもらった時に横になってる彼を囲うように我々で座った。
思い出話が尽きない。
奥さんも「悲しまないでどんどん思い出話をして楽しんでください」と言われた。
徐々に遠慮なく、思い出話に花が咲きまくった!
枕元には愛用していたジャージやメガネなどが置いてあり、昔から使っていたと思われる黒のグローブも置いてあった。
このグローブで何度、キャッチボールやノック、そして野球の試合をしたことか。我々にも思い出深い奴の黒のグローブだ。
あまりの思い出に迷惑ではないかと思われるくらい長居してしまった。娘さんたちもごめんね。
思えば最近、兵庫に来た時に仕事の空き時間が作れずにメールだけした。
「今回は仕事で空き時間が作れないかも…」と伝えると「しゃーないな。またの機会に」。
これが最後のメールとなってしまった。
奥さんから聞いた話だが、この時点ではかなりの闘病生活で入院をしていたようだ。亡くなる約三週間前の事であった。
決して「心配を掛けさせない」というのが、彼から伝わってくる。今思うとそう感じた。
最後のお別れに小猪木は彼に抱き着いた。先ほどまで思い出話に盛り上がって楽しんでいたが、さすがに込み上げてくるものがあった。
なんでだろ…。「また会おうな。」…と最後にそう告げた。
なんかまた会える気がしてならない。
そんな思いでお別れをした。
お別れに会いに来れたのも縁だ!きっと小猪木を関西に呼んでくれたのだろう。
今までホントにありがとう!全ての彼との思い出は一生忘れることはないだろう…。
そして家族の皆さん、最後に会わせてくれてありがとう!
さようなら、また会おうな!
