好きな猫種は?


サバトラ?

昔からいる柄の猫ニコニコ


私が昔飼っていた猫の名前は『小鉄』

あの柄の猫を見ると小鉄を思い出します

今日は猫と遊びたくなっちゃいました


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玉川病院から高尾の上相原病院へお袋を移送して来ました。
ストレッチャーに乗ったまま約一時間。

玉川病院で使ってた足を乗せる固定式クッションのような物は玉川病院専用の物で、アレが無いと骨折箇所が痛むみたい。

上相原病院には普通のクッションしかなく…
ちょっと心配です。



なんつーか…

冬ってこともあるけど、とても寂しい環境で、丘の上の閉鎖された場所。



ウェブサイトで見た感じとは大きく違っていて、ちょっとビビりました。


ストレッチャーからベッドに移す時の作業を見ていたんですが、玉川病院とはエライ違いでカナリ雑。
声を出して痛がっておりました。


看護師の主任みたいな人から説明を受け書類にサインをし、その後病院の先生が来て言われた内容はビビりました。


入院期間は1年と書いてあったんだけど、リハビリ施設は無い。
骨折を治す事より、腎臓や甲状腺の心配を非常に強く言われ、認知症の最悪のパターンの例え話を聞かされ、もし心臓マッサージが必要になったとしても行わない方向で良いか?

点滴は色んな合併症を引き起こすので、なるべくなら食べ物で栄養をとる。
喉に詰まってしまい、最悪の時も考える。

なんつーか、話の流れが死んでしまっても仕方ないという状況を伝えてきます。
人生の最後をここで過ごすという患者さんが全てでした。


看護師さん達は感じの良い挨拶をしてくれます。
なので、ストレッチャーからベッドに移す作業が雑過ぎたのが信じられません。


大半の患者さんは死んでいく、それを看取らなければならないスタッフさん達ですから、新しく来る患者さんへの対応には困惑もあるのでしょう。

最後を少しでもよい環境にしてあげたいという気持ち、息子2人も居て母親を連れてくるかという思い、患者さんの容体を現実に見ていくまではカルテが情報ですから、思う事は残り少ない人生と考えるのは仕方ない。

でも、少しでも希望は持ち。

『骨折した骨がくっついて車椅子に乗れる様になったならば、桜を眺めに連れて行ってもいいですか?』

と、兄が言いました。
私の心の中の気持ちと一致していた事に少し、ホッとしました。


インフルエンザの関係で、3月11日まで面会に来ないでくれと言われたのですが。
あと3週間、お袋の精神状態が壊れていくのは想像が付きます。
せめて、玉川病院で利用していた固定式のクッションは持って行ってやろうと思います。


やるせないのは医者も看護師も私達も同じなんだと思います。
ただ、最後になるであろう話をされ過ぎて正直参りました。

私は長い間、お袋が嫌いでした。
親父が死んだ直後なんかは特に憎しみもありました。
でも、病人であるお袋を放ってはおけませんでした。
何年もほぼ毎週掃除や片付け、買い物と散歩の気晴らし、憎まれ口をさせないように言葉の誘導もして。

病気の進行もあるからか?
私が最後の頼みの綱のように感じていたのも分かってました。

入院先やグルームホームでの悪態が出た時には仏の話も沢山しました。

今日、病室を出る時、
私はとても辛かったです。
お袋の苦しみを代わってやりたいとは思いませんでしたが、大昔の伝説のウバ捨て山に親を捨てて来た心境です。
 
なんとか車椅子にサラっと乗れるまでに回復したら、グルームホームに戻してやりたい。
骨折が治るのが先か、腎臓が壊れるのが先か、わけが分かりませんが、できる限り見舞いに行ってあげたいと思いました。

そして、顔を見せたいのとプラス、お袋の顔を見たいと感じてました。

お袋の性格が穏やかな感じになったのも嬉しいけど、お袋の子供で良かったと思えている自分の変化も嬉しく感じてます。

親の有り難みを素直に感じれるようになって来たことが、今の自分を支えているのかも知れません。


話がぐちゃぐちゃになりました。
とても辛かったけど、よい一日でもあったと思います。

もう少しだけ辛抱してくれ