「はい、それじゃあ、もう少ししたら登録受付を開始しますので〜、お待ちくださ〜い。」顔の青い、手足が何本もある女性が、やる気なさそうに喋る。ぼくはオドオドしながら、キョロキョロした。ここは都民登録センター。室内は広いが、とても殺風景だ。先ほど話していたスタッフの女性以外は、ぼくと4匹のマモノしかいない。狐のような姿をしたモノ、犬のような姿をしたモノ、あと骨、それから形が安定しないぶにょぶにょしたモノ。まあ、そういうぼくも形は安定していないので、他のモノのことは言えないよな。ぼくは、火。何かが燃えているのではなく、火そのものだ。メラメラ揺らめいていて、定まった形にならない。たまに少年のような姿になることもあるけど、ほんの一瞬だ。危ないこと、この上ないよね。今も、ぼくから半径2m以内には、誰も近づいて来ようとはしない。みんな、無言だ。いや、骨と狐が話している。2匹は知り合いなのだろうか。「はい、それでは、順番に始めま〜す。どうぞ〜。」受付の女性の言葉に、ぼく達は戸惑ったような表情を見交わす。順番に、と言われても、並んでいたわけではない。だが他者を押し退けてまで我先に、というモノはいなかった。なんとなく1番初めから待っていた順のような雰囲気になり、ぶにょぶにょの受付が始まる。「お名前は〜?」「ピスカです。」「種族は〜?」「スライムです。」「どちらから〜?」「異世界です。」「どういった理由で〜?」「初級魔法の練習をしていたら、いつの間にか寝ちゃってて。気づいたらこの世界にいて、ミノタウロスさんに拾われたんです。」「性別は〜?」「ぼくらは単体生殖をするから、性別はないんです。」「あ、はい〜。わかりました〜。」「え?これだけですか?」「あ、そうおっしゃる方〜、多いんですけど〜。マモノは〜みんな違ってるので〜、これ以上〜聞くことがないんですよね〜。」「なるほど、、そう言えば、そうですね。」ピスカは周りを見渡して、頷く?うん、たぶん頷いたんだと思う。ぶにょぶにょしてるから、よくわからないや。「じゃあ、後はこちらで書いておきますね〜。」受付の女性は、自分の数多ある触手のうち1本を切り離して、書類の記入を続けさせる。あれ、便利だなぁ。

次は、ぼくの番だ。受付の女性は、ぼくに書類を渡してくれなかった。「あ〜、火ですよね〜。大丈夫で〜す。こちらで書きますので〜。」ぼくは、彼女の質問に答えた。しかし、フィフィという名前以外に、しっかり答えられることはなかった。何しろ、自分がどこでどのようにして生まれたのか、ほとんど記憶がないのだ。すみませんと恐縮すると、受付の女性はあっけらかんと言った。「あ、大丈夫ですよ〜。3日に1回ぐらい、自分が何モノなのかわからない方、来ますんで〜。」ぼくは、ほっとして尋ねる。「あ、そうなんですね。じゃあ、自分探しをしたいという方もいますか?」「あ〜、はい〜、そちらは大体13日に1度ぐらいですかね〜。じゃあ、ま〜、頑張ってくださいね〜。」と言って、もう1本、触手を切り離した。ぼくが興味津々で近づくと熱を感知したのか、触手はさささささっと遠去かってゆく。「へっへっへー、おれの名前は、骨助よー。姉ちゃん、よろしく頼むぜ。」骨のマモノが、受付の女性に挨拶をする。骨は着流し姿で、全体がどことなく古風だ。「おれはよぉ〜、江戸時代の頃から西国を漫遊していてな。今回は、200年振りに帰ってきたっていうワケよ。だが、まあ、なんだな。だいぶ変わっちまったなぁ。この辺も。」「古参の方は〜皆さん、そうおっしゃいますね〜。」「そうかい。そうかい。それでな、おれはよ、本所の生まれでなぁ、、、」骨助の話は長々と続いたが、受付の女性はほとんど聞いていない感じだった。そして、また触手を切り落とす。「お姉さん、待ってたよ!」今度は、狐が喋り出す。「あ〜、すみませんね〜。お待たせしてしまいまして〜。ご覧の通り、ワンオペなものでね〜。」受付の女性は大してすまなそうではない風に、淡々と業務を進める。進めながら、愚痴をこぼした。「これでもね〜。前よりも随分良くなったんですよ〜。1時期はね〜。このスペースが埋まるぐらい、マモノで溢れ返っていましたからね〜。」

「へぇー、じゃあ、ぼくらは後発組なんですね?」狐の相槌に気を良くしたのか、受付の女性の愚痴はさらに滑らかになった。「そうですね〜。スタッフもね〜。前は、もっとたくさんいたんですよ〜。それがね〜。1匹消え、2匹消え、とね〜。いつの間にか、私1匹になっちゃった。」「へぇー、それじゃあ、お姉さん、優秀なんだね!」優秀と言われて、お姉さんはさらに気を良くしたようだ。「それで〜、東京に来た目的は〜?」「ああ、うん。ぼくさ、京都で占いのお店やってたんだけどさ、これが結構人気でね。で、思い切って、東京に移転しようってことになったんだ。妖狐シグレのこくり庵って言うんだけど、知らない?」「あ、はい〜。知りませんね〜。」「これが、よく当たるって評判なんだよ。特に恋愛占いとかね。お姉さん、職場内恋愛とかしてない?良かったら、占うよ?」「あ〜。ワンオペなんで〜。しかも、結構ブラックなんで〜。大丈夫ですね〜。」恋愛の話題になって、受付の女性のテンションは急に下がった。触手が、また1本。「あ、オレ?レオ・クルーガー。うん、そう。オレ?16。そうそう。あ、出自?そうね、オヤジはヘルハウンド。で、母は人間。そうそう。目的?あー、なんかさ、この町?死なねーヤツいるんだって?あ、そーなの?あ、マモノだから、大体死なない?あ、そう。ま、オレ、殺し屋なんだよね。追っかけられてきたんだ。」早口で話す犬は、レオ・クルーガーと言うらしい。受付の女性が触手を1本切り落とすと、レオはブツブツと独り言を呟き始める。受付の女性以外の周りのマモノが、彼のことを怪しむ目つきで見る。その視線に気づくと、彼は笑いながら言った。「え?何?何?なんで、みんなオレのことヤベー奴みたいな目で見てんの?あ、オレがこの銃に向けて話しかけてるからか。いや、コイツ魔銃って言ってさ、喋んだよ。ほら?え?聞こえない?ウッソだー。めっちゃベラベラ喋ってるよ?え?もしかして、コイツの声、オレにしか聞こえないの?うわっ、マジか!ずっと周りに聞こえてるもんだと思ってた!うわっ、はっず!」

処理が完了すると、受付の女性は、ぼくら1匹1匹にカードを手渡してくれた。ぼくのは、ちゃんと耐火ケース入りだ。彼女の5本の触手は、さりげなく元に戻っていた。やっぱり便利だな〜。「そちらは〜、写真付の〜都民IDカードになりま〜す。意外と〜、大事なものなので〜、なくさないでくださいね〜。それでは〜、これから〜、新しく都民になられた方向けに〜、セミナーを〜、始めたいと思いま〜す。その前に〜、皆さんどうぞ〜、トイレに行ってきてくださ〜い。」受付の女性に促されて、ぼくらはトイレに行った。行かないモノもいた。「あれ?おかしいな?何度行っても、女子トイレに行っちまう。」そんなに複雑な構造でもないのに、レオが首をかしげる。「あ〜、言い忘れましたが〜、トイレの中でドアの閉まってる場所は、無理に開けないでくださいね〜。危険なマモノが〜、潜んでたりしますから〜。」ガッシャーン!大きな音とともに、窓ガラスが派手に割れた。ガラスとともに壁も壊れ、瓦礫が飛んでくる。そこから、1、2、3、4体のマモノが侵入してきた。頭にツノがあり、目が吊り上がり、背中から羽が生え、鋭い爪と長い尻尾を持ったマモノだ。体つきは、皆ガッシリとしている。「グヘヘへへ。よーし!暴れちゃうぞぉ!」「壁という壁を、全部ぶっ壊してやる!」4体のマモノ達は、口々に物騒な発言をし合った。受付の女性が、どう対応するのかと探したが見つからなかった。いや、いた。さっき飛んできた瓦礫の後ろに隠れている。代わりに、ピスカが尋ねる。「あなた達は誰ですか?」「おう、おれ様達はよ、邪牙だ!邪牙って言うのはよー。」ガーン!ガーン!ガーン!侵入者が答え終わる前に、レオが先ほどの銃をぶっ放した。瓦礫に跳ね返り、侵入者達に当たる。侵入者達が憤る。「おい、名乗ってる途中だったろーが!礼儀ってものを知らねーのか!」「はっ。知らないね。それはそっちの作法だろ?」レオは銃をくるくると回しながら、カッコよく切り返した。

「ま、ま、ま、落ち着こうよ、君達。なんで、こんな都民登録センターなんかを襲うんだい?ここには、お金なんてないだろう?もしさ、生活に困ってるんだったら、ぼく今度お店を出す予定だから、うちで働かないかい?今、マモノ手を探してるんだよ。」シグレが侵入者達をスカウトする。「へへっ、あたしらは別に金に困ってるわけじゃねーんだよ。おっと、そこのスライム!お前も、また不意打ち食らわそーとしてんのかい?」侵入者の女がシグレの誘いをけんもほろろに断ったかと思うと、ぼくの隣でこっそり呪文らしきものを唱えていたピスカを牽制した。「やりなされ。やりなされ。シグレの旦那、止めるなんて野暮はいけねぇよ。喧嘩と火事は、江戸の華と相場が決まってるんですぜ。」骨助がそう囃し立てるのを聞いて、ぼくは嬉しくなった。「え?燃やしていいの?」「おう、おう、坊主。で、合ってるんかい?あんた、いい感じで燃えてるねぇ。いいともさ。いいともさ。パーッと派手にやっちまいな。」ぼくは言葉の風に煽られて、燃え盛った。感情が昂ぶると、火の量が増えるのがぼくの特性だ。火は瞬く間に、パイプ椅子に燃え移る。興奮すると抑えがきかなくなるのが、ぼくの悪い癖だ。辺り一面を、火の海にしてしまった。「ボス、これじゃあ、身動き取れませんぜ。」「ああ、しょうがねーな。別の仕事を、先に片付けちまうか。行くぞ。お前ら。」ボスと呼ばれたマモノが号令をかけると、侵入者達は一斉に去っていった。「あ〜あ〜あ〜、これは〜、とんでもないことに〜、なっちゃいましたね〜。ここで〜、セミナーを続けるのは〜、無理そうなので〜、お隣の事務室に行きましょ〜。」瓦礫の影から出てきた受付の女性は、あくまでも淡々としていた。少しやり過ぎちゃったかなと心配していたぼくは、責められたりすることもなかったので、ほっとした。事務室に移ると、また淡々とセミナーが始まる。「え〜、今のように〜、マモノだらけの東京では〜、あのようなことが日常茶飯事です。ですから〜、都では〜、皆様に〜、クランを作ることを〜おすすめしています。」

受付の女性は、クランとはどういうものか説明した。それから、今クランを作ると都から助成金が出るという話もした。ぼくはさっきのようなことが日常茶飯事だなんて、東京は怖いところだなと衝撃を受けていたので、説明の半分も頭に入ってこなかった。でも、受付の女性がずっと落ち着いている理由は、なんとなく腑に落ちた。う〜ん、やっぱり、ただやる気がないようにも見えるな〜。ぼくが情報を整理し切れずにいると、骨助が驚きと喜びの入り混じった声をあげる。「ほほぅ。今の幕府は、景気がいいんだねぇ。」「骨助さん、今は政府って言うんですよ。」シグレが訂正を入れる。ぼくは心の中で、この方達は色々わかってそうだから、しばらく一緒に行動させてもらおうと思った。ピスカとレオも同じ考えなのか不明だったが、ぼくらは示し合わせたわけでもないのに、共に建物を出た。そこら中で、火はまだ燻っている。建物を出ると、たくさんのマモノが群がって、中を覗こうとしていた。その光景を見て、ぼくはちょっと安心した。受付の女性は当たり前の日常のようなことを言ったが、野次馬ができるくらいの出来事ではあったらしい。野次馬の中の1匹が声をかけてきた。「おい、お前ら、大丈夫だったか?何があったんだ?」「ああ、いきなり襲われたんだ。ツノとキバのある連中によ。ジャキとかジャンキーとか、なんとか言ってたな。」レオが間髪入れずに返事をする。声をかけてきたマモノの眉間に、皺が寄った。「もしかして、邪牙か?アイツら、最近、あちこちで暴れてるからな。たしか、デーモンを中心とした集団だったな。」「おー、詳しいんだなアンタ。身なりもイカしてるし、さては武闘派かい?」「ハッハ。そんな買い被られても困るけど。オレの名前は、凛堂和真。普段は、BARを経営してる。」骨助がBARって何だ?と首を傾げるが、それには構わず、レオが和真を挑発する。「いーや、かなりの腕と見たね。ちょっと手合わせしてくれよ。銃は使わねー。素手でよ!」

言い終わらないうちに、和真に殴りかかるレオ。鋭い動きだったが、和真はそれをひょいと避ける。さっと身を翻して、レオがもう1撃。これも、和真はひょいと避けた。その後、レオが一方的に攻撃をしかけ、和真がそれを避け続けるという状況が続いた。「はあ、はあ、はあ、はあ、やるねアンタ。つえーよ。え?いや、最初に言った通り、お前は使わない。これは仕事じゃない。力比べだ。」「え?もしかして、銃と喋ってるの?面白いね、キミ?ここから出てきたってことはさ、新都民だよね?きっと。住む場所は、決まってるのかい?」「はあ、はあ。いや、まだだ。ねぐらは、これから探すところだ。」「そうなんだ?良かったら、知り合いの不動産屋を紹介してやんよ。」「はあ、はあ。いいのか?じゃあ、甘えさせてもらうぞ?」「いいってことよ。ここで会ったのも、何かの縁だ。いきなり殴りかかられた時は、びっくりしたけどな。これ、おれの名刺だ。武麗刀ってクランのリーダーやってる。何かあったら、頼ってきな。」息を整え終わったレオは名刺を受け取り、和真と固い握手を交わした。ぼくは初めから何が起きてるのか理解できなかったが、骨助は顎に手をやって、にやにやしながらしきりに頷いている。「いいね、いいね。若いって、いいね。」と呟いている。ぼくらは、和真の紹介してくれた不動産屋に向かった。ドアを開けると、狐の店員が出迎える。同じ狐同士ということで、シグレが話を進める。「ぼく達さ、新しく都民になったんだ。それで、物件を探してるんだけどさ。」「はいはいはいはい。どのような所をお求めで。」「そうだね。ぼくはさ、お店を出す予定だからさ。お店を兼ねられるところがいいかな。で、他のみんなは〜。」そこでシグレは、ぼくらを見渡す。「うん。なんかこだわりなさそうだから、全員まとめちゃっていいや。とりあえず、1階に店舗を構えられて、2階に部屋がたくさんあるとこがいいかな。あ、ちょっと待って。」そこでシグレは、今度はぼくだけをちらりと見た。「あとね、木造じゃないところがいいかも。」それとない気遣いが、心に沁みる。

なんとなく、みんな同じ場所に住居を構える流れになってるみたいだ。東京に何の伝手もないぼくからしたら有難いことだけど、他のみんなはいいのかな?「それでしたら、こちらなんかは如何でしょうか?」店員が、間取り図を開いて見せる。「こちら1階が貸店舗になっておりまして、2階は6室ございます。すでに1匹ご入居なさっているので、ちょうど5匹様ご入居できますよ。まあ、多少築年数は経っておりますがね。」「へえ、なかなかいいね。このぐらいの広さで、お店は考えていたんだよ。場所は?」「本所でございます。お分かりになりますか?」「ったりめーよ。本所って言ったら、おれが昔、住んでいたところよ。情けあふれるいい町だよな。」骨助が食いつく。「情けあふれるかぁ。そういう町なら、ぼくの占いも受け入れてもらいやすいかな。で、おいくらだい?」「はいはいはいはい。ただ今、お待ちください。」店員は、素早く計算機を取り出す。計算機の画面をシグレに見せながら、ボタンを押していく。「店舗がこう。で、1室がこう。で、5部屋ありますので、こう。それから、諸経費が入りますので、こう。合計、こんな感じになります。」シグレはふんふんと言いながら聞いていたが、諸経費のところで顔を曇らせた。「ちょっと待って。諸経費の内訳を教えてくれるかい?」「あ、内訳ですか?」「うん。だって、店舗と5部屋分の貸賃より諸経費の方が高いなんて、なんかおかしくない?」「あ、いや、それは、、、」店員がしどろもどろになっていると、店舗の奥から「今、戻ったよ。」と言いながら狸が出てきた。「おや、お客様?いらっしゃいませ。これはこれは、たくさんいらっしゃいますな〜。あ、わたくし、ここの店長でございます。何かお困りごとで?」「あ、今、いい物件を紹介してもらったんだけどさ。ちょっと諸経費が不明瞭だなと思って。」「ほうほう。ちょっとお前、説明しなさい。」店員が緊張した面持ちで、店長に説明を始めた。

「あ〜、この物件ね。はいはい。ふむふむ。ほうほう。ん?おやおや、これは。なるほど。これこれお前や。いつも言っているだろう。営業っ気は、悪いことじゃないけどね。この商売は、信用第一なんだよ。見たところ、皆さん、新しく都民になられる方々のようじゃないか。そういう方に真心込めたお値段で接すれば、またご利用してくださるもんなんだ。あ〜、お待たせして、すみません、お客様。こちらですね。ちょっと変えさせていただきまして、これがこのように。こんな感じでは、いかがでしょうか。そして、新都民の補助金が加わりますと、こんな感じに。」「え?いいのかい?これは、かなりリーズナブルじゃないか。みんな、これはかなりお得だよ。」店長の提示に、シグレが折り紙をつけた。レオが反応する。「おう、よかったぜ。和真が嘘をついたのかと思って、もやもやしちまったぜ。」その言葉に、今度は店長が反応する。「おや、和真さんとおっしゃいますと、凛藤和真様?武麗刀の?ああ、そう言えば、さっきお電話で、新都民の方に紹介してくださったとご連絡がありました。そうですか。皆様でしたか。早くおっしゃっていただければ。もう、そういうことでしたら、これがこうなってこうです。」「わあ、すごい!もう決めよ!すぐ決めよ!みんな、異存はないよね!」シグレがみんなの都民IDカードを集めて、まとめて契約を進めてくれることになった。狐の店員は、今度は良心的に対応をしているようだ。手持ち無沙汰になったぼくは、マモノの良さそうな狸の店長に相談を持ちかけた。「あ、あの、ぼく、実は仕事を持っていなくて。他のみんなは、どうやら手に職を持っているみたいなのですが。ぼくだけ居候みたいになるの嫌なんです。」「なるほど。なるほど。それは、殊勝な心がけですな。新都民の方の中には、もちろんそういう方もいらっしゃっいます。そんな時、私はこんなアドバイスを差し上げています。自分のできることを仕事にすると、いいですよ、とね。」「できること、できること、、」ぼくは考え込んだ。

「できることと言っても、物を燃やすことぐらいしか思いつかないです。あとは、このぐらいの物なら、、」ぼくは机の上の使いかけの鉛筆を手に取り、一気に燃やし尽くした。鉛筆は1瞬で灰になり、その灰がパラパラと机の上に落ちる。すると、そこには1度も削られていない新品の鉛筆が現れた。「どういう原理かはわからないんですが、小さい物を燃やし尽くして再生することができます。でも、こんなのって、役に立ちますか?」狸の店長は鼻をヒクヒクさせて、「素晴らしい才能じゃないか。ぜひ、豊島のリサイクルセンターに行ってみるといいよ。きっと、重宝されるよ。なんなら、今から連絡してあげよう。」と言った。店長が早速に面接の予約を取ってくれた頃、契約は無事終わった。だが、引き渡しは午後になるらしい。みんなは必要な物を買うついでに、ぼくの面接について来てくれることになった。面接の手応えは、上々だった。「いや〜、君みたいなマモノを求めていたんだよ。」とまで、言ってもらえた。センター長もとてもいいマモノで、2つの物をくれた。1つは、スーツだ。「うちは仕事上、火のマモノが多いんだ。形が安定するモノもいれば、安定しないモノもいる。見たところ君は、安定する時もあれば、安定しない時もあるようだ。安定しない時は、何かに触ることができずに苦労しているんだろう?そんなマモノのために、こんな物がある。これは、透明な耐火スーツだ。これがあれば、いつでも物に触れるぞ。良かったら、持って行きたまえ。」センター長の好意を、ぼくは有り難く受け取って、その場で着させてもらった。自分が何モノかわかれば、形が安定する日も来るのだろうか。もう1つは、粗大ゴミ置き場にあった大型の機械だった。それに最初に目をつけたのは、シグレだった。「センター長、あれは何だい?」「ああ、あれは、珈琲豆の焙煎機だよ。この近くに老舗の珈琲店があったんだが、店長が高齢で閉められてね。で、ここに出しにきたというわけさ。うちの火のマモノ達に勧めたんだがね、さすがに家に置くのはデカ過ぎるということで、明日スクラップにする予定なんだ。何だい?欲しいのかね?」

「ああ、うん。そうだね。占いと珈琲って、実は相性がいいんだ。店舗に置いておくと、オシャレかなと思って。」「いいよ。持って行きな。って言っても、君達じゃ無理か。ゴーレムでも仲間にいれば、別だがな。よし。住所を教えてくれれば、後で届けてやろう。」「いいのかい?東京のマモノは、とても気前がいいね。」「なあに、その分、フィフィにはたくさん働いてもらうさ。」センター長の最後の冗談?にはドキリとしたけど、ぼくは職場ができて、住まいでも役目ができて、とても温かい気持ちになった。その気持ちに反応して、ぼくの体のメラメラが少し増したけど、スーツのおかげで周りに迷惑はかけなかった。時刻は、まだ11:00。ぼくらは、東京の名所の1つである裏アキバに寄ることにした。「いや、やっぱりさ、占いのお客さんって女子が多いんだ。だから、お店に可愛らしい物を置きたいな。」というシグレの一言で、フィギュアショップへと向かう。そこで1番興奮したのは、なんとピスカだった。ピスカは店の奥で、一際存在感を放つ1体のマモノフィギュアの前で叫んだ。「マオウ様だ!マオウ様だ!」そのフィギュアはかなり巨大で、威厳のある顔、威厳のあるいでたちをしていた。「こんなところに、いらっしゃったんですね。ぼくです。スライムのピスカです。ほら、この星形のマーク、見覚えありませんか?」フィギュアに呼びかけ続けるピスカを、シグレが諭す。「ピスカ。これはフィギュアと言って、商品なんだ。生きているわけではないんだよ。」「え?そうなの?ぼくの憧れているマオウ様に、とてもよく似ていたから、てっきり。で、でも、商品ってことは、売り物なんだね。ぼく、これ欲しい。」フィギュアの耳にかかっている値札を、レオがめくる。「げっ?19万って書いてあるぜ。そんなに持ってんのか?」「19万って、どのぐらいなの?高いの?ぼく、こっちの世界に来て日が浅いから、お金なんて持ってないよ。」ふーむ、とみんなは困ったように、腕を組んだ。

「ん?んん?ちょっとピスカ、回ってみてくれる?」シグレのいきなりの申し出に、ピスカが戸惑う。「え?ええ?回るって、、、こ、こう?」「うん、うん、そう。じゃあ、今度は反対向きにも回ってくれる?」「あ、はい。こ、こうかな。」「ああ、いいね、いいね。ピスカ、じゃあ、こうしようか。君はさ、ぼくの店でマスコットをやるんだ。」「マスコット?」「うん。要するに、客寄せだね。」「え?ぼくに、つとまるかな〜。」「うん。ぼくが見たところ、なかなか可愛いよ、君。その星のマークも、いい感じだし。」「あ、ありがとう。」「で、その分の給料を前貸ししよう。それで、これを買ったらいいよ。なんなら、これもお店に置いていいよ。ちょっとイカついけど、雰囲気あるしね。」ピスカの表情が、わかりやすく明るくなった。「あ、ありがとう。ぼく、やるよ、マスコット。頑張って、お客さん呼ぶね。」シグレからお金を借りると、ピスカはいそいそとマオウフィギュアを購入した。丁寧に梱包してもらったマオウフィギュアは、後日、配送してもらえることになった。時計が12:00を回ったので、そろそろということで、ぼくらは本所に向かうことになった。途中、浅草の辺りを通りかかった時に、骨助が寄りたいところがあると言い出した。「ああ、わかった。あそこだね。ぼくも、寄りたいと思ってたんだ。この辺で稼業を始めるなら、挨拶しておかないとだよね。」2匹は、意味深な目配せを交わし合う。残る3匹は、文字通り狐につままれたような気分で、後について行く。やがて、ぼくらは大きな屋敷の前へと来た。屋敷の周りは灯籠で囲まれていて、どうやら料亭のようだ。屋敷の門をくぐると、玄関口まで松の木が並んでいた。玄関では、着物姿の狐が3匹。丁寧に指をついて、ぼくらを出迎えた。「いらっしゃいまし。白尾屋へようこそ。」骨助はさっと腰を落とすと、着流しの裾をたくし上げた。そして、右手をずいっと差し出すと、「お控えなすって。」と言った。

「お控えなすって。早速のお控え、ありがとうでござんす。手前生国と発しますは、江戸にござんす。一口に江戸と言っても、広うござんす。江戸は、本所にござんす。名は骨助と申しまして、しがない経師屋でござんす。以後、お見知りおきのほどを。」骨助が口上を述べ終えると、奥から背の高い狐が出てきた。かなり吊り目のきつい狐で、体つきはほっそりとしているのに、どこかしらに迫力を感じさせる。「これは、これは、ご挨拶いたみいります。姐さんが、上がってもらえとおっしゃっております。どうぞ、中へお入りください。」吊り目のきつい狐がそう言うと、ぼくらは奥の奥の奥の座敷へと案内された。座敷では見るからに上品そうな狐が、煙管を遣っていた。上品な狐は、ぼくらが部屋に入るなり、笑い始める。「ほほほほほっ。今時、えらい古風なご挨拶をされる方がいらっしゃったかと思うたら、骨助はんどしたか?それに、そちらはんは、たしかシグレはん。西国では、お世話になりましたな〜。」骨助とシグレが畳の上に座ってお辞儀をするので、レオもピスカもぼくもそれに倣った。「こちらこそ、その節はお世話になりました。あの後もしばらく西国を巡っておりましたが、このたび江戸に戻って参りました。住まいがこの近くに相成りましたので、これをご挨拶の品にと思いまして。白葉さん、どうぞ、お受け取りくだせぇ。」骨助は風呂敷包みから掛け軸を1本取り出すと、それを開いてみせた。掛け軸の中身は墨絵で、山月が描かれている。白葉は、目を丸くして喜んだ。「これはまあ!立派な墨絵どすなぁ。いただいても、よろしいんどすか?」「へぇ。是非!」「おおきに。」白葉が煙管を箱にトンと当てると、障子が開いて若い狐が出てきた。若い狐は掛け軸を押しいただくと、座敷の床の間に飾られていた物と掛け替えてから、静かに出て行った。「最近は、とかく仁義を欠く無法者が多い中、骨助はんはご立派どすなぁ。ああ、無法者と言えば、今日、都民登録センターが襲われたと聞いておりますが、皆様は大事ございませんこと?」

「実は、その時、ちょうど都民登録センターにおったんどす。」シグレも、京都弁?で答える。「そやったんやぁ。それは、えらい難儀しはりましたなぁ。なんでも、賊が建物中に火をつけて回ったとか。」誰もぼくのことを見なかったが、ぼくはうつむいた。「ええ。その賊は、邪牙と名乗ってましたが、何かご存知どすか?」そこで、白葉は初めて顔をしかめた。「まあ、賊は邪牙だったんどすかぁ。あの子らは、最近、東京のあちこちで悪さをしてはりましてなぁ。うちの一家でも、手を焼いとるとこですさかい。とにかくなぁ、しぶとくて逃げ足が早いねん。それに、暴れとる目的がわからんところも、不気味やわぁ。」「白葉の姐さん。」骨助が、膝をそろえて改めてかしこまる。「これは姐さんがよければなんだが、あっしと盃を交わしちゃあくれやせんかい?」「まあまあ。それはまあ、喜んで。早速、支度させますわ。」白葉は、また煙管で箱をポンと叩く。ほどなく膳が運ばれてくる。そう言えば、朝からずっと動きっぱなしで、お昼をまだ食べてなかったな。「姐さん、こんなご馳走はいただけませんや。」「あら、遠慮なさらないでくんなまし。うちはご覧の通り料亭ですさかい、こうした用意はたやすいことどす。これを縁故に、どうぞ皆様ご贔屓に。」料理は、どれも美味しかった。特に油揚げの煮浸しは絶品で、シグレが何度も舌鼓を打った。神妙な面持ちで、骨助と白葉が盃を交わす。ぼくら4匹は、それを見届けた。帰り際には、打ち立ての蕎麦まで持たせてくれた。「嵩張ってしもうて申し訳ありまへんなぁ。江戸では昔から引越しの挨拶には蕎麦と決まっておりますから、渡しやすいように小分けにしておきました。それでは、今後もよろしゅう。」白葉は、わざわざ軒先にまで見送りに出てくれた。武麗刀と言い、白尾一家と言い、ほぼ新参モノ5匹が東京で生きていくには、心強い後ろ盾ができたと言えるのかもしれない。ぼくらは繰り返し礼を述べて、白尾屋を後にした。

住所を辿って、本所の貸店舗まで来ると、不動産屋の狐の店員が待っていた。「こちらが、店舗の鍵です。で、これが2階のそれぞれの部屋の鍵です。あちらの1番奥の部屋が、現在の入居者の方の部屋ですので、お間違えのないようにご注意ください。それでは、私は、これで。」店員が車に乗り込んで去っていくと、入れ替わりにド派手な車がやってきて止まった。ド派手な車は黒塗りで、銀色の大きなウイングがついている。ズンズンズンズンと、これまた派手なエンジン音をふかしている。窓という窓にはスモークがはられており、中を窺い知ることはできない。何事かとぼくらが目を離せずにいると、全てのドアが荒々しく開いた。飛び出して来たのは、朝のデーモン達であった。「ギェーッヘッヘッヘッヘ!探したよーん。」「チミたち、朝はよくもやってくれたねぇ。お返しをしなけりゃいけないねぇ。」「切るヨ?切るヨ?切るヨ?」1匹1匹が勝手なことを口走る中、都民登録センターでボスと呼ばれていたマモノが吠えた。「ウオオオッ!おれたち邪牙はよぉ、しつこいので有名よぉ。落とし前、つけにきたぜ!おら、お前ら囲め!」ボスの号令で、デーモン達がさっと動く。朝よりも2体増えて、6体もいた。場は緊張に包まれる。「なになに〜。なんの〜、騒ぎ〜ですか〜。うちの〜前で〜大声を〜出さないで〜ください〜。」緊張を破ったのは、そんなゆるい声だった。さっき、狐の店員が指差した部屋のドアから誰か出てきた。ぼくは驚いた。みんなも驚いた。出てきたモノも驚いた。「ギェーッヘッヘッヘッヘ。こいつは、あの時の職員様じゃねーか。好都合だぜ。」デーモンの1匹が喜ぶ。そうなのだ。出てきたマモノは、あの受付の女性だったのだ。「え?え?え〜!なんですか?この状況?」受付の女性は、さすがに語尾を伸ばしているゆとりはないのか、焦った口調になっている。「あ、あなたがお隣さんでしたかい?こんな時に何ですが、あっしら、ここに越してくることになりやした。これは、挨拶代わりの引越し蕎麦でござんす。」骨助が、本当に何故かこんな時に蕎麦を手渡す。

「あ、はあ、どうも。ご丁寧に。って、え?引越し?ここに?」ドッゴーーン!!受付の女性が事態を飲み込めないうちに、ピスカが仕掛けたらしい。ギェーッヘッヘッヘッヘのデーモンが、呪文のようなもので吹っ飛ぶ。都民登録センターでは阻止された不意打ちが、今度は成功した。「ルビカンテ!」仲間のデーモンがそう叫ぶのを聞いて、ギェーッヘッヘッヘッヘはルビカンテという名前だったのかとぼくは思った。ぼくがそんな風にボケっとしていると、シグレが颯爽とデーモンの1体に近づき、尻尾で薙ぎ払う。切るヨのデーモンが、その1撃で吹っ飛んだ。「リビコッコ!」仲間のデーモンがまた叫ぶ。ぼくはボケっと、切るヨとリビコッコをイコールで結ぶ。「危ない!」突然、骨助の声が聞こえたかと思うと、ぼくは強烈な風圧を感じた。ボスデーモンが羽で風を巻き起こし、ぼくに叩きつける。ぼくは必死で耐えたけれども、耐火スーツを着たままだったので、スムーズに動けなかった。道端のブロック塀まで押され、したたかに頭を打ちつけた。「あー、もう、なんだかわからないけど、やるしかないのよね、これ!」受付の女性が全身から、触手という触手を伸ばす。朝は野次るだけで参加しなかった骨助も、腕をグルングルンと回してやる気十分のようだ。触手と骨助の骨パンチが素早く決まり、さらに1体ずつ倒した。「カニャッツオ!スカルミリオーネ!」ボスが叫ぶが、2体は同時に倒れたので、どちらがどちらかはわからなかった。「チミぃー、調子に乗り過ぎだよぉー。」触手を伸ばし切って無防備状態の受付の女性に、チミ達が口癖のデーモンが体当たりをする。「キャッ!」受付の女性が、短い悲鳴をあげる。しかし、すかさずレオがそのデーモンに体当たりをし返した。「チ、チミー。」と言いながら倒れる。「ファルファレッロ!ったく、どいつもこいつも1撃でのびちまいやがって。くそっ!」悪態をつくボスに、ぼくは網のネットを投げつけた。ぼくだって、ボケっとしてばかりはいられない。ちょうど倒れ込んだところにあったゴミ用のネットを使ったのだ。そして、そのままネットの端っこに着火する。

炎は瞬く間に、ネット全体に燃え移った。「あちっ!あちっ!あちっ!おい、これ、とれねぇ。あちっ!」炎の中心で、ボスデーモンがもがく。ピスカ、シグレ、骨助、レオ、ぼく、そして受付の女性は、目を見合わせた。「うおおりゃあっ!」ぼくらは、一斉に攻撃を仕掛けた。シグレが尻尾で風を起こし、ぼくを煽る。レオが銃弾を惜しみなく撃ち込み、骨助の骨パンチ連打!ピスカが3倍以上に膨んで上からプレスし、とどめに受付の女性が、奴らの乗ってきたド派手な車で突っ込んだ。ボボン!!車が大炎上する。受付の女性は、サッと抜け出していた。やった!やり切った!ぼくらは、再び目を見合わせた。出会った時から、ずっとぼくらの間に漂っていた微妙な仲間意識が、たった今、1つの形となったようだ。「あ、マオウ様、来てくださっていたんですね。」ピスカがそらした視線の先を追ってみると、なんとあのマオウフィギュアが立っていた。ぼくは唖然とするとともに、なんだか心強さを感じた。まさか、コレも仲間になるのかな?ピリリリリリ。ピリリリリリ。ピリリリリリ。誰かの電話の着信音が、けたたましく鳴り出す。「はい、紅月です。」受付の女性のものだった。「え?クビ?え?なんで?センターが壊れたのは、私のせいじゃないですよ。え?前からクビにしようと思ってた?やる気が感じられないからですって!わかったわよ!あんな職場、こっちから願い下げよ!」ピッ!紅月は怒りにまかせて通話を切ると、キッとぼくらの方に向き直った。「ねえ、ちょっとアナタ達!これからクラン作るんでしょ!?作るのよね!?私も混ぜてちょうだい。いいでしょ!説明したと思うけど、クランに所属しないと、東京で生きていくのは不便なの。クランの申請は、私がやるから任せてちょうだい。私の名前は、紅月エヴリンよ。見てのとおり、水棲生物のマモノよ。よろしくね。」こうしてエヴリンは強引にぼくらの仲間となり、ぼくらのクラン結成は既成事実となった。

こくり庵の開店準備とともに、クランについての会議を行った。まず、クランのリーダーは、シグレ。拠点となるのが、こくり庵であり、そこの店長なんだから当たり前だよね。シグレならしっかりしているし、マモノ経験も豊富だからうってつけだと思う。骨助は、こくり庵の1角を間借りして、経師屋を開くことになった。名前は、四季山水。シグレ曰く、占いの店はアートで雑然としている方が、客が入りやすいそうだ。レオは学校に行きたいというので、本業と店の用心棒をしながら、学業も兼ねるらしい。無職になったエヴリンは、その事務能力を買われて、受付を担当することになった。確かに彼女自身にやる気がなくても、触手がいい仕事をしてくれそうだ。ピスカは契約どおり、マスコット。マオウフィギュアも置かれて、大喜びだ。ぼくは豊島のリサイクルセンターに通って、休みの日は焙煎機で美味しい珈琲を淹れる。シグレが、クランのルールを決める。「みんなさ、生活時間がバラバラになりそうだね。だからさ、朝食は、みんな一緒に食べようよ。」全員、賛成した。ぼくは美味しいモーニング珈琲を淹れられるように、焙煎加減を調節しなきゃと思った。クランの名前決めが、なかなか手間取った。特に、共通した目的があるわけではない。マモノ達が、たまたま東京で出会ったのだ。そして、群れを作っている。それぞれが、口に出して言う。「マモノ達が会う。」「群れる。」「マモノが会う。」「群れる。」「マモノ会う。」「マが会う。」「マ会う。」「えっ?マオウ様?」ピスカが跳ねる。「それ、いいんじゃないか?」レオが、ピスカを指差した。「え?どれ?どれ?」「マオウだよ。マオウ。マオウの軍団だ。」「なるほど。」とシグレが手を叩いて決めた。「マ逢群にしよう。」ぼくは幸せだ。東京に来るまでは、冷たい感情と向き合うことが多かった。でも、東京に来て最初に、こんな素敵なマモノ達と暮らせることになったのだから。あとは、自分が何モノなのか見つけ出せたらいいな。とりあえずは、明日からの生活を楽しもう。(完)