ここは東京、上野のゲームセンターじゃ。名前は、ネオ上野店。わしは、そこで音ゲーに興じる小学生のたまもを見ている。「おお、おお、すごいもんじゃのぅ。まさに神業とは、このことじゃ。どうしたら、そんな風に手をリズミカルに動かせるのじゃ。まるで、手が何本もあるかのよう、、、ハッ、、まさか、お主、本当は複数手があるのか?」「何を言っておる。ほれ、この通り2本じゃよ。まあ、わしは九尾の狐じゃからの〜。尻尾は9本あるがの、ゲームには使っとらんぞ。まあ、わしの実力は、こんなもんじゃということよ。」2人とも、なぜこんなにジジむさい話し方をしているかというと、本当にジジイだからじゃ。たまもは男子小学生の姿をしておるが、おん歳855歳の正真正銘のジジイ。対してわしは、そうじゃの〜。かれこれ齢2000歳以上は行っとるかの〜。「そう言うの、よもじいは最近の刀ゲームの戦績はどうなんじゃ。」たまもが尋ねてきたので、わしはちょいちょいとたまもを招き寄せて、その刀ゲームの前に座った。わしの名前は、黄泉比良坂よみたん。だが、よみたんの部分を無視して欲しいわしは、みんなによもじいと呼んでくれるように頼んでいる。「見ててくれ。今日はの〜、ハメ技を開発したんじゃ。ほれ、ここでの。角に追い込んでの。ほら、どうじゃ。こうすれば、手も足もでまい。」「おー、おー、見事じゃのー。じゃが、大丈夫か?我らがクランのルールを忘れておるまいか?『初心者には優しく』というあれじゃ。」「大丈夫に決まっておろうが。わしが、この対戦相手に何度負けたと思っておる。いつもボコボコにされているんじゃ。ハメ技でも使わんと勝てんのじゃ。おりゃおりゃー。」「そうか。それなら良かったのじゃが。ところで、今日はゴリ吉とサイヤは遅いの〜。おっと、噂をすれば何とやらじゃ。おーい、ゴリ吉、サイヤ。」店内に、いかついゴリラと全身がビリビリしたマモノが入ってきた。ゴリラは動物園で142年働いているというゴリ吉・ヴォルフガング。ビリビリしているのは警官をしているサンダーバードのサイヤ。本来は、鳥の姿をしているらしいのじゃ。
サイヤは早速、太鼓ゲームを打ち始めた。ゴリ吉が眺めながら、うんうんと頷いている。「サイヤのバチ捌きは、相変わらず華麗だな。オレも、あんな感じで叩いてみたいもんだ。」「叩いてみたら、いいんじゃ。」「いやいや、たまもさん、あなたもご存知の通り、オレはこんな腕をしてますからね。1度やったら、太鼓の皮ごとバリバリやっちゃいましたよ。あの時は、出禁にならずに済んで良かった〜。ま、オレはもっぱら格ゲーですよ。」そんな感じでわしらがワイワイしていると、頭上にドローンが飛んで来た。ドローンがホログラムを投影し始める。ホログラムが喋る。「お、今日も賑やかだね。ネオ桃太郎のみんな。」「あ〜、店長か。楽しくやらしてもらっておるよ。のう、よもじい。」「うむ、ここは大変居心地が良いでのう。」「ま、楽しくやってもらえれば良いんだが。あまり騒々しくしないでくれよ。他の客の迷惑になるからな。」「お、店長、言ってくれるね。ネオ桃太郎のリーダーであるゴリ吉様がひとこと言わせてもらうけど、うちらは初心者には優しくというルールを守ってやってるんだぜ。それに、店名をクラン名につけて宣伝までしてるんだ。ちゃんと店のことまで考えてるっつーの。それに、サイヤが警官だから、遊びに来ると治安が良くなるだろう。」「あ〜、まあ店名のことはともかく、サイヤさんには助かってるよ。ゲームセンターというのは、何かと物騒だからな。まあ、今日はあれだ。そんな常連のアンタ達にサービスをしようと思ってな。こういう物を持ってきてみた。」ドローンからひらひらと、チケットらしき紙が4枚落ちてくる。「アー、コレハアレデスネ。サイキン、ニンキノマモノドウビジュツカンデスネ。」「そうなんだよ。さすがサイヤさん、流行りに敏感だね。しかも、このチケットは唯一館内をバスで巡ることのできるプレミアもんだぜ。とある筋から手に入ったんだ。ほら、これがアンタらのこと大事にしてる証拠だぜ。決して、アンタらがいない平穏な1日を過ごしたいってわけじゃないからな。」わしらは皆、店長の最後の言葉に懐疑的な目を向けながらも、素晴らしいツアーへの期待で胸を膨らませていた。
ツアー当日、わしは朝の4:00に集合場所に着いた。ちょっと早く着き過ぎたと思い、刀を抜いて素振りを始める。ふんふんふんふん。7:00過ぎに、その場にタヌキが現れた。おそるおそる、わしに話しかけてくる。「あの〜、そちらの方、クランネオ桃太郎の方でよろしかったでしょうか?」「わしか?うむ。わしはクランネオ桃太郎の一員、黄泉比良坂じゃ。よもじいと呼んでくれたまえ。」「見たところ鎧だけに見えますが、そちらが御本体で?」「そうじゃ。わしは鎧が本体のマモノじゃ。鎧の中には別世界が広がっておるが、見たいかの?」「いえいえ。あ、申し遅れました。わたくし今回のツアーを担当させていただきますタヌ田バス吉と申します。お待たせしてしまったようで、申し訳ございません。」「なんの。わしも、ついさっき来たところじゃ。ほんの3時間ほどしか待っておらん。」「ええっ!3時間ですか?すみません〜。」「ハッハッハ。年寄りというのは、朝早いのじゃよ。気にするな。ほれ、もう1人、年寄りがやってきたぞい。」「あ、おはようございます。ネオ桃太郎の方ですか?」「ああ、そうじゃよ。わしは、たまもじゃ。ほれ、おやつを持ってきたぞよ。蒲焼さんじゃ。」「お〜、これは旨いんじゃよ。いつも、すまんの。」「なに、まだまだあるから、欲しくなったら言うてくれ。ほら、タヌキくん、君も。ところで、他の2人はまだかの?」そこへ、バタバタと駆け込んで来た者がいた。勢いがつき過ぎて止まれず、タヌ吉に少し触れてしまう。ビリビリビリとタヌ吉が、電気ショックを受けた。「ア、スマナイ。ダイジョウブカネ?イヤア、アバレカイジュウヲタイジシテイタラ、オソクナッテシマッタヨ。ワタシハ、ケイカンノサイヤダ。」「あー、びっくりした。サイヤ様ですね。さっき、あちらの方が騒がしかったのは、サイヤ様のご活躍でしたか。何か電気も消えておりましたね?」「ソウナンダヨ。ジツハ、ヤリスギテシマッテネ。デンキコショウヲオコシテシマッタンダ。ソノ、シマツショヲカクホウガ、ジカンガカカッタカナ。」「はあ、大変なお仕事でございますね〜。でも、ご安心ください。定刻の8:00まではまだ5分ございますし、後お1方も、まだ見えておりませんので。」
ゴリ吉は、8:00ぴったりにやってきた。珍しくスーツで決めていた。上半身だけ。下半身は丸出しだった。「あ、ゴリ吉様ですね。クランのリーダーの。なかなか立派なお召し物でございますね。」「そうだろ?これがゴリラ流の正装よ。今日はな、動物園も兼ねているテーマパークと聞いてるからな。うちの動物園と比べて、どんなもんか視察気分よ!」「あ、そうなんでございますね。なるべく穏便にお願いできれば、と思います。では、皆様お揃いですので、早速出発したいと思います。マモノ動美術館は、とても広いテーマパークです。様々なエリアを歩いて回るとなると、もう大変!そんな時、当社のタヌバスが便利!マモノ動美術館をバスで回れるのは当社だけ!本日は、どうぞよろしくお願いいたします!」わしらが拍手をすると、バス吉の体が大きく歪んだ。むに〜と横に伸びたかと思うと、ぷく〜と膨らんで、一台のバスになった。「さあ、どうぞお乗りください。」とバスが喋る。みんな、次々に乗り込んだ。座席は、毛皮でふかふかしている。わしは試しに、座席をくすぐってみた。「あの、ちょっと、そこをくすぐるのは、あの、やめてください。あー、おほん。それでは皆様、出発いたしますが、最近、動美術館周辺では連続強盗団の犯罪が相次いでおります。貴重品などは、各自で責任をもって管理なさってください。本日のスケジュールですが、午前中はおすすめスポットを回ります。レストランで昼食をとりまして、午後は皆様の行きたい所へと回ります。では、うごきまーす。」バスは動き始め、しばらく進むと目の前に立派な建物が見えてきた。「これよりマモノ動美術館になります。まずは、凱旋門を通って参ります。美しい彫刻に、ご注目くださーい。」バスは門のアーチ状になっている部分の下を、くぐり抜けていく。バス吉に言われたように彫刻をよく見てみると、兵士達の出陣の様子が美しく表現されていた。だが、何かがおかしい。よくよく目を凝らしてみると、どの兵士もカッパだった。カッパ軍の出陣、カッパ軍の戦い、カッパ軍の凱旋がモチーフになっていた。
「カッパじゃぞ!」たまもとわしの声が揃った。「ええ、こちら、カッパの凱旋門でございます。当美術館のオーナーがボスガッパ様で、こちらはオーナーの意向をもとに作られたものと聞いております。おっと、マモノだかりができていますね。ちょっと飛ばしますよ。」バスがスピードを上げた。鑑賞中のマモノの群れを跳ね飛ばしかねない勢いで、真ん中を突っ走っていく。ぶつかる寸前で、ギリギリ避けるマモノもいた。クランのメンバーはしっかりとつかまっていたが、車外の様子を心配する者はいなかった。まあ、マモノじゃからな。このぐらいのことは、日常茶飯事じゃ。バスは美術館ゾーンに入る。バス吉の案内が入る。「こちら西洋美術ゾーンでございます。あちらに見えますのが、有名なミロのヴィーナスの腕がちゃんとあるバージョンでございます。全部で、57体ぐらいございます。えー、コンセプトとしましては、誰かが完全に美しいと思ったヴィーナスでございますから、それぞれに美しさが異なっております。好きなヴィーナスには投票ができまして、月1で結果が集計されるそうです。現在のところ、あちらの4番さんがですね、3連続トップをとっているそうです。」「ほー、ふむふむ。あ、あの27番さんは、昔の嫁さんによく似とるのー。」「ヨモジイノオクサマハ、ガイコクノカタダッタノデスカ?」「いや、うむ、生粋の日本のマモノじゃったが、しかし、よく似ておる。」ミロのヴィーナス達は、車内の私達に手を振ったり、笑いかけたりしてきた。ウィンクをしたり、投げキッスをしたりする者もいた。「次は、当館の目玉!宝石がついたままの幸福な王子です。」車内に、おおーっ!という歓声が響いた。それもそのはず。幸福な王子の像は、それは煌びやかな姿をしていた。サファイアの目、ルビーの剣、金箔の体。まさに、ゴージャスそのものだった。残念ながらショーケースに入っていたため触ることはできなかったが、とても見応えがあった。「はい。十分にご堪能いただいたところで、次は日本美術ゾーンに移っていきまーす。」バスは、西洋美術ゾーンを後にした。
ジリリリリリリリリリリリリ!けたたましく警報器が鳴った。「お、お、なんだ?事件か?暴れてやんよ。」とゴリ吉が咆えると、サイヤが冷静に続けた。「ジケンナラバ、ケイサツノデバンデスネ。」2人とも、ノリノリじゃ。かくいうわしも、刀の柄に手をかけておった。バス吉が叫ぶ。「みなさーん、やる気満々みたいな殺気を感じますが、警報器が鳴ったらとにかく一旦外に出るようにと言われていますので、出まーす。」バスが動美術館を出ると、後からたくさんのマモノ達がわあっと出てきた。最後にドスンドシンドスンと出てきたのは、犬を連れた石像だった。犬も石像だ。わしはその石像と知り合いだったので、バスから降りて声をかけた。「おー、西郷どんではないか!その昔、お主とは共に戦ったな。覚えておるかな?わしのこと。」「あ、あ、ああ!黄泉比良坂殿でごわすな。これは久しゅう。今日は、何用でこちらに?」「ハッハッハ!いや、もうわしも楽隠居の身よ。東京に招待してもらったからの、今はこうしてテーマパークを巡って余生を過ごしておる?しからば、お主は?」「おいどんは、この動美術館の展示物でごわす。歩く展示物として、有名になっているでごわす。では、おいどんはスタッフの所に向かうでごんす。またお会いしましょう。」西郷どんが去って行くと、タヌキの姿に戻っていたバス吉がわしらを呼び寄せた。「みなさん、さっきの警報器が鳴った原因が分かりましたよ。どうやら、例の強盗団が侵入してきたようです。でも、警備員達が食い止めたようですので、またツアーを続けることができるそうです。それでは、点呼を取らせていただきますね。「1、2、3、4、5、と。ん?5?うわあ、あなたは、あなたは、、」バス吉も驚いたが、わしらもびっくりした。わしらに紛れ込んでいたのは、さっきショーケースに収められていた幸福な王子だったからだ。「皆さん、こんにちは。さっきは口々に私のことを誉めてくださり、どうもありがとうございました。皆さんの楽しそうな様子を見て、私も一緒に観光をしてみたくなりました。連れて行ってください。」
「お主、好きなゲームは何かの?」わしは質問をした。王子が戸惑いながら答える。「ゲームですか?いえ、ゲームはしたことがなくて。楽しいんですか?」「それはそれは、楽しいものじゃよ。」たまもが答えた。「それは、ぜひやってみたいですね。教えてくれますか?」「モチロンデス。ソウナルト、オウジハショシンシャデスネ。」「おう!そうなるな!我らがクランのルールは、初心者に優しくだぜ!よっし!一緒に回ろうや。」「は、はい。ありがとうございます。」「と、来たら、まずは格闘ゲームからだな。リアル格闘ゲームはな、己の体を使うのよ。こうやって触手を出して、そうしてから近場の人に触手を当てて、で、喧嘩をふっかけると!」「あ、あの、ゴリラさん、ゲームのレクチャーをしてくださり、大変ありがたいのですが、まずはツアーを一緒にしたいのですが。」「あ、ああ、そうかい?よし、わかった。バス吉、頼むぜ。」合点です!と、バス吉がバスに変化した。「それでは、幸福な王子様を新たに加えまして、今度は日本美術のコーナーに向かいましょう。出発しまーす。」バスは再び、マモノ動美術館の中へと入っていく。日本美術のコーナーでは、器やら水墨画やら浮世絵やらが飾られていた。「はい。それでは、今から有名な東海道五十三次の絵の中に入って行きまーす。」「入って行きます?」バスはいつの間にか、日本橋の上を走っていた。そして、品川、川崎と通り、あっという間に小田原に着いていた。「マモノ達は、東京から出られませんので、気軽に東京の外を見て回れるのがこの作品の魅力となっています。しかも、タヌバスなら時間も短い!」「コレナラ、ヨモジイノコキョウニモイケルノデハ?」「お〜、わしの故郷か。わしの故郷は松江じゃからのう。東海道では京都までしか行けんからのう。サイヤ、気遣い、ありがとう。」バス吉の言う通り、東海道往復の旅は小一時間で終わった。確かに普段東京に閉じ込められているマモノにとって、旅情が味わえる良い機会だった。王子様も、楽しんでおられる。
「続きまして、こちらは見返らない美人図でございます。ご覧の通り、女性はこちらを振り返っておりません。」「あの女性は、なぜ向こうを向いているのでしょうかね。」王子様が不思議がるので、わしは説明した。「これぞ、日本の恥の文化の極致ですな。のう、たまも?」「うむ。そうじゃ。うなじだけを見せるあたりが、にくいのう。」「なるほど。そう言うものなのですね。でも、お顔も見てみたい気がしますね。」「ふむ。王子様は、この女性の顔が見たいとな。分かり申した。ヘイ!バス吉さん。止めておくんな。」たまもがバスを止めて、降りて行った。しばらくすると、外から声が聞こえてきた。若い女性の声だ。「きゃー王子様ー。早く降りておいでよー。見返らない美人さんが、特別に見返ってくれてるよー。」王子様が慌てて降りる。わしらも一緒に降りた。見ると、見返らない美人図が本当に前を向いており、にっこりとしていた。その隣には、こちらもとんでもない美女がにっこりして、王子様を手招きしている。わしらクランメンバーは知っているが、あれはたまもの化けた姿だ。たまもは、どんな美女にも化けられるという特技を持っている。王子様は当然そんなことは知りようもないので、ただただ面食らっている。「ほらほらほらほら、何を遠慮なさってるのかしら?おいでおいで。一緒に写真を撮りましょう?そうそう、ほら、ここ、真ん中に入って。きゃー、両手に花だよ!幸せでしょ。はい、ポーズ。あ、いい感じー。ありがとう、見返らない美人さん。そうだ、王子様。ゲームセンターには、プリクラって言う楽しいマシンもあるから、今度それも撮ろうな。はい!サービスタイムはここまで。」どろん。と音がして、白い煙が立ち込めて、美女が元のたまもに戻った。「王子様、楽しかったじゃろ?」「は、はい、楽しかったですが、何が何やら。」たまもがカッカッカと笑うと、王子様は文字通り狐につままれたような顔をしている。
「お次は、怪談コーナーです。古今東西、ありとあらゆる妖怪達の絵があります。」「よし!ここは、わしの見せ場じゃな。」わしは、たまもには負けてられんといった調子で、兜をぐいっと上げた。人間で言うと本来なら顔がある部分の空間から、出るわ出るわ妖怪達がわんさか出てきおった。わしは、黄泉の国と繋がっているという特性を持っておる。黄泉の国から呼び寄せた者達が、パレードを始める。リアル百鬼夜行じゃ。わあ!わあ!と喜びながら、王子様が1匹ごとに拍手を送る。わしはあらかたの妖を出し尽くした後、王子様に呼びかけた。「ほら、何をしておる。お主も並ぶんじゃ。」「え?でも、ぼく、西洋出身ですよ。この中じゃ、浮いちゃうんじゃ?」「何を言っておるゴリ吉もサイヤも、とても和の者とは思えぬ奇天烈なナリをしておるが、あんなに楽しそうに列に溶け込んでおるではないか。」「あ、本当だ。早い!」「王子よ。日本の神は、八百万の神と言ってな。ありとあらゆるものに神が宿ると考えられておる。つまりじゃ、寛容の精神がここに現れておるわけじゃの。じゃからして、お主が混ざっても、何の違和感もないんじゃ。安心せい。」「はい。あー、楽しいな。ショーケースの中だと動き回れなかったからなー。めちゃめちゃ楽しいです!」「うむ。良きかな良きかな。」その時、たくさんの警備員達が日本美術ゾーンに雪崩れ込んで来た。いたぞ!あそこだ!と声を張り上げながら、こちらに向かってくる。例の強盗団が、これ幸いと百鬼夜行に紛れ込んでいたのだろうか。そんなことを思っていると、警備員達はわしらの周りを取り囲んだ。「見つけたゾ!強盗団め!幸福な王子を返せ!」あれ?どういうことじゃ?わしらが状況が飲み込めずに素っ頓狂な表情をしていると、王子様が小声で言った。「ご、ごめんなさい。実は、無断で逃げてきたんです。皆さん、どうかこのまま一緒に逃げてくれませんか。ぼくには、しなければならないことがあるんです。」サイヤが、おもむろに警察手帳を取り出した。警戒する警備員達を、もう片方の手で制止する。
「ワタシハ、ゴランノヨウニケイカンデス。コウフクナオウジハ、ゴウトウダンニウバワレナイヨウニ、アズカッテオキマシタ。」「あ、警察官の方でしたか。ご苦労様です。なるほど。保護してくださっていたわけですか?ははあ。なるほど。なるほど。って、そんなわけあるかーい!」警備員達は、サイヤに殴りかかった。サイヤが警備員の注意を一手に引き受けてくれているうちに、わしらはタヌバスに乗り込んだ。サイヤも警備員の一瞬の隙を突いて、乗り込むことに成功した。しかし、サイヤの体はあちこちボコボコにへこんでいた。タヌバスは、全速力で発進する。タヌバスは、「捕まったら、ぼくまでやばい。捕まったら、ぼくまでやばい。」とぶつぶつ言っている。追いかけてくる警備員が、雪だるま式にどんどん増えてきた。たまもが「わしに任せるのじゃ。」と言って、フッと狐火を吹いた。たちまち周りの掛け軸などに延焼し、大炎上となる。「あちっ!おっと、わしとしたことが小指を火傷してもうたわい。ま、ざっとこんなもんじゃろ。さて、今のうちに、どこかに身を隠さんとな。」「そういうことなら、またもや、わしの出番じゃ。」わしは窓を開けて、タヌバスの前に飛び出すと、兜と鎧の間を大きく開けてバスをその中へと誘った。そして、わし自身もその中へと入った。「うわぁぁっ、なんですここは?」バス吉が驚くのも、無理はない。暗くじめじめした道へと、急に迷い込んでしまったのだから。「ここは黄泉比良坂。黄泉の国への一本道じゃ。」「なんだと?黄泉の国だって?そんなところに行って、オレ達大丈夫なのか?」ゴリ吉の心配に、わしはサムズアップをしてみせた。「向こうの物を口にしなければ、大丈夫じゃ。たとえ美味しそうなバナナを勧められても、食べてはいかんぞ。」行きは良い良い。帰りは怖い。魑魅魍魎達が、わしらを帰すまいと追ってきた。わしは殿を務めて、バスを見送った。たとえわしの体が黄泉の国と繋がっているからと言って、魑魅魍魎達が手心を加えてくれるわけではない。黄泉の国を出る頃には、わしの鎧兜はボロボロになっていた。
黄泉の国から戻ってくると、警備員達を完全にまいたことが分かった。けれども、動美術館を移動している以上、安心はできない。「よし!オレがもう一踏ん張りするか!」と、ゴリ吉が背中から黒い触手をたくさん出した。ふぬぬぬぬ。ゴリ吉がさらに力を入れると、触手は伸びに伸びてタヌバスを覆い尽くした。「はあ、はあ、はあ、これで、はあ、どうだ?」ゴリ吉はかなり疲労したらしく、汗だくになっている。だが、おかげでバスは警備員達の目を欺けそうだ。「みなさん、ありがとうございます。会ったばかりの私の頼み事を聞いてくださって。」「はあ、はあ、はあ、いいってことよ。それより、アンタ。しなければならないってことは、何だい?」「実は、ツバメを探しているんです。」「ツバメ?」「はい。ぼくとツバメは、同じ物語から生まれているんです。ぼくにとって、兄弟みたいなものなんです。だから、分かるんです。ツバメは、この館内のどこかにいると。皆さん、ここまで、ありがとうございました。後は、自分で何とかします。」「おいおいおいおい。アンタ、何とかしますって言ったってさ。アンタだけじゃ、難しいだろ?それに、アンタと別行動したら、それこそオレ達はアンタをどこかに売り捌いたと疑われちまう。」「それじゃあ。」「ああ、見届けさせてもらうぜ。」「ありがとうございます。」タヌバスは一旦動美術館を出て、不忍池に来ていた。そこでバスを降りて、王子様にツバメの方向を感じてもらうことにした。「うーん、こっちかな?いや、あっちかな?」「ふむぅ。埒があかんのぅ。よし、では、高い所から見下ろしてみてはいかがかの?」言うが早いか、たまもは巨人の美女に変化した。ゆうに4mはあろうか。どんな美女にも化けられるって、そんなのもありかい!とわしは心の中で突っ込んだが、王子様はたまもの肩の上に立って、ツバメの方向を感じられたらしい。わしらは、その感覚を頼りに、次は動物園エリアのユーマゾーンを目指す。たまも巨人が足を動かすと、ザッバーンと不忍池の水が溢れ出した。水は大波のように、辺り一帯を飲み込む。
「おいどんは、流されていくでごわす〜。」ぶくぶくと泡を生じながら、西郷どんが沈んでいくのが見えた。わしらも流されるかと覚悟したが、すんでのところでバス吉がフネ吉に変化した。「あくまでも、ぼくの名前はバス吉ですからね。」と念を押す。船でユーマゾーンに進むと、湖面が急に盛り上がった。転覆しかけたが、フネ吉がうまくバランスを取った。出てきたのは、ネッシーだった。ネッシーが長い首を折り曲げて、船を覗き込む。ぎょろぎょろした目玉が、目の前にあった。すわ襲ってくるかと刀を構えたところ、ネッシーは間伸びした声をかけてきた。「んー?そこにいるのはーー、ゴリ吉君かーい?」「お、おう、おお!ネッシーか!久しぶりだな。」「どうしてー、こんなところにーいるのー?」「ああ、ちょいとワケありでツバメを探していてな。お前こそ、なんでこんなところに?」「ぼくは、ここで働いてるんだよー。」「そうだったのか。ご苦労さん。もし、待遇に不満があったら連絡してくれよ。うちの動物園にナシつけるからな。」「んー、ありがとー。ところでさー、さっきツバメって言ったー?」「お、心当たりあるのか?」「うんー。お隣のさー、妖精ゾーンにいたような気がするよー。」「そいつは助かるぜ。ありがとよ。またな。」妖精ゾーンは、本当にすぐ隣だった。そこで、わしらはお目当てのツバメを見つけることができた。ところが、いざとなったら王子様はフネの中に引っ込んでしまった。「ツバメはこんなに近くにいたのに、ぼくのことを探しに来てくれなかったのは、きっとぼくのことを嫌いになったからなんだ。」と、座り込んで頭を抱えてしまっていた。仕方なくわしが、木の上に止まっているツバメをそっと捕まえると、足元から小さい声が聞こえてきた。「待って。私のツバメさんに何をなさるの。」わしは足元を見たが、誰もいなかった。「ここよ。ここ、ここ。ほら、あなたの右足のあたり。」わしは、もう1度よく探した。すると、確かにわしの右足のつま先のところに、小さい小さい女の子がいた。
「これはこれは、可愛らしいお嬢さん。今、私のツバメとおっしゃったかな?実はこのツバメ、相棒がおっての。幸福な王子と言うんじゃが。」「いいえ。それは人違い。いえ、ツバメ違いよ。だって、その子は私と同じ物語から生まれた子だもの。私の名前は、親指姫よ。」「なんと、そうであったか。知らぬこととは言え、許されよ。」わしはツバメを包み込んでいた、両手の具足をゆっくりと開いた。「ゲホッ!ゲホッ!あー、びっくりした。なんですか?ツバメ違いですか?」「ああ、そうなんじゃよ。幸福な王子の相棒であるツバメを探しておっての。」「あ〜、そのツバメなら、会ったことありますよ。たしか、エジプトゾーンに行くとか言ってました。」あっ!と王子が短く叫んだ。「そうでした。物語では、ツバメは越冬のためにエジプトに行くところだったんです。」「ふむふむ、なるほどのぅ。いや、ツバメ殿、姫様、突然申し訳なかった。そして、ありがとう。」わしは、改めての謝罪と感謝を伝えた。エジプトゾーンは主に砂漠だったので、さすがに水は引いていた。ピラミッドがいくつか建っており、そのうちの1つのてっぺんに、どうやら今度は間違いなく王子の相棒と思われるツバメがとまっていた。王子はまた隠れてしまった。サイヤが鳥モードに変形して、ツバメを呼びに向かった。ツバメはすぐに降りてきたが、まだ状況を把握していないのかキョトンとしている。たまもがズケズケと言った。「ツバメや。ここにの、王子が隠れておるぞ。」「え?え?王子様?あ、幸福な王子様じゃありませんか?何をなさってるんですか?こんなところで。」王子がしゃがみ込んだまま、指の隙間からチラッとツバメを見上げた。サイヤが説明を加える。「オウジハ、アナタニアイタクテ、ダッソウシテキタンデス。デモ、ツバメサンニキラワレテイルンジャナイカトオモッテ、カクレテルンデスヨ。」「そんな!王子!私が、あなたを嫌うわけないじゃないですか。ずっと会いたかったんですよ!」
「本当かい?」王子が立ち上がり、ぱあっと明るい顔を見せた。宝石の煌めきだけではない、全身が輝いて見える。「本当ですとも!」ツバメはクチバシを突き刺しかねない勢いで、王子の胸元に飛び込んだ。「ぼく、ぼく、王子を探していたんです。でも、ここ、広いでしょ?右も左も分からなくて。ああ、でも、こうしてようやく会えた。」ぐすん。ぐすん。ぐすん。タヌキの姿に戻っていたバス吉が、涙ぐんでいる。たまもが、バス吉の頭をぽんぽんと叩く。「バス吉君、泣いている場合ではないんじゃないかね?」「え?え?」ゴリ吉が、バス吉の肩を叩く。「そうだぞ。お前の会社は、このテーマパークの親分とコネがあるんだろ?だったら、なあ?」「あ、いてっ!あ、は、はい!す、すぐに連絡します!だ、大丈夫です!我が社の隠神刑部社長はこわい方ですが、ボスガッパさんは、話が分かる方ですから、はい。」バス吉が慌てて、ボスガッパに連絡をとる。どうやら繋がったらしい。「あ、はい、あ、そういうことです。あ、そうですね。」という受け応えが、断片的に聞こえてくる。通信が終わるとバス吉が汗を滴らせながら、ため息をついた。「はひ〜。終わりました。なんとか、こちらの事情は全て伝えることができました。一度、こちらに来てくれということでしたので、この後のレストランの予定を変更いたしまして、ボスガッパさんの事務所に向かいますね。」「ちょいと、待った。そこでは、飯は出るのかの?」「はい、出ます。たまもさんは何か食べたい物はございますか?」「うむ。出るならいいんじゃ。そうじゃの。わしは王子様カレーがいいの。」「オレは、フルーツの盛り合わせだ。」とゴリ吉。わしは、「わしは歯が弱いのでの。ラフテーがええの。」と注文した。「はい。分かりました。すぐに召し上がれるように、頼んでおきますね。」こうして、わしらはボスガッパのもとへと向かうことになった。
パラリラパラリラ。逃避行も終わって軽快に走るバス吉の後ろから、軽快な音が聞こえてきた。わしらが振り向くと、ロケットカウルにぴよぴよバイザーをつけた、いかにもな単車が4台、遥か後方より凄いスピードで近づいてきた。拡声器でも積んでるのか、大音量で呼びかけてくる。「アー、アー、オレは泣く子も黙るリクドー会のゴートー部門、時刻堂加速丸よ!そのキラキラは俺様のものだ!痛い目見たくなけりゃ、置いてきな!」言い終わる前に、加速丸は加速してきた。速いのじゃ!ゴリ吉に鉄の棒が振り下ろされる。その時、道路脇から警備員がバイクに乗ってきて、その初撃を受け止めた。しかし、2度目はまともにゴリ吉の頭蓋に入ってしまった。触手の迷彩で疲れていたゴリ吉は、くらくらして今にも倒れそうだ。すかさず、サイヤが加速丸目がけて、放電をした。加速丸が感電をする。そこへ、たまもの狐火追撃。うむ、わしも活躍せねば。これは気が進まないが、仕方がない。「はーい、みんなの英雄、よみたんだよ。お待たせ。くらえ!あめのぬぼこ!」わしは、わしのもう1体の人格である、よみたんに体を明け渡した。よみたんは幼い女性の姿をしており、わしとしては威厳が失われるからあまり出てきて欲しくないのだが、あめのぬぼこはよみたんしか使えないので、仕方がない。たまもが便乗して、美女に変化する。サイヤが警棒をサイリューム代わりに、振り回す。ゴリ吉が疲れを押して、蛍光色の触手でステージを彩る。これが、わしらのクランの大技スクランブル。よみたん&たまもフェスじゃ!ドッゴーン!!!かなり効いたようで、加速丸の単車が右へ左へとふらつく。当然、そんな加速丸の振り回す棒は当たりようがなかった。「トドメ!デス!」サイヤが鳥モードで突進した。加速丸は、そのまま道の横を流れる川へと吹っ飛んでいった。「ざまあみろじゃ。」たまもが美女のまま叫んだ。「おのれ!よくも親分を!」親玉がやられて戦意喪失するかと思ったモブ3台は、果敢にも挑みかかってきた。一斉に、たまもに単車ごとぶち当たる。
ドフッ!ドフッ!ドフッ!3台とも、まともにたまもに当たった。「こんなのへっちゃらじゃわい!」見た目は血だらけだが、たまもは強がった。実際、逃避行の時にあまりダメージを受けていなかったのは、たまもだけだったので、たまも以外が喰らっていたら危険じゃったろう。そう思って、よく見てみると、たまもはどこから取ったのか、ふかふかの毛皮を身に纏っていた。たまもの特性の狐の毛皮とは、少し毛色が違う。「あなたー、なんてことするんですかー。」車内に、バス吉の声が響く。「そこは、ぼくの大切なお尻の毛です!」「すまぬすまぬ。咄嗟の防御反応じゃ。」「よし!最後は、リーダーらしくオレが決めるか!」瀕死のゴリ吉は、おもむろに下半身に手を伸ばすと、金色の玉を2つ取り出した。ふん!力一杯1つ目を投げると、モブが2体重なって吹っ飛んでゆく。ふん!もう1つも投げると、最後の1体も吹っ飛んだ。ふー、やれやれじゃわい。実際、ボスガッパは話の分かる奴じゃった。「ヤー達ー。ごめんネー。話は聞いたヨー。なんでモー、離ればなれになっちゃったっテー。ヤー達は、これからずっと一緒だヨー。なんなら、西郷どんみたいに自由に歩き回ってくれて構わないヨー。出会って話せる展示物、結構人気なんだよネー。それから迷惑かけちゃったからサー。しばらくお休みをあげるヨー。」「さすがボスガッパ様!あの〜、できればうちの隠神刑部社長にも、ぼくの日当をリンゴ2個から増やしてもらえるよう口添えしてもらえませんか?」「ヤー、いいけどサー。隠神チャンは厳しいからネー。うんと言ってくれるかナー。」「う、う。言ってもらえるだけでも、ありがたいです。」わしは約束通り、ラフテーを食べて満足した。食事の後、わしらは王子様とツバメを、ゲーセン・ネオに連れて行った。今日はのんびりできると思っていた店長は嫌そうな顔をしていたけれども、まあ良いじゃろ。ご新規様を連れてきたのじゃ。たまもが早速変化して、王子様達とプリクラを撮る。誘われたので、わしも渋々よみたんを差し出した。後日、ニュースで川底で加速丸が捕まったことが報じられた。捕まえたのは、なんと西郷どんだった。(完)