ぼくは飼い猫だ。世の猫の中には、飼い猫を馬鹿にする奴もいるけど、ぼくはそんなの気にしない。だって、エサの心配をしなくていい。寒い思いをしなくていい。何より、飼い主の愛情をたっぷり受けられるのだ。ぼくの飼い主はリサちゃん。人間の年だと12才とかなんとか。とにかく、ぼくのことをかわいがってくれる。まあ、当然だろう。なんといっても、ぼくのかわいさは半端じゃない。灰色と黒色の短いが美しい毛並みを持っている。リサちゃんのお父さんが言っていたが、ぼくはマンチカンという種類らしい。つぶらな瞳も、ぼくの持ち味だ。リサちゃんは、いつもぼくのことを呼んでいる。「ムクー、ムクー。」ムク、これがぼくの名前だ。ニャーん。ぼくは愛らしさをたっぷりこめて、返事をする。ぼくは幸せ一杯だ。そんなリサちゃんがなかなか帰ってこないので、まだ昼間なのに、ぼくはうちを抜け出した。ぼくが見つけたこの抜け道は、リサちゃんもリサちゃんのお父さんもお母さんも、誰も気づいていない。夜の集会に出かける時は、いつもこのルートを使う。昼でもたまに散歩をしたくなると、抜け出すことがある。自由なのが、猫の特権ニャ。リサちゃんの通う場所には、実は何度か来たことがある。ぼくが大きな門から入ろうか、裏の小さな門から入ろうか、それとも金網を越えて入ろうか、迷ってうろうろしていると、後ろから猫達の話し声が聞こえてきた。「本当だにゃ。エサをくれるらしいにゃ。」「それなら、行かない手はないにゃ。」「そうですにゃ。参りましょうにゃ。」振り向くと、野良猫のはなとサカナスキー、飼い猫のまぬが歩いていた。はながぼくに気づいて、前足をあげた。「あ、ムクにゃー。ムクも、エサの噂を聞きつけたにゃ?」「エサニャ?」「にゃんだ、違うのかにゃ。今、この小さい人間が集まる場所でエサにありつけるらしいにゃ。いつもは、小さい人間にわしゃわしゃされるから近寄らないけど、今日はエサ目当てで来てみたにゃ。ムクも行くにゃ?」「ニャー。ぼくはあまりお腹空いてニャいけど、飼い主のリサちゃんがいるから、今から入るところニャ。」
大所帯になったので、ぼくらは慎重を期して門から入ることを避けた。固いのっぺりとした石のような壁の上に、それぞれがヒラリと飛び乗る。すると、そこには大きな大きな水溜まりが広がっていた。「すごいにゃ。池にゃ。魚がいるかもしれないにゃ。」サカナスキーが興奮気味にしゃべると、まぬがたしなめるように言った。「これはですね。たしかぷうるとか言う、人間が泳ぐ場所ですにゃ。魚はいにゃいですにゃ。」「にゃんだ。そうにゃのかにゃ。つまんにゃいにゃ。あ、でも今、にゃにかがあそこで跳ねたにゃ。」サカナスキーが指した方向を見ると、たしかに何かが跳ねていた。ぴしゃん。ばしゃん。と音がしている。「ん?あれは、すいにゃ。昼間に見かけるのは珍しいにゃ。おーい、すい〜!」跳ねていた者は、はなの呼び声に反応してバシャバシャとこちらに寄ってきた。「これは、みんなお揃いにゃ。もう集会の時間かにゃ?」ぷうる際に前足をかけて、迷い猫のすいがにっこりした。と言っても、すいの体はおおむね透明なので、表情は少し読み取りづらい。「まだ夕方ニャ。集会の時間には、ちょっと早いニャ。ニャんか、ここでエサがもらえるっていう噂があるらしいニャ。それで、みんな集まったらしいニャ。」ぼくが言うと、すいは、ぱしゃーんと勢いよく水から飛び出してきた。「それを早く言うにゃ。行くにゃ。どこにゃ?」おいしそうな匂いをたどって、ぼくらは建物と建物の間をすり抜けて進んだ。すいの歩いた後には、水が滴り落ちている。目当ての場所は、すぐに分かった。なぜなら、ぼくらの他にも15、6匹の猫がわさわさと集まっていたからだった。どの猫も、一心不乱に食べるのに夢中になっている。ぼく以外の4匹は、わーっとその群れに溶け込んでいった。「本当だって!猫がさぁ、そりゃもう、わんさか。たぶん10匹はいたぜ。ここ、ここ。この角を曲がったところだよ。今日の給食さ〜、魚だから、みんな結構残しただろ?漁りに来たんじゃないの。」小さい人間の声が近づいて来たかと思うと、ぼくらの背後から現れた。「うわぁ、増えてる。増えてるよ!もう20匹ぐらい、いるんじゃないか?」リサちゃんぐらいの大きさの男の子と女の子が8人ほど、猫の集団を見つけて驚いている。
驚いたのも束の間、小さい人間達は得も言われぬ速さで猫達を可愛がりにかかった。特技、わしゃわしゃだ。ぼくは、ささっと避けた。まぬは、いつの間にか遠い所に避難している。けれども、ほとんどの猫は逃げなかった。わしゃわしゃされながら、食べ物にむしゃぶりついている。「みんな、どうしたのー?」さらに小さい人間が3人現れた。その中の1人が、リサちゃんだった。ぼくは嬉しさの余り、こっそり抜け出し中の身であることを忘れて、リサちゃん目がけて走った。ニャーん。懐に飛び込む。「え?え?何、この猫ちゃん。めちゃめちゃ人懐っこい。あれ?この猫、うちのムクにすごい似てるな〜。でも、ムクは家にいるはずだし。おかしいな〜。」ぼくは気づいて欲しくて、いつもうちでリサちゃんに甘える仕草をする。「え?ムク?いや、でも、違うよね。」「こらあ、お前たちー、そこで何してるんだー。そこは入っちゃいけないところだろう。」大きい人間がやってきて、小さい人間達を叱りつけた。「やべ!逃げろ!」小さい人間達は、蜘蛛の子を散らすように一瞬で逃げていった。猫達もさすがに食い物を諦めて、ぱっと散開する。ぼくもリサちゃんの腕から飛び降りて、一目散に走った。その夜、ぼくが集会に向かう足取りはいつもより重かった。リサちゃんに気づいてもらえなかったショックが大きくて、やる気が出なかった。メンバーは、すでに揃っていた。そもそもこの広場を寝ぐらにしているはな。満腹でへそ天しているサカナスキー。いつものようにビシャビシャのすいに、その後を興味深そうについて歩くまぬ。すいが言った。「今日は、昼間からみんなに会った夢を見たにゃー。」「会ったにゃー。」「会ったにゃ?」「にゃんの話にゃ。」「・・・。」みんな、猫らしく適当に答えていたが、ぼくは落ち込みが激しくて答える元気がなかった。それらを聞いて、すいが結論づける。「うん。やっぱりあれは夢だったにゃー。ところで、今夜はやけに静かにゃ?」すいの言葉に、ぼく達はそれとなく聞き耳を立てた。
「たしかに静かにゃ。いつもなら、鉄の魔物がブォンブォン唸り声をあげてる時刻にゃ。」「あのお酒とかいう変なにおいの飲み物を飲んでいる、大きな人間もいないにゃ。」「にゃんでにゃ。広場にいるのは、ぼくたちだけみたいにゃ?」はな、まぬ、サカナスキーが感じたことを話し合った。ぼくは、まだだんまりを決め込んでいた。すると、サカナスキーが次第に興奮してきたようで、にゃーと叫んだ。「冒険の気配がするにゃー。夜廻りするにゃー。」サカナスキーがぴょんぴょこぴょんぴょこ跳ね回って、広場中に足跡をつけて回る。「はい、では、ここは、もうですね。サカナスキーさんが、全部見回ってくれたようですのでね。よそに移りましょうか。」丁寧だがまぬが有無を言わさぬ口調で言うので、集会はヒト町に移動することにした。先頭を歩いていたまぬとサカナスキーが、ヒト町を縄張りにする猫に絡まれたが撃退して子分にした。ぼくはなかなか立ち直れず、とぼとぼとぼとぼ歩き続けた。途中、小さい人間何人かとすれ違ったけれども、毛並を荒らされたくなかったので回り道をした。「すごいにゃ、ムク。あっという間に、ヒト町全部に足跡をつけて回ったにゃ。」すいに声をかけられて、ぼくはハッとした。途方にくれて歩いていたつもりが、ヒト町の調査に繋がっていたらしい。気づいて顔を上げると、はながフェンスに体を何度もぶつけている。「はなは、ニャにをしてるニャ?」「あまりの静けさに、心が耐えられなくなったみたいにゃ。そっとしておいてあげるにゃ。」ぼくの質問にサカナスキーが答えると、残りの2匹は無言で頷いた。「ところで、みんなの調査の結果、分かったことがあるにゃ。」すいが、勿体ぶった話し方をした。「それは、今夜、この町から大きい人間が消えているということにゃ。」にゃにゃ!?耳を傾けていた4匹は、一斉にびっくりした声を出す。はなも正気に戻って、聞いていた。「小さい人間は、大きい人間がいないのをいいことに、あれにゃ、あれをしてるにゃ。」予感通り、ニャラティブが始まったニャ。
「分かったニャー。小さい人間がすることと言ったら、あれしかないニャー。1人が周りのみんなを追いかけ回す奴ニャー。」ぼくが真っ先に答えると、すいがたぷんたぷんと水をたっぷり含んだ首を振る。「違いますにゃ。ムクさん。すいさんは、いないのをいいことにと、言ってるんですにゃ。追いかけ回す遊びじゃなくて、隠れている人を見つける遊びですにゃ。」まぬの自信たっぷりな回答も、水たっぷりで否定された。「猫も人間も同じにゃ。エサにゃ。エサが欲しいにゃ。大きい人間がいると買わせてもらえない甘いのとかパリパリする辛いのとか、そんなエサを買って食べることにゃ。」サカナスキーのその答えも違ったようだ。唯一、はなだけが理解したようだったが、はなには続けてニャラティブするやる気はなさそうだった。ぼくらは、残った団地に移動した。団地には、ヨナが大量にいた。明らかに今まで見たことないぐらい、たくさんいた。大きい人間が、みんなヨナに変わってしまったのかと思うぐらいに、そこら中をウロウロしていた。ぼくは、こわい気持ちで一杯になった。サカナスキーが団地の管理棟の上に上って、みんなを見下ろした。それでやる気を取り戻したはなが、元気に団地を駆けずり回る。はなは、ヨナを恐れていないようだった。はなが団地に足跡をつけ終わると、すいがまた閃いた。すいが眠い目をこすりながら、夢を見たにゃと言って、話し始めた。猫の夢は、あながち侮れニャい。たまに、真実を見抜く力があるニャ。「夢を見たにゃ。ここは人間の町にそっくりのヨナだらけの夜会にゃ。年に1度だけ、この夜会への扉が開いてしまうにゃ。おそらく、ぼくらはどこかでその扉をくぐってしまったにゃ。元の世界に戻るには、朝になる前にもう1度その扉をくぐる必要があるにゃ。それで、その扉を見つけるためには、にゃぜ扉が開いたかを全員で考える必要があるにゃ。」「では、教えて欲しいですにゃ。にゃぜ、開いたのですかにゃ?」まぬが問いかける。「それは、うーん。あれにゃ。あの〜、あれにゃ。」これはまたもや、すいによるニャラティブニャー。
すいが慎重に言葉を選ぶ。「この扉が開く日は、あれにゃ。小さい人間がかぶったり、ピンクのふわふわをむしゃむしゃしたりする時にゃ。」「ピンクのふわふわにゃ?」「ピンクのふわふわにゃ?」「ピンクのふわふわニャ?」「ピンクのふわふわにゃ?」4匹の反復が、時間差で連鎖した。途中まで分かりかけていたような気もしたけれど、ピンクのふわふわって何ニャ?とってもふわふわしてるニャ。すいが両前足で、ぺしゃぺしゃと自分の頭を叩く。「うーん、ぼくが知ってるのはこれにゃ。みんな、知らないにゃ?」まぬが、今度は自信なさそうに答える。「それは、あれですかにゃ。昔風の灯りをぶら下げて、胡瓜とか茄子とかに何か刺し込んだりしますにゃ。それで、亡くなった人間を呼ぶ日ですかにゃ。私の子分の老いた人間の女性が、よく手を合わせてますにゃ。」「うにゃにゃ。それじゃないにゃ。」次に、サカナスキーが言った。「小さい人間の中でも、女の子にゃ。なんか人間の形によく似た小さい物を、段々にして飾るにゃ。あれ、すごい引きずり下ろしたい気持ちになるにゃ。そして、白とかピンクとか、緑とかのもちもちした四角いのを重ねるにゃ。」「うにゃにゃ。」今度のニャラティブは、ぼくにも分かった。はなも分かったようなので、まぬとサカナスキーに向けて、ぼくが改めてニャラティブをすることにした。「かぶるニャ。重たい物をかぶるニャ。人間は愚かニャ。なんで、あんな物をかぶるニャ?それに、空ニャ。空に食べられない魚が浮かぶニャ。」「分かったにゃー。」「分かったにゃー。」ニャラティブに成功したので、ぼくは新しい猫語を作った。「空飛ぶ魚の日」も捨てがたかったけど、「わっちゃわっちゃの日」にした。この方が、小さい人間らしい気がするニャ。さてと、ここで集会メンバーで議論になった。場所を移動するかしないかだ。広場、ヒト町、団地と主な場所に足跡をつけて調査をしたが、特にヒト町に小さい人間が集まっている気がした。移動すると何かに遭遇する危険があるけれども、行ってみようということになった。
ヒト町に着く間に、心配するほど何かに出遭うことはなかった。人間が少なくなっている影響だろうか。濃くなっていく夜の気配に、ぼくとすいはご機嫌になっていく。まぬとはなは、お腹が空いてきたのかイライラして、サカナスキーとすいに八つ当たりしている。はなはそれでスッキリしたらしく、急にニャラティブするにゃと言い出した。1番初めにすいが行ったニャラティブで、はなだけが分かったやつだ。「人間は、夜は寝るにゃ。特に、小さい人間は、大きな人間に夜は寝るように言われているにゃ。でも、たまには小さい人間も、これをしてみたいにゃ。」ぼくとサカナスキーと、まぬは目配せをし合った。ニャラティブに成功したので、今度ははなが猫語を作る。「夜通しやる楽しいことだから、魚探しに決まりにゃ。」「魚探しは、楽しいですにゃ。」「魚探しなら、寝られなくても苦じゃないにゃ。」「にゃ。」「ニャ。」みんなが共感したところで、ヒト町で聞き込みをして回ることにした。普段なら、猫達に聞いて回るのだけれど、こちらの世界に迷い込んでいる猫は少なかった。また、人間の言葉がいつもの世界よりも明瞭に分かる気がしたので、小さい人間の会話に積極的に聞き耳を立てた。まぬがヒト町で子分にした猫にも状況を説明して、手伝わせることになった。はなが、また何かを聞きつけてきたというので、連続ニャラティブに挑むと言う。「扉が現れたのは、たくさんの小さい人間がすんごいたくさんいて、すんごい元気な場所らしいにゃ。エサを食べたり動いたり遊んだりするらしいにゃ。そう言えば、昼間そこにいたような気もするにゃ〜。」「いたような気もするにゃ。何か食べたにゃ。」「ですにゃ。そこに、小さい人間が大勢いましたにゃ。」「ぼくは、リサちゃんに気づいてもらえなかったニャー。」「にゃ?あれは、夢じゃなかったにゃ?夢だったってことになったはずにゃ?」すいの問いかけに続いて、最後に、はなが大きく鳴いた。「あれは、夢じゃなかったにゃー。あの夢じゃなかった場所で、きっとぼくらはこの世界に来てしまったにゃー。」この1鳴きで、「夢じゃなかった」が新しい猫語に定まった。
「そう言えば、その夢じゃなかった所、さっき聞き込みの時に通りかかったにゃ。小さい人間達が、なんだか楽しそうに話していたにゃ。このまま、いつも口うるさい大きい人間がいなければ、テストも宿題もないって言ってたにゃ。テストとか宿題って、にゃんにゃ?ごめん、脱線したにゃー。それで、ここでにゃにかを作るって言ってたにゃー。あれ?もしかして、これ、ニャラティブできるにゃ?よし、するにゃ。」するっと、サカナスキーがニャラティブを始めた。「小さい人間達は、あれにゃ。なんか、もっと小さい人間を呼んで作るにゃ。山いっぱいにゃ。山の山もいっぱいにゃ。山の山の山もいっぱいにゃ。小さい人間だけを集めて、これを作ろうとしているにゃ。」これは簡単、ニャ。にゃ。にゃ。にゃ。みんなの共有の「にゃ」を引き取って、サカナスキーが新語を作る。「ニャントリーにゃー!」ぼくらは顔を見合わせて、この後どうしたらいいか、またはどうしたいかを探り合った。猫は気ままな生き物だから、必ずしも元の世界に戻らなくても構わない。別にこっちの世界に残って、小さい人間達と暮らしてもいいわけだ。無理に、小さい人間達を連れて帰らなくてもいいのでは。そう考える猫がいても、おかしくはなかった。表情の読み合いっこでは埒が明かないので、ぼくは自分の考えを表明することにした。「ぼくは、リサちゃんがこっちの世界に来ているとしたら、連れて帰りたいニャ。来ていなくても、リサちゃんの友達が来ていたら、リサちゃんが悲しむかもしれないから連れて帰りたいにゃ。」ぼくの意見を聞くと、まぬが「問題は、エサですにゃ。」と言った。はなも「そうにゃ。エサにゃ。ぼくは野良猫だから、自分でエサを取るけれど、たまに人間からエサをもらってやっているにゃ。小さい人間達に、おいしいエサが作れるのかにゃ〜?」と疑問を呈したので、すいもサカナスキーも同調した。まずは夢じゃなかった所に行って、小さい人間達に直接尋ねてみようということになった。なんだか、ぼくらの言葉も、こっちの世界なら通じそうな気がする。
夢じゃなかった場所では、昼間と同じ壁の上から入った。元の世界と同じように、目の前にぷうるが広がっている。集会メンバーは、ここに来た目的を忘れて、しばし水遊びを楽しむ。さすが猫ニャ。はなとすいが日除け屋根の上で足を滑らせて危うく落ちそうになったけど、かろうじて端っこに齧り付いて事なきを得た。バタバタバタと足音がして、小さい人間達が10人ほどぷうるにやってきた。「ねぇ、ゴンゴン。見て、猫ちゃん達だよ。昼間もいた子達かな。」「なんだ。猫達か。おれらの国に、大人の侵入者が現れたのかと思って焦っちまったぜ。」小さい人間達は、ほっとしたように話している。ぼくはその中に、リサちゃんの姿を認めた。まぬが小さい人間達に、呼びかける。「君達は、もったいないことをしようとしているですにゃ。」小さい人間達が、ざわつく。え?え?あれ?という声が、聞こえてくる。「なんだか、私、あの猫の言っていることがわかるみたい。」「え?あなたも?私も、そんな気がするの。」「猫の言葉も分かるなんて、この世界、最高かよ!」「でも、あの猫、ぼく達を説得しようとしてるっぽいや。よし、返事してみよう。もったいないってなんだー?」「もったいないというのは、エサをくれる子分を、みすみす自ら手離すことを言ってるのですにゃ。」「子分?」「そうですにゃ。君達に、エサを与えてくれる大きい人間のことですにゃ。」「えー!大人のことかい?あんなの子分じゃないやい。いつも子どものやることに、やかましく干渉してくるんだからさ。」「それは甘え方が悪いのですにゃ。上手に甘えて、エサを与えたくて与えたくて仕方なくさせるのですにゃ。」「ふーん。そんなもんかね〜。確かに、自分達でご飯を作るのは大変そうだけどさ〜。あ〜、なんかママのカレーライス、食べたくなってきちゃったな。」男の子の1人に、まぬの声が響いているようだ。ニャるほど。この要領で、話しかければいいのニャ。ぼくも、やってみるニャ!
野良猫のサカナスキーとはなは、じっと見守ってくれている。人間に近しい暮らしを送っている、飼い猫のまぬとぼくに任せてくれるつもりだろうか。ぼくは今度こそ気づいてもらおうと、精一杯マンチカンダンスを踊った。ぼくはリサちゃんのためなら、いつもの倍以上の力が出せるニャ。「リサちゃーん!!」「え!?え!?私?え!!あれ、ムク!!やっぱりムクだ!!私、ムクの言葉が分かる!!嬉しい!!」「リサちゃーん。一緒におうちに帰るニャー。」「え?ムク、どうしたの?ここ、楽しいよ。」「パパさんとママさんが、待ってるニャー。」「うーん、それはそうかもしれないけど、パパとママ、勉強しろしろってうるさいんだもん。やになっちゃう。ねぇ、ムク、こっちの世界に一緒に残ろうよ。ここならムクの言葉も分かるし、きっと、毎日楽しいよ。」ぼくは毎日リサちゃんと、あははうふふと笑い合っている様子を想像して、ふらふらと向こう側に歩き始めた。その時、ぼくの首根っこを誰かが咥えた。はなだった。はなが咥えながら、もがもがと喋る。「しっかりふるにゃ。リサひゃんといっひょに、きゃえりたいってゆってたにゃ。」ぼくはハッとして踏み留まり、力を振り絞った。「リサちゃんとぼくは、それで楽しいニャ。でも、パパさんとママさんは、それだと悲しいニャ。元の世界で、みんなで楽しく暮らすニャー。」「ムク・・・・。うん。そうだね。私、楽しさのあまり、お父さんとお母さんのことを考えてなかったよ。ありがとう、ムク。やっぱりムクは、私の大好きなムクだね。」ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!ぷうるの水が大きな音を立てて、上に立ち昇った。何事ニャ?ヨナのしわざニャ?振り返ると、ぷうるの水を全部、一身に吸い取って巨大化した、すいだということが分かった。わー楽しそう!!と子ども達が、すいに飛び込んでいく。リサちゃんも、友達を誘って飛び込んだ。すいはそのまま細長い水の道となって、昼に猫と子ども達が集まっていた場所へと導いていく。そこには、青白い光を放つ扉のようなものがあった。
すいの水の道が、その青白い光の扉に接続する。子ども達が吸い込まれるように、扉の向こう側へと消えてゆく。扉の前でウロウロする子どもが何人かいたので、みんなで猫パンチや猫キックをして押し込んだ。バッシャーーーーン!!夢じゃなかった場所の広い広い広い場所に出た。子ども達も猫達も、みんな水浸しだ。すいは、いつもの大きさに戻っていた。ブロロロロ。ブロロロロ。ブロロロロ。道では、鉄の魔物が唸りながら走っている。あ〜、いつもの見慣れた光景ニャ。「あーあ、帰って来ちゃったよ。ま、いっか。あんなうるさい親でも、家族だもんな。おい、猫ども。ありがとうな。」「にゃーん。」「あ、やっぱり、こっちの世界じゃ会話できないか。残念。」しゃーない帰るかとか、また学校でなとか、やべ宿題しなきゃじゃんとか言いながら、子ども達が散っていく。それを見届けてから、はなが「あとは、飼い猫に託すにゃん。」と鳴いて、ヒト町に消えてゆく。すいも、いつの間にかいない。広い広い広い場所のど真ん中に残っているのは、サカナスキーとまぬとぼく。男の子が3人とリサちゃんだった。まぬが男の子2人相手に、子分との付き合い方のレクチャーを続けていた。もう、にゃーにゃーとしか聞こえないはずなのに、真剣に聞いている2人。あれ、うとうとしているだけかニャ?もう1人の男子が、両手を握りしめて、ぢっと地面を睨んでいる。よほど帰れない事情があるのか、それともあっちの世界に未練があるのか、ぴくりとも動こうとしない。サカナスキーが、「お前、行くとこにゃいのか?じゃあ、ついてくるにゃ。橋の下のいい寝床を譲ってやるにゃ。」と、男の子の足元に寄っていった。これも、にゃーとしか聞こえていないはずだったが、男の子は素直にサカナスキーについていった。「ムク、私達も帰ろう。」「ニャー。」「ふふ。さっきのムクもかわいかったけど、ニャーだけでも十分かわいいよね。」ぼくはいい気分になって、うっかりぼくがいつも使っている抜け道を通って、家に入ってしまった。「あ〜、ムク。まさか、いつもここを通って、家を抜け出してたのね。悪い子。」「ニャーン。」「でも、おかげでこっそり帰れたよ。ありがと。」「ニャーン。」言葉が通じなくても、意思は通じ合うものニャ。翌朝、眠たそうな目をこすりながら、リサちゃんは夢じゃなかった場所に出かけていった。ぼくは心配になって、隠れてついて行った。門を入るまで見守ってから、ぷうる横の壁の上に飛び乗った。ぷうるの水面は穏やかだったが、1度だけ何かの拍子に、水しぶきが小さくあがった。目を丸くして、そちらを見ると、そのしぶきは猫の尻尾のような軌跡を描いて落ちていった。(完)