※シナリオ「ナイスバルク!」のネタバレを含みます。ぜひプレイしてから、読んでください。

 「このたびは、当スポーツクラブの旅行会にご参加くださり、誠にありがとうございます。今回は、やや遠出ということもあり、参加者は最少催行人数の3名となりましたが、誰に気兼ねすることもなく、和気藹々と参りましょう。」私が挨拶をすると、3名はにこやかに頷き返してくれた。私達は今、新幹線のボックス席にいるので、拍手などは返せないのだ。参加者の1人、東双葉さんが、同じく参加者の男性に話しかける。「あの〜、月永零さんですよね?イケメン演歌歌手の。お会いできて嬉しいです。握手してくださいますか?」「ええ、もちろん。こちらこそお会いできて、嬉しいです。有名なロッククライマーの東双葉さんですよね?たまにジムでお見かけしましたが、なかなか話しかけるきっかけがなくて。」「そうなんですよね。私も月永さんを見かけたことは何度もあるんですが、やっぱりトレーニング中にお邪魔するのは憚られて。あの声量の裏には、ひたむきな努力があるんだな〜と感じておりました。」「ありがとうございます。あ、紹介しますね。こちら、ぼくの友達というか、腐れ縁というか、小川町子さん。こう見えて、マジシャンなんです。腕前はすごいんですけどね。いかんせん口下手で、あまり売れてないんですよ。」小川さんが口を尖らせる。「なんだよ、その紹介の仕方は。どうせ私は、腐れ縁の口下手ですよ。まあ、今回の旅行はあんたの奢りだから、ここらで我慢しといてやる。」東さんが、さらに質問をする。「あの、込み入ったことをお聞きするようで恐縮ですが、お2人はお付き合いを?」小川さんも月永さんも、すごい勢いで手を横に振った。東さんが、大げさにほっとしたように胸を撫で下ろす。「あー、良かった。人気歌手月永零のお忍びデートに触れてしまったかと、ちょっとどぎまぎしてしまいました。そんなことになったら、大スキャンダルですもの。その帽子もサングラスも、身バレ防止用ですよね?」「はい、そうです。ちなみに、今は彼女はいません。」月永さんが、爽やかに笑った。
道中は、小川さんの手品を楽しんだり、月永さんから芸能界の裏話を聞いたり、東さんがロッククライミングのこつを話したりしながら過ごした。「ところで妻夫木さん、今回の旅行は、ずいぶん安かったですね。何か理由があるんですか?」月永さんから質問を受けて、私は答えた。「ああ、それは私の知り合いが、宿を安く手配してくださったんですよ。」「へえ、そうなんですね。別府にお知り合いがいるなんて、凄いですね。」「まあ、知り合いと言いますか、どちらかと言うと、私がその方の作品のファンで以前から交流があると申しあげたほうが正確かもしれませんね。」「作品と言いますと、芸術家の方ですか?」「はい、北野国代さんという彫刻家の方なんですが。」「あ、知ってますよ。あの一風変わった木彫りで有名な方ですよね。」「あはははは。そうですね。一風変わってますね。」「へーえ、意外ですね。いつもはお客さんに、ハッハッハ!ナイスチャレンジ!とか明るく声をかけてる妻夫木インストラクターに、そんな趣味があるとは。」「私も意外でした。」東さんも乗っかるので、私は大げさにしーっと人差し指を立てて見せた。ひとしきり笑いが起きた。「北野さんも、今日は宿をご一緒なさる予定です。あと、お一方、地元の観光案内記事を書いている方も、色々おいしいお店を紹介してくださるそうですよ。」「そりゃ楽しみだな、町子。お前、食いもんには、目がないもんな。」「もちろん!今回の旅で、一月分食い溜めして、食費を浮かせるつもりよ。」「お、おう!その意気だ!遠慮するなよ。あ、車内アナウンスですね。ようやく別府駅ですね。」別府駅では、北野さんとカメラを肩にかけた男性が我々を待っていてくれた。しかし、我々はすぐには近寄らなかった。近寄りがたい雰囲気が、彼らの待っている場所にあったからだ。彼らは、銅像の下で待っていた。その像というのが、ただ立っているというものではなく、スーパーマンのマントのようなものを羽織った男性が両手をあげているという不思議な姿をしていた。
像の男性の年齢は中年から老年。眼鏡をかけて、にっこりとしている。そして、何よりも奇妙なのは、マントの裾に男の子のような赤ちゃんが片手でつかまっていることだ。我々が尻込みをしていると、我々に気づいた北野さんの方から、にこやかに歩み寄ってきてくれた。「やあ、お待ちしていましたよ。妻夫木さん。いやあ、びっくりしたでしょう。私も最初見た時は、びっくりしました。こちらは、別府の観光地化に尽力された油屋さんという方の像です。なんで、こんな姿なのかは知りませんが、慣れるとかわいいですよ。」「たしかに、かわいいですね。あ、お礼を言うのが遅くなりました。この度は、宿の手配や観光案内など、色々とありがとうございます。」私はお礼を述べると、続けて同行の旅行者3名を紹介した。「これはこれは、遠いところ、ありがとうございます。彫刻家の北野国代です。初めまして。実は私もね、地元の者ではないんですよ。生まれは北海道でしてね。別府という場所が気に入ってしまいまして、随分前に移住してきたんですよ。別府は良いところですからね。ぜひ堪能していってください。それから、こちらは、その別府の魅力を常に発信し続けている青木君。今回は彼の豊富な知識を余すところなく発揮して、案内してくれますよ。」「やだな、北野さん。ハードルを、上げないでくださいよ。初めまして。青木丈と言います。別府の観光案内を記事にしています。北野さんとは、数年前に『別府の魅力に取り憑かれた人』という記事を書いた時に、取材をさせてもらった縁です。今回、皆さんの案内をさせていただきますが、遠慮なさらないでくださいね。ぼくも定期的な取材を兼ねていますので。まあ、立ち話もなんですから、車に乗りましょう。あちらに、7人乗りの車を停めてあります。まずは、地獄巡りからが、いいでしょうね。」青木さんの言葉に、北野さんが鷹揚に頷いた。
海地獄、血の池地獄など、温泉天国別府ならではの様々なジオパークを案内してもらった。7つもあるので流石に疲れたが、青木さんはやはりプロで、その解説は面白くてタメになった。なぜこんな色をしているのかを科学的に説明してくれたり、歴史的・政治的な背景を詳しく教えてくれたり、トリビアを冗談交りに話してくれたりした。負けじ劣らじ北野さんの歴史に対する造詣も深く、なかなか舌を巻くものだった。「豊後国風土記に寄ればね。1000年以上前このあたりは熱泥が吹き出す地でね。人間が立ち入れる場所ではなかったそうだよ。それが明治時代に、温泉地として開発されたんだとか。」聞きながら私は、こうした知見が、北野さんのあの妖怪的な作風に迫力を加えているのだろうと感心した。最後のワニ地獄を見終えて、さあ旅館に向かおうという時に、青木さんが小さなため息をついた。「すみません。お疲れのところ。」と私が言うと、青木さんは慌てて首を振った。「いえいえ。疲れてはいません。ただ、最近ツイてないことが多くて。道を歩いてたら肩に鳥のフンが落ちてくるし、自転車のブレーキは壊れるしで、今日も何か起きて皆さんを巻き込まないか心配だったんです。今のは何事も起きなくて良かったなという、安堵から出たものでして。」「ねえねえ、これってさ、ボディビルの雑誌?」助手席に座っていた小川さんが、ダッシュボードの上に乗っていた雑誌を手にとって青木さんに尋ねた。青木さんに気を遣ったようにも見えたし、何も考えてないようにも見えた。「あ、はい。そうです。月刊ボディビルという雑誌です。」「おや、青木君、君はボディビルに興味があるのかい?」北野さんが尋ねると、青木さんはまたもや首を振った。「いえ。実は、この表紙の方に今夜インタビューする予定でして。村上鉄人さんというビルダーさんなんですけどね。知ってますか?」「え!鉄人さん?通称アイアンマンのあの人ですよね!何度も、全国大会に出場してる。ぼくの憧れの人ですよー。」私が大声をあげたので、小川さんが雑誌を後部座席に回してくれた。北野さんも、雑誌の表紙を眺めながら頷く。「なるほどねー。君の雑誌の『ご当地有名人』のコーナーの取材だね。」「はい、そうなんです。」青木さんが答えると、月永さんが小さく「おや?」と独り言を呟いた。
結局、その後、月永さんは何も喋らないまま、車は旅館についた。おそらく何かに気づいたが、みんなに知らせることでもなかったのだろう。青木さんは先ほど言っていた取材のため、ここでお別れとなるらしい。私達がお礼を伝えると、青木さんは旅館の近くのおいしい居酒屋さんを教えてくれた。「ここの旅館の料理も、もちろんおいしいんですが、この居酒屋さんはぜひ行っておいた方がいいですよ。それでは、また明日。」私達は口々に青木さんはいい人だね〜と言い合いながら、旅館に入り、チェックインをした。私達は早速、温泉につかった。昼間は見るばかりで入れなかった温泉は、予想以上に気持ち良かった。泉質もいいが、とにかく広々としていて、近くの川のせせらぎも聞こえてきて風情があった。あまりの広さに、月永さんは鼻歌を歌った。身バレの危険性があるので、持ち歌は避けていた。私は泳いだ。案の定、怒られてしまったが。お風呂から上がると夕食もそこそこに、私達は居酒屋に向かった。居酒屋のメニューは、全てが絶品だった。郷土料理の団子汁、とり天、地酒も色々あった。北野さんは、明らかにピッチが早かった。「いやあ、ぼかあね、この酒に惹かれてこの地に来たようなものよ、うん。そしてね、今日は本当に嬉しいんだ。こうしてね、みんなが別府の良さを知ってくれてね〜。」そんなベロベロの北野さんの横で、バクバクと食べ進める小川さん。口に入れてはうまい!うまい!と言っている。東さんと月永さんがカロリーを気にして尋ねてくるので、私は、これは大丈夫、こっちは控えめにと栄養指導をした。時間はあっという間に過ぎて、もう22:00を回ろうという頃、ついに北野さんがぐでんぐでんになってしまった。私は北野さんを肩に抱えて、外に出た。夜風が気持ちよく頬を撫で、北野さんも少しだけ自分で歩けるようになった。それでもまだ千鳥足なので、みんなで時折横から支えながら旅館への道を歩いた。パッパッ。いきなりカメラのフラッシュのような明滅が、2回起きた。
何事かと、私達は光がした方を振り向いた。いや、振り向いたのは私と小川さんの2人だけだった。北野さんは下を俯いているし、月永さんと東さんは咄嗟に両手で顔を隠していた。いや〜、有名人ともなると、反応が違うもんだな〜。と感心したのも束の間、バタバタバタバタと走る音と黒い影が見えた。黒い影は2つ見えて、一方がもう一方を追っているように見えたので、私達もその影を追った。何かの事件かもしれない。北野さんも、ゆっくりだが走ってついて来た。私達が角を曲がると、そこは袋小路になっていて、2人の男が立っていた。立っていたという表現は、正しくないかもしれない。ついでに、男という表現も正しくないかもしれない。1人は確実に男だった。より正確に言えば、青木さんだった。だが、青木さんは立ってはいなかった。立たされていた。けれども、地に足はついていない。つまり、宙に持ち上げられているのだ。普通なら、手で持ち上げられていると思うところだが、手ではなく黒いうねうねとした触手のようなものだった。触手は、灰褐色の肌をした上半身裸の怪物と繋がっている。なり格好は人間の男性とも言えなくもないが、とにかくデカくて血管の浮き上がり方も尋常ではなかった。赤い目がぎろりとこちらを向く。私は背筋が凍る思いがした。きゃーっと東さんが叫び声をあげた。すると、怪物の体がみるみるうちに溶けていき、道の横を流れる小川へと飛び込んでいった。どさっ!と音がして、青木さんの体が地面に落ちた。私達は駆け寄って、様子を確かめる。青木さんは事切れていた。「青木君!青木君!ああ、なんということだ!」いつの間にか意識がはっきりしている北野さんが、青木さんを揺さぶった。「どうしました?すごい悲鳴が聞こえましたが。」通行人が集まってきたので、私達は状況の説明を試みた。しかし、上手に説明できた者は1人もいなかった。東さんは、ずっと叫んだままだ。とりあえず、警察を呼ぶことになった。
警察が到着するまでの間、集まった人々に胡乱な目を向けられながら、私達はその場にある物を調べた。まず、青木さんのトートバッグが落ちていて、中にはカメラとスマートキー、名刺入れが入っている。私はカメラを手に取り、データを確認してみた。そこには昼間の地獄巡りの時の写真の他に、さっき撮影したものと思われる写真が2つあった。1つ目と2つ目は繋がっており、最初はどこかの建物の郵便受けに封筒を入れようとしている体格の大きな男性の姿が、次にその男性がカメラに向かって振り返る姿が映っていた。レンズを睨んでいるその男性は、明らかに村上鉄人さんだった。フラッシュによる作用とは考えられないギラギラとした赤い目を、こちらに向けている。そう、まるでさっきの怪物のように。月永さんは、名刺入れを調べた。青木さんの名刺だけが3、40枚ほど入っている。名刺には青木さんの住所などが書かれているので、一枚もらっておくことになった。「ねぇ、これ見てよ。」小川さんが少し離れた所に落ちていたロングコートを指差して、私達を呼んだ。「これさ、首元や袖口になんか茶色い塗料みたいなものがついてない?しかも、めちゃ臭いんですけど。」私達がそのコートをよく見ていると、警察が到着した。当然ながら、警察にも要領を得た説明ができなかった。かなり疑われたようだったが、幸いなことに東さんが発狂していたため助かった。警察は東さんを宥めることで、私達を被害者側と認識してくれたようだった。それでも聴取の時間は長かったので、宿に戻れた時はみんなくたくただった。話したいことはたくさんあるような気がしたが、寝ることを優先した。翌朝、朝食を摂りながら、私達はこの後どうするかを話し合った。東さんの発狂は収まっていた。話題に上がったのは、主に3つだった。1つは、信じがたいことではあるが、あの怪物は村上さんではないかということ。1つは、昨日月永さんが車中で気づいたことで、青木さんが村上さんを取材したのは、別の目的がある気がしたということ。最後に、あの写真の場所は間違いなくこの近くにあり、早く行って封筒を回収した方が良いのではないかということだった。
封筒を回収するという非合法な提案には些か尻込みする雰囲気もあったが、事件が事件だけに警察は頼りにならないと踏んで、自分達でなんとかするしかないという結論に達した。郵便受けと建物の一部の画像から場所を特定するのは、意外と大変だった。カメラは警察が持って行ってしまったので、事前にスマホで撮影しておいた写真の写真を頼りに探した。「このブロックだったかな?あれ?」と昨晩は酔っ払っていたはずの北野さんが迷っていると、「ここです。この辺りで光がしました。」と東さんが断言する。発狂する前の記憶は、かなりはっきりしているらしい。私達は東さんの案内に従い、例の郵便受けを見つけ出すことに成功した。郵便受けの表札には、「村上ジム」と書いてある。ビルを見上げると、窓ガラスにも大きく「村上ジム」と書いてある。「これって村上さんという人は、自分のジム宛に手紙を出したってこと?」と小川さんは疑問を呈すると、答えを待たずに郵便受けを開けた。中には、茶色い封筒が入っていた。おそらく写真にあった封筒だろう。表にも裏にも、何も書かれていなかった。小川さんは、これもためらわずに開けた。しかし、また封ができるように綺麗に開けた。さすがマジシャン、中々の早業だった。中からは、2通の書類が出てきた。1通は、離婚届。片方の欄には、村上鉄人の名前が書いてある。もう1通は、権利委譲書。小難しいことが色々と書いてあるが、要約すると「村上鉄人は、全ての権利を妻・村上泰子に譲る。」というものだった。しばしの沈黙の後、月永さんが口を開いた。「これは、ぜひ奥様にも事情を伺いたいところですね。」「そうですね。村上ジムが開くのは8:00って、窓には書いてあります。あと、1時間はありますね。どうしましょう?ここで、待ちますか?」私が誰にともなく聞くと、北野さんが「いや、青木君の事務所に行ってみないかい?月永さんが言っていた、彼の真の取材目的を調べてみたいな。」と言った。
そこで私はあることに気づいて、ポケットに手を突っ込んだ。ポケットから、スマートキーを取り出す。昨日、警察が到着するまでの間に、一応もらっておいたのだ。私はスマートキーの開錠のボタンを押した。ピピっと音がして、近くの車が反応する。昨日、私達が乗せてもらった車が、ビルの隣のタイムパーキングに停められていた。早速乗り込み、青木さんの住居へと向かう。青木さんの住居は、賃貸アパートの一室だった。外観から察するに、青木さんはあまり稼いでいなかったようだ。当然、部屋の鍵はかかっていた。「どうしましょうか?管理人さんに頼んでみますか?」東さんの問いに、北野さんが腕を組みながら答える。「頼むって言っても、どう説明するかですよね。時間もかかるでしょうし。」私達が悩んでいると、「ちょっと試してみてもいい?」と小川さんがドアの前に座り込んだ。小川さんは、鍵穴に何やら突っ込むとガチャガチャと音を立てた。やがてカチャリと音がして、小川さんが立ち上がる。「開いたわ。」「すごいな、町子。君にこんな特技があるなんて、知らなかったよ。」「私、よく自宅の鍵を失くすのよね。そんな時、こうやって開けるの。ディンプルキーなんかは流石に無理だけどさ、このぐらいなら余裕よ。あ、勘違いしないでね。他の人の家を開けたのは、これが初めてよ。」青木さんの部屋に入ると、いかにもライターらしい雑然とした様子だった。本棚には、大分の郷土資料がたくさん詰まっていた。机の上にノートパソコンがあったので、私は調べてみた。いくつものデータやファイルがあったが、最近使われたものを検索してみる。執筆をしかけたばかりと思われる原稿が見つかった。タイトルは、「村上鉄人、不倫相手と夜のトレーニング!?」とある。中身は、2行ほどしか書き進められていなかった。「ああ、これかな?」月永さんが、束ねられている封筒類から、1通取り出して呟いた。「いや、この出版社、有名なゴシップ誌を取り扱ってるんですよ。ぼくも、よくよく警戒するように事務所から言われているんです。で、中を見てみたら、こんな物が入っていました。」月永さんは、1枚の手紙と1冊の雑誌をみんなに見せた。
手紙は、ゴシップ誌からの依頼だった。「先日の村上選手への取材の件、気が進まないようでしたので、原稿料を倍、支払うことにいたします。よろしくお願いします。」と書いてあった。雑誌には、村上さんの特集記事が掲載されている。美しい肉体の写真とともに、彼のインタビュー記事があった。「はい、ありがたいことにトップビルダーと言われております。確かに素晴らしい若手選手も出てきていますが、まだまだ負けられません。はい、年齢無制限クラスにチャレンジします。」と答えていた。そのページには、小さいメモが挟まっていた。メモには、国東市の住所が書かれていた。「国東市というのは、ここ別府市のお隣の市だね。ここが村上さんの愛人の家なのかな。行ってみようか?」北野さんが投げかけると、東さんが「そうですね。でも、その前に村上ジムに一度戻ってみましょう。」と提案した。私達が戻ると、村上ジムは開いたばかりなのに賑わっていた。アルバイトらしきスタッフがたくさんいて、常連さんらしきトレーニーさん達に積極的に声をかけている。私達がカウンターに行くと「いらっしゃいませ。」と美しい女性が出迎えてくれた。「ご見学をご希望ですか?」「実は、村上泰子さんに用がありまして。いらっしゃいますか?」月永さんが、いきなり切り出した。まあ、こういう話は単刀直入に聞くのが1番かもしれない。女性が、少し怪訝そうに答える。「はい、泰子は私ですが。どのようなご用件でしょうか?」「あ、そうでしたか。失礼しました。お若く見えたので、てっきり受付の方かと。実は、ご主人のお話でして。これをご覧ください。」月永さんは、またもや遠慮なく郵便受けに封筒を投函する村上さんの写真を見せた。「ああっ、これは主人です。いつの写真ですか?」「これは、昨日のものなんです。実は私達の友人がこれを撮影したようなのですが、何かトラブルに巻き込まれたようでして、思い当たることはございますか?」「いいえ、ここに来ていたことすら、知りませんでした。2週間前に、国東で自然を活用したトレーニングをすると言って、出て行ったきりですので。ここまで来ていたのなら、なんで、顔を見せてくれないのかしら?」泰子さんの言葉に、私達は顔を見合わせた。
「あの、つかぬことをうかがいますが、こちらの封筒はありましたか?」素知らぬ振りで、月永さんが続けた。泰子さんが言い淀んでいると、月永さんはサングラスを外して泰子さんを見つめて頼み込んだ。「無礼なことは承知しております。ただ私達も、友人と鉄人さんのことが心配なんです。」泰子さんは少しきゅんとした表情になって、分かりましたと言った。イケメンは強し。「はい、封筒は入っていました。宛名が書いていなかったので、変だなと思ったんです。中には離婚届と、全ての権利を私に譲ると書いてありました。」「そうでしたか。いや、立ち入ったことをお聞きして、すみませんでした。私達はこれから国東に行って、ご主人を探してみます。お会いできたら、何かお伝えすることはございますか?」「あの、お願いします。私は、この離婚は受け入れられない。あなたに会いたい!と。」泰子さんの鉄人さんへの愛が、ひしと伝わってきた。国東までの道のりは、長かった。途中で信号に何度もつかまり、着いたのは10:30頃だった。国東市街に入ると、いたるところにポスターが貼ってあった。『国東ボディビル大会ーあのアイアンマン村上鉄人氏が緊急参戦!』要綱を見ると、初心者歓迎と書いてあり、規模はそれほど大きくないようだ。明日の10:00開催で、朝8:00に受付をすれば、飛び入り参加も可能らしい。「今日、会えなくても、明日この会場に行けば確実に会えますね。」と私は言った。愛人の住居と目された場所は、山小屋のような一軒家だった。私は心の中で、ほっとした。あんなに想ってくれる妻がいるのに、村上さんが不倫をしているなんて信じたくなかったのだ。どうやら心配なさそうな外観だった。呼び鈴やインターホンの類はなかったので、私達はドアを叩いてみたり、外から大声で呼びかけてみたりした。もちろん、鍵はかかっている。もちろん、私達は小川さんに道を開けた。もちろん、小川さんは鍵を開けた。家の中は暗かった。本来、照明器具が取り付けられる場所には何もついておらず、外からの光もほとんど差し込んでいなかった。
リビングダイニングと思しき部屋に入った時、私達は皆、一斉に鼻を手で抑えた。鼻を突き刺す、いや突き破るかのような猛烈な異臭がした。広いリビングには様々なトレーニング器具が置いてあったが、長い間使われていないのか埃をかぶっている。ダイニングには、ピザやポテトチップスなどの空の箱や袋が散乱していた。だが、異臭はこれらのゴミが原因ではないようだった。リビングの真ん中に大きな姿見が置いてあり、その周りに一斗缶が何本も置いてあった。近づいて調べてみると、缶にはボディペイント(焦茶)と書かれている。スマホのライトで鏡の下を照らすと、コートに付いていたのと同じ茶色の塗料と黒いドロドロしたものが床にこびりついているのが分かった。そして、ここが異臭の元らしく、さらに激しく私達の脳を揺さぶってくる。「ああああぁああぁあああぁああっ!!」急に東さんが両手で頭を抑えて、体を前後に倒し始めた。臭いの強さに、心が耐えきれなくなったらしい。北野さんが、すっと彼女の横に移動して、そっと肩を抱きしめた。自然で、とても柔らかな動きだった。東さんの揺れが、次第におさまっていく。小川さんが異臭にも東さんの発狂にも動じず、ダイニングテーブルに向かい、その上にあったチラシをめくり始めた。「ねぇ、興味深い走り書きがあったわ。読み上げるわね。1枚目よ。くろこでらを訪れて以来、何者かの声が聞こえる。だめだ、この狂った感情を妻に相談するわけにはいかない。2枚目よ。あー、愉快だ。これがあれば、もう老いなど気にしなくていい。それに、あの辛いトレーニングからも解放されるのだ。いあいあ、におうぐた。と書いてあるわ。次は、このくろこでらという所に行けばいいのかしら。北野さん、ご存知ありませんか?」「ううむ。そうだな。あ、妻夫木君、ありがとう。そっと。そっと。座らせてあげてくれ。そうだな。大分に来て長いし、作品の参考にするために寺社を巡ることも多いのだが、くろこでらというのは、聞いたことがないな。」「そうですか。零、どう?ネットで何か分かりそう?」「いや、これと言って、それっぽい情報はないよ。そう言えば、青木さんの部屋に大分の郷土資料がたくさんあったね。調べに戻ってみましょうか?皆さん。」
郷土資料なら近場の図書館でも良いのではという意見もあったが、もう1度別の視点で青木さんの部屋を見てみるのもいいかもしれないということになった。北野さんのおかげで、東さんはだいぶ落ち着きを取り戻していた。その東さんのおかげで、帰り道はスムーズにいった。東さんの地理的感覚には、脱帽する。13:00頃、私達は再び青木さんの部屋に入った。朝からここまでの間に、警察が来た様子はない。やはり私達の話したことは、まともに取り合ってもらえてないのではないか。大分郷土資料は何冊もあったので、手分けして目を通していく。膨大な量だったので2時間は覚悟していたが、月永さんが1冊目でそれらしい内容を見つけた。黒子寺の伝承というタイトルに続き、次のようなことが書いてある。その昔、黒兵衛という力自慢の男がいて、自分は黒い仁王に力を授かったと触れて回っていた。黒兵衛はその力を良いことに使うのではなく、乱暴狼藉にばかり使っていた。その上、体を流すことをしなかったので、いつも凄まじい臭気を放っていた。村人達は、におう様と呼んで彼を疎んじていたが、長い日照りが続いたある年、彼を焚き付けた。いかに力があろうともお天道様には勝てまいと馬鹿にされた彼は、大きな弓矢を使って太陽を射落とそうとした。けれども、何度やってもうまくいかず、そのまま黒兵衛は干からびて死んでしまった。村人達は彼を哀れんで丁重に葬ってやり、黒子寺という寺を立ててやったという。資料には黒子寺の地図も載っており、今は廃寺となっていることも記されていた。ここで宿に戻ることもできたが、みんな毒を喰らわば皿までという気持ちになっており、黒子寺に向かうことになった。黒子寺へと続くと思われる苔むした石段の前で車を降りると、日はすでに傾きかけていた。石段を登るに連れて、生い茂る草が行手を邪魔してくる。ようやく本堂に着いた時、息を切らしていない者は誰もいなかった。常日頃、鍛えている私や東さん、月永さんでさえ汗だくになる険しさだった。小川さんに至っては、本堂の腐った縁側に仰向けに倒れ込んで、肩で息をしている。
しかし、小川さんに休んでいる暇はなかった。本堂の入口には、錠前がしっかりかかっていたからである。小川さんはヒィヒィ言いながら、しっかり仕事をした。本堂の中は、歩ける状態ではなかった。天井が崩れ落ちており、あらゆる所に瓦礫が山をなしていた。私はその瓦礫の間から、一綴じの古い文献を見つけた。『如倶多民談記』と書かれている。かなり古い物のようで、書かれている文字は日本語に間違いなさそうだったが、判読するのは容易ではない気がした。ところが、「なになに。」と言って、冊子を取り上げて読み始めた人がいた。北野さんだ。驚いて彼を見つめる残りの4人を見返して、こう続ける。「そんなに驚くことはないでしょう。さっき話したように、私はこの地方の寺社を巡っていたので、この手の文字は大体読めるようになったんですよ。ふむふむ。なるほど。はー、こいつは恐ろしい話だ。」私は改めて尊敬の念を込めて、北野さんを見つめた。北野さんは、私達にちらりと視線を投げかけると、さて、と言った。「さて、皆さん。ここには、なかなかに怖いことが書いてあるんだが、聞きますか?うん、そうですよね。聞かないなら、ここまで来ないですよね。分かってはいたんですが、一応確認してみました。では、お話します。ここ大分は、大昔、闇と泥の神を信奉する一族に支配されていたそうです。洞窟に棲むその神は、『如倶多』と呼ばれていたとか。どうやら外国の言葉らしいとのことです。その神の加護を得ると、闇の中で絶大な力を得られるそうです。ただし、強烈な悪臭のおまけつきで。江戸時代に一族は滅ぼされたけれど、『仁王倶多』と名を変えて伝承は残っている。と書いてありますな。」「じゃあ、じゃあ、村上鉄人さんは、もう、もう、もう?いやあああああああぁぁぁっっ!」東さんが3回目の発狂をした。今度は北野さんが肩を抱いても、おさまらなかった。それぞれがそれぞれで村上さんの現況について、最悪の事態を想定して蒼ざめた顔をしていたが、東さんの介抱で自分の気持ちと向き合う時間はなかった。逆に、気が紛れたとポジティブに捉えることもできる。
本堂から出ると、念のため周囲をぐるりとしてみた。裏手は崖になっており、そこに井戸のような洞窟のような、とにかく深い穴を発見した。私は近くに落ちている小石を、穴に投げ込んでみた。からんからんという音が反響し、なんとも言えない腐臭が漂ってきたが、それ以上の反応はなかった。中に入って探索をしてみたい衝動に駆られたが、日がすでに半分沈んでいたので諦めることにした。明日の村上さんとの対峙に備えて、まだやるべきことが残っている。それに、ロッククライマーの東さんが発狂していては、この穴を安全に降りられる者はいないだろう。私達は、国東ボディビル大会の会場である国東文化会館へと向かった。幸い、閉館前に訪れることができた。何のイベントも行われていなかったため、明日の会場であるホールやステージ、会場の地図などを確認することができた。地図の中の一点に、私達の目は集中した。それは、2階の照明・音楽調整室である。私達は宿に戻る途中、ホームセンターに寄って懐中電灯を人数分買い求めた。例え気休めにしかならないとしても、多少安心した。宿では、ちょっとした議論が交わされた。テーマは明日の大会の会場に、村上泰子さんを連れて行くか行かないかであった。私は泰子さんの気持ちを考えて、また鉄人さんがどんな化け物になっていたとしても泰子さんの訴えには耳を貸すだろうという願いを込めて、連れて行った方が良いのではと提案した。小川さんは、連れて行かない方が良いという意見だった。理由は、村上鉄人さんは九分九厘化け物になっており、愛する男性のそんな姿は見たくないはずだとのことだった。結論としては、女性の視点を尊重して、連れても行かないし、イベントについて伝えもしないことになった。もし、そんなことが可能ならば、私達が村上さんをあるべき姿に戻すことができた時に、泰子さんに会わせればいいだろうという話も出た。もし、そんなことが可能ならば。
翌朝8:00。国東文化会館。会場。東さんと私は、大会に出場するための受付を済ませた。月永さんと小川さんは、楽屋の方に回ってみることになった。北野さんは、客席で待機して、何かがあった時に動くことになった。東さんと私が出場者用に開放されたトレーニングルームで、パンプアップを済ませると、月永さんから電話が入った。「簡単に説明しますね。村上さんに花束を渡せずに落ち込んでいるスタッフさんがいたので慰めてあげたら、村上さん専用の控え室を教えてくれました。で、ドアの外から声をかけたら、今準備中だからと開けてもらえませんでした。仕方がないので、泰子さんの伝言を外から伝えました。それに対して、村上さんは無言でしたが。では、今から町子と一緒に照明室に行きますね。大会、頑張ってください。」地方の小規模な大会とは思えないほど、客席は埋まっていた。ざっと見渡したところ、泰子さんの姿はない。大会がスタートした。私はトレーナーとして恥ずかしくないように、ポージングを決めた。「キレてるよ!」「よっ!歩く大胸筋!」「腹筋、何個あるの?」かけ声が飛び交う。その時、ひときわ大きな歓声があがった。ステージ上に、アイアンマンが現れたのだ。私を含め、他の参加者とは明らかに次元の違う体つきをしていた。私は、天井を見上げた。照明器具は何の動きも示していない。2階では、何らかのトラブルが起きているのだろうか。村上さんがニッとスマイルをして、ポーズをとる。「ハッハッハ。見よ、この神の与えたもうた究極の肉体を!」パキ。パキ。パキパキ。何かが割れるような音がして、村上さんの体に亀裂が入った。ぶしゅー、ぶしゅー、ぶしゅー。亀裂から黒い粘性の液体が飛び出し、ステージ中に巻き散った。異臭が立ち込め、悲鳴が沸き起こった。鎧の如く厚く塗られていたボディペイントが次々にガタンガタンと床に剥がれ落ちると、村上鉄人の姿はいつの間にか掻き消え、真っ黒な醜悪な怪物が現れていた。怪物の体の真ん中には仁王の木造が埋まっており、背中からは何本かの触手が立ち上がり、不気味にうねうねとしている。
参加者や観客が慌てふためき逃げる中、「筋肉ー!筋肉ー!筋肉ー」と叫ぶ者がいた。東さんと、客席の北野さんだ。2人とも目がおかしなことになっている。だが、今はそちらの心配をしている場合ではなかった。照明器具の操作は、まだか。私は時間を稼ごうと、ダメ元で説得を試みることにした。「村上さん、私はあなたのことを尊敬しています。どんなに辛いことからも逃げ出さずに、挑戦するその気概と姿勢に惚れているからです。美しい肉体は、きついトレーニングを乗り越えた証だとインタビューで語っていたじゃないですか。眠れぬ夜もあったけれども、全部が肉体の美しさに繋がるとも言ってたじゃないですか。辛さと美しさはセットでしょ!辛さから逃げてはダメなんです!」やはり怪物は何も答えなかったが、触手の一部が私の言葉に反応してピクピクと動いた。村上さんの良心が、まだどこかに残っている顕れかもしれない。客席から、北野さんが懐中電灯の光を怪物に向けた。発狂しつつも、自分のすべきことは忘れていないようだ。怪物の動きが、明らかに鈍くなった。東さんも自分のすべきことをしようと、自らの肉体を怪物に見せつける。そのまま、じりじりと怪物に近づいていく。私が危ないと感じた時には、すでに手遅れだった。怪物は不意に巨大化して、東さんを体ごと飲み込んだ。私は手を伸ばして、彼女の手を掴んだが、ものすごい力で逆に引っ張られてしまった。私も飲み込まれそうになったので、全身の筋肉に力を入れた。すると、ぺっと口から物を吐き出すような形で、外に押し出された。ガシャン!ガシャン!ガシャン!全てのスポットライトが点灯し、一斉に怪物を照射した。みるみるうちに、怪物が溶け始めていく。私はポージングパンツに忍ばせておいたスマートフォンを取り出し、泰子さんに電話をかけた。スピーカーフォンに切り替えて、手早く事情を説明した。
「鉄人さん?鉄人さん?そこにいるの?」スピーカーから響く泰子さんの声。「あ、あ、あ、や、や、す、こ。」急速に萎んで今や骨と皮だけになり、かろうじて立っている男が、かすれ声で答える。仁王像は、床で粉々に砕け散っている。「ああ、あなたなのね。私には、わかるわ。」「す、す、すまない、や、す、こ。」それだけ言うと、男はその場に倒れ込んだ。そして、だんだん泡となって消えていった。数時間後、私達は別府駅の改札口に立っていた。東さんも怪我を負っていたが、命に別状はなかった。ボディビル大会の様子は、すべて録画されていたので、私達が根掘り葉掘り尋問を受けることはなかった。東さんと私は、北野さんに別れを告げる。「なんだか私、発狂ばかりして恥ずかしかったです。北野さん、ありがとうございました。」「なあに、私も最後には発狂したんだ。世の中には、人知の及ばない世界があるってことですよ。私は、もっとあの世界のことを彫刻に表していきたい。」「それは傑作の予感がしますね。これからも北野さんの作品を楽しみにしています。私は、今回のことがちょっとトラウマになりそうなので、職を変えようかと思います。すみません、東さん。」東さんは、分かる分かるという風に頷いてくれた。お隣では、月永さんと小川さんが、1人の女性に別れを告げている。泰子さんではない。23歳ぐらいの女性だ。聞いたところによると、例の花束を渡せなかったスタッフさんだそうだ。月永さんと小川さんが照明室に向かった時、ドアの前に青木さんのゾンビが立ちはだかっていたらしい。襲われてかなりピンチになっていたところを、このスタッフさんに助けてもらったという。また、照明の操作パネルも壊れていたけれど、彼女が直したとのことだ。直している最中、月永さんは身バレ覚悟で持ち歌の『君はぼくのために。ぼくは君のために。』を歌っていたという。元々彼女が月永さんのファンだったということもあり、そんな死地をくぐり抜けた2人は付き合うことになったらしい。「うん。うん。スケジュールの都合で1度戻るけどさ。また、すぐに来るからね。君も、いつでも東京においで。だって、ぼくたち付き合ってるんだから。うん。うん。連絡し合おうね。」「大丈夫だって。私は、本当にただの幼なじみ。彼女じゃないから、安心して。貧乏マジシャンの私をいつも憐れんで、こいつが飯とかよく食わしてくれてたけど、もう大丈夫。私、今回の経験を生かして、新しい仕事が見つかりそうなんだ。」女の子にそう笑いかける小川さんの手つきは、どうにも怪しい動きをしていた。(完)