ヒュー。ぼくは風の魔物、カマイタチ。東京のビル風から生まれた。ご存知、今の東京は魔物の楽園。おかげで、ぼくも住みやすい。ぼくの魔物としての生き方は、とにかく気まま。風の向くまま気の向くまま、あちらに行ったりこちらに行ったり。困った人や魔物を見れば、たまに助けることもあり。今日もどこかで風が吹く。「さあ、今日も、みんな元気にポニーを勧めましょう。」明るくおかしなことを言っているのは、クランのリーダーのポニ男。ポニーの布教活動をするポニーの進化した魔物だ。うん、よくわからないね。ぼくもわからない。ぼくの所属するクランの名前は、サンポニーカンパニー。散歩とポニーと会社とパカパカが、掛け合わされた名前だ。クランの目的は、ポニ男の精神、誰かれ構わずポニーになることを勧めること。一応、目的だから、ぼくもちょくちょくポニーになることを勧める。たいてい相手は、戸惑う。そりゃ、そうさ。だって、ポニーになるってどういうこと?どうやったらポニーになれるの?そもそもポニーになって、いいことあるの?疑問が尽きない。まあ、それでも、目的だから、ポニーになることを勧める。クランは大事だ。クランに所属していれば、身元が証明できる。クランに所属していれば、事故があった時に保障してもらえる。クランに所属していれば、悪さをしても隠れ蓑になる。最後のは冗談。別に、ぼくは悪さをしない。ただ、ぼくみたいな風来坊は社会的地位が低い。だから、形だけでもクランに所属しておくと、何かと便利なのだ。ここのクランなら、うろうろしても怒られないしね。サンポニーカンパニーには、ぼくと同じような考えの魔物が数匹いる。まずは、ワー君。正しい名前は、walk across road とか何とか。でも、みんなワー君って呼んでる。岩手出身らしい。人間向け歩行者信号機の緑色の部分から生まれた魔物だ。ワー君は止まれない。止まると赤色になって死んでしまうと、本人が言っていた。どんな時でも、ずかずか歩いている。岩手から東京までも歩いてきたらしいが、その過程で全長が伸び、今は人間の成人男性ぐらいある。ワー君も、ぼくと同じでうろうろしたい。だから、このクランになんとなく所属している。次に1d100。1d100は、百面ダイスだ。TRPGカフェとかいうお店で、生まれたらしい。ファンブルの恨みとかいう怨念を持っているらしいが、基本的にはコロコロしている感じだ。彼?もコロコロしたいがために、このクランに入った。最後に、狼月紡。人狼の女の子だ。この子は、ぼくらとは若干毛色が違う。ぼくらというのは、ぼく、ワー君、1d100のことだ。物理的に毛が生えているのと生えていないの違いは、もちろんある。でも、それだけじゃない。この子は真面目だ。ぼくらみたいに、ふらふらしていない。クランリーダーのポニ男にも、容赦なくツッコミを入れる。なんでこんないい加減なクランに所属しているのか、不思議なくらいだ。クランの本拠地は、デパートの屋上にある牧場。ポニ男が住んでいる場所になる。そこには、ポニー布教活動用のTシャツや干し草が置いてある。干し草を撒き散らして遊ぶのが、ぼくのお気に入り。さて、そんなのんびりクラン(一部除く)に、ある情報が舞い込んできた。
そのチラシを持ってきたのは紡だった。「みなさん、見てください。ゴミ収集大会ですって。」「ゴミ収集大会だって。それはポニーの布教活動に関係あるのかい?」ポニー脳のポニ男の質問が飛ぶ。「ほら、見てください、ここ。優勝クランには賞金って書いてあるでしょう。それに、クランの宣伝もできるみたいですよ。」「ほほぅ、それはサンポニーカンパニーが名実ともにステータスを上げるのにいいかもしれないな。よし、参加しよう。」このあたりの脳天気さが、ポニ男らしいところである。屋上牧場を所狭しとくまなく歩き回りながら、ワー君が賛成と手を挙げる。「ゴミ集め、それはすなわち歩き回ること。ぼくはずんずんと歩くよ。」ワー君の言葉と歩調に合わせて、ぼくも屋上牧場を駆け巡る。クランのメンバーには、これでぼくが賛成であることが伝わる。1d100はコロコロ転がっている。異論を唱えないということは、賛成ということだ。サンポニーカンパニーは、早速ゴミ収集大会の会場に向かった。会場には、色々なクランが集まっていた。俺たちが優勝するぞーと息巻くクラン。君の集め方はこうで、君の集め方はこうと作戦を話し合っているクラン。そんな中で、ぼくらはポニ男の指令でポニーの布教活動を始めた。ぼくが「君もポニーになりませんか?」というチラシを、バサァと巻き上げて配る。ワー君が歩いて歩いて、手に手にポニーTシャツを渡していく。そして、ポニ男がにこやかにポニーの布教活動をするという手順だ。1d100は転がり続けている。彼?は止まらない。止まる時は、誰かの命運を決めたい時だと前に言っていた。ちょっと怖い。こうしたぼくらの行動に対して、「ちょっと、みなさん、場をわきまえてください。私達は、ゴミ収集大会に参加しに来たんですよ。もぅっ。」とぷんすかし続けている紡。もちろん、ぼくを含めた皆が馬耳東風だ。それでも、堅実な紡のおかげで無事に受付と抽選を済ませて、ぼくらの担当は路地裏に決まった。ぼくは早くゴミを散らし、、、もとい、かき集めたくて、やや早く現場に着いた。そして、唖然とする。路地裏には、塵一つ落ちていなかった。後から来たメンバーに責められたが、ぼくの仕業じゃない。せっせと歩き回りたかったワー君は、思い余って路地裏の壁を突き破ってしまった。良い風穴ができたと追うぼく。転がってくる1d100。「ワー君の壊した後のガレキは、きっとゴミ扱いになるよねー。」と話すポニ男と「もうっ、そんなわけないじゃないですか。みんな、勝手過ぎます。」と叱る紡が、ワー君の後を追いかける。はてさて、この穴はどこまで続いているんだろう。
穴を抜けると、そこは広場だった。真ん中に、赤い光を放つ物?いや、者がいた。先頭のワー君が声をかける。「やあ、そこにいるのは、我が心の相棒、ストップ君ではないか?こんなところで会うなんて、奇遇だね。」目を凝らすと、それは歩行者用信号機の止まれのマークだった。なるほど、ワー君の相棒かと一目で見てとれる。「これは、これはワー君。良かった。ようやく会えたよ。君はずんずん行ってしまうものだから、ぼくは困ってしまったよ。ねぇ、ぼくはこの通り動けないじゃないか。だから、色々な人に運んでもらって、ようやくここまで辿り着いたよ。でも、君が言っていた通り、東京は良いところだねぇ。」ストップ君が止まったまま、アッハッハと笑った。ワー君は、その回りをぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると歩いている。「おやおや、君はいつぞやの?」とポニ男。「おや、これは、先日ぼくを背中に乗せてくれたポニーさんじゃないか。あの節は、どうもありがとうございました。今日も、ポニーの布教活動で?」とストップ君。背中に乗ってる時に、散々布教されたんだろうな。「いや、今日はゴミ集め大会に参加していましてね。そうだ、君、ずっとここにいたなら、ゴミを運んだ連中を見ていないかね?」「ああ、そう言えば、そんな連中を見かけましたかな。夜中に、大勢のシルフがわんさか運んでいましたよ。」「ほほう、それは興味深い。その連中は、どこに行きましたかな?」「そこの壁の下にある小さな穴に入って行きましたよ。」ドガガン。ストップ君が答え終わる前に、ワー君がその壁を壊して行ってしまった。ありがとうという声が遠ざかってゆく。「いや、どうも、ありがとうございました。我々は後を追いますが、一緒に行かれますかな?もし、まだここに居たければ、無理にとは申しませんが。」ポニ男の提案に、ストップ君がグッジョブのジェスチャーをする。「ここは、もう飽きました。せっかくですので、連れて行ってください。」ぼくらは、またワー君の後を追うことになった。ヒュー、コロコロー、シュッシュッ。パカパカ。
さらなる穴を抜けると、そこは住宅街だった。住宅街の真ん中に置かれたベンチには、住民らしき魔物達が数匹座っている。ぼくらは聞き耳を立てようとしたが、寒い日だったので、皆、口をつぐんでいた。「任せて。」とクランメンバーに言い残すと、ぼくは特有の暖かく湿り気を帯びた風で彼らを包んだ。魔物達の額は汗ばみ、一匹また一匹と上着を脱ぎ始める。「そう言えばよぉ。」しめた!一匹が話し始めた。「そこに住んでるシルフさん達は、昨夜どえらい荷物を運んでいなかったかい?」「ああ、ありゃあねぇ、どうやら誰かに脅されてたらしいよ。」「へぇ、そりゃあ、大変だ。で、どこに行ったんだい?」「さあ、そこまでは知らんよ。でも、シルフさん達は、確か森の奥にツリーハウスを持ってるんじゃないかい。」「ああ、あの路地裏を北に抜けたところにある森ね。ところでさ、明日の賭けゴブリン対決のことだがね・・・。」話題は移ってしまったが、知りたかったことは分かったようだ。ぼくがクランメンバーのもとに戻ると、話を半分まで聞かないうちに、ワー君がやってきた穴を戻って行ってしまった。足音がうるさいからと、静かに歩いて待つように言われていたから、鬱憤がたまっていたらしい。来た時よりも、穴を拡大させて戻って行った。
路地裏に戻り、そこから北へ行こうとしたワー君がどしんと誰かにぶつかる。相手は目つきの悪い魔物が数匹。路地裏を通せんぼするように横一列になっている。「おぅ、おめぇら、サンポニーカンパニーだな?」「ったく、ふざけた名前付けやがって。」「お前ら、この路地裏のゴミをどうしやがった?まさか、全部片付けちまったのか?」「ふざけるなよ。オレ達のクランもここの担当なんだ。独り占めするんじゃねぇ。」代わる代わる一方的にまくしたてる連中を相手に、努めて冷静に対応しようとする紡。「待って、私達も今探してるのよ。誰かが持って行ってしまったみたいなの。」そんな紡の誠意は伝わらず、相手は怒鳴り散らかす。「うるせぇ、そんな話が信じられるか。さっさとゴミの在りかを教えないと、痛い目見るぜ。」「リーダー、こいつらもう締めちまいましょうよ。どうせ、ゴミの取り分競争だ。締め上げてから、場所を吐かせましょうや。」あーあ、とぼくは思った。止まれずにUターンして行ってしまったワー君以外、みんながそう思ったに違いない。紡は普段は温厚だが、無礼な相手には容赦ないのだ。連中の間を走り抜ける影が見えた。どさっと、三匹が倒れた。ヒューヒューヒュー。ぼくは虎落笛で、紡を囃し立てる。残りは三匹だ。それじゃ、ぼくも、と。「お前ら、オレに喧嘩を売るなんて上等だ。切り刻んでやるぜ。シャシャシャシャー。」やべ。残りの3匹を疾風で倒してから、ぼくは後悔した。実は、ぼくも紡と同じで戦闘モードに入ると別の性格が出ちゃうらしいんだよね。みんなを見渡すと、やっぱり少し引いていた。倒れた奴らのうち、タフそうなのが4匹立ち上がった。ボロボロだが、まだ戦意はありそうだ。コトリ。1d100が止まった。その瞬間、連中の通信機器が一斉に鳴り出す。連中がそれぞれ応答すると、「なんだって!うちが火事?」「え?もう一回言って。ママが事故にあったって?」と何らかの不幸に見舞われたことを口々に口にした。連中は、「おめぇら、一体オレ達に何をしたんだよぉ。」と泣きべそをかきながら、気絶してる仲間を担ぎあげて、尻尾を巻いて逃げて行った。やはり、おそろしい1d100。
ツリーハウスには、たくさんのシルフ達がいた。ただ、どのシルフも怯えていた。紡がゴミのことを尋ねると、すぐに「ごめんなさい。」と声を揃えて謝った。シルフ達の話によると、この近くの工事現場に、いつしか得体の知れない魔物が棲みついたらしい。そして、数匹のシルフがその魔物に捕まってしまい、ゴミを集めてくることを強要されているらしい。「けしからんですね。」とポニ男が憤る。しかし、その後に続く言葉に、さすがのぼくも呆れた。「ところで、シルフの皆さんは、大勢いるんですね。どうです?皆さん、ポニーになりませんか?」シルフ達全員の目が点になる。「今なら、このポニーTシャツを差し上げますよ。」「ありがたいのですが、、」1匹のシルフが勇気を振り絞って答える。「ありがたいのですが、私達にはそのTシャツは、大き過ぎて着られません。それに、今は連れ去られた仲間のことで頭が一杯で、、」ポニ男はシルフの言はもっともだといった感じで、持っていたTシャツとシルフの小さな体とを交互に眺めた。でも、食い下がる。「では、こうしましょう。私達が、その棲みついた魔物とやらを追っ払います。それからあなた方の仲間を取り戻してくるので、そしたらポニーになってください。」シルフ達の表情が、パァッと明るくなる。「仲間を、仲間を、取り戻してくれるんですか?はいっ!もうそれでしたら、喜んで、喜んで、ポニーに、、、、、なることは難しいかもしれませんが、チラシやTシャツを配るのをお手伝いさせていただきます。」シルフの返答に、ポニ男の顔が刹那曇ったが、「まあ、それでいいですかね。」と納得した。
ところが、工事現場にその魔物はいなかった。そこは汚い工事現場で、多くのガラクタが散乱していて、ゴミの山が積まれていた。「あ、あれ。」と指差しながら、ワー君がずかずかと突っ込んで行く。その先には、数匹のシルフ達が鉄の檻に閉じ込められていた。ワー君がその檻に、まさに届かんとした時だった。ドン!!ゴミの山が大きく動き、檻に絡みついた。と思ったら、ゴミの山が高く伸び上がる。工事用クレーンのさらに上の方から、声が降ってきた。「お前達、何者だ!ここは、わし塵塚怪王の根城だぞ。」なるほど。ゴミを集めさせるなんて変だなと思ったよ。魔物本体がゴミだったのね。集めたゴミをくっつけて、ステータスアップするわけか。塵塚なんちゃらは、とにかくデカかった。こりゃ、ちょっとヤバイかも。ぼくが危険を感じていると、ポニ男が間伸びしたトーンを発した。「ポニー体操第一〜、よーい。」ぼくたちは、クラン技のポニー体操第一を踊り始めた。怒りを覚えている敵を前にシュールな光景だったが、これを踊るとクラン全員の防御力が上がる。強敵の前には、大事な一幕だ。塵塚なんちゃらは、鼻を鳴らした。「なんだ、その変な体操は?ポニー体操?ポニーって駄馬だろ?そんな体操が何の役に立つ?」あちゃあ、またみんなで頭を抱える。それはね。その言葉はね。絶対にリーダーに言っちゃいけないのよ。みるみるうちに、ポニ男の体が数倍に膨らんだ。「ポニーを、ポニーを、馬鹿にするなー!」巨大化したポニ男の蹄アタックが決まる。塵塚はふらっとよろめいたが、そのよろめきを利用して、その大きな体を回転させた。手強い、全体に対する攻撃だった。正直、ポニー体操を踊ってなかったら、まずかっただろう。
だが、ぼくらにはさらに奥の手がある。連携技だ。まず、1d100が塵塚の足元を転がり、ふらふらさせる。次に、ワー君が拾ってきた工事現場の人の布団を、ぼくが吹き飛ばし塵塚に絡みつける。そして、ぼくが巻き上げた交互交通の信号板の矢印を、ワー君が塵塚に叩きつける。最後に、ポニ男が工事現場の足場を支え、紡が三角ジャンプをして、強烈な蹴りを決める。「スクランブル!!」塵塚はズウゥゥゥンと大きな地響きをさせて、もんどり打った。「良かった。これで、シルフさん達を解放できるわ。」と紡が喜ぶ。あ、そう言えば、そんな話だったね。すっかり忘れてた。まあ、そっちはポニ男と紡に任せよう。ぼくはバラバラに落ちたゴミ達を、くるくるくるっと風を起こして掻き集めた。そいつを、ワー君がせっせと運び出す。結果、見事にゴミ収集大会で優勝を果たしたサンポニーカンパニーは、優勝スピーチでポニ男の演説が炸裂し、かなりおかしなクランとして有名になったのであった。明日は、明日の風が吹く。(完)