オレの名前は、水森正吉。まさよしって読むが、ダチやパイセンからはしょうきちって呼ばれる。オレは気に入っている。オレのマブスケの妙子ちゃんだけは、まさくんと呼ぶが。オレの二つ名は、愛死天流!愛する者達を、オレはこの拳で守ると決めている。「だっりぃ!」オレは悪態をついた。ここは体育館裏、いつものふけ場所だ。隣には、ダチの中谷がいる。「ったく!吉住のセンコー、こまけぇことぐちぐちとムカつくんだよ。」オレは、シケモクをふかしながら続けた。中谷は同意するような顔を向けている。オレは満足して、柱に目をくれた。そして、柱にもたれかかっている奴がいることに気づいた。「お、あれは刀鉄じゃねーか。ったく、しょーがねーなー。また、寝ていやがる。オレ、こないだ、あいつとキャンプ行ったんだがよ、あいつずっと寝てやがったんよ。」中谷は楽しそうな笑顔を返した。あまり喋らないが、気のいい奴だ。オレは立ち上がって刀鉄に近づき、手をかけてゆすった。「おい!刀鉄、起きろ!いくら暖かくなってきたからって、こんなとこで寝たら、風邪引くだろが。」刀鉄はうっすらと目を開ける。しゃーねーなと言いながら、オレは刀鉄を肩に担いだ。「ほら、顔洗いに行くぞ!ほら、トイレだ。入っぞ!」オレは刀鉄を担いだまま、トイレのドアに手をかけた。「勇者様〜〜〜」トイレには、大勢の先客がいた。否!そこはトイレではなかった。うす暗い洞窟のような場所だった。広さもトイレの20倍はあった。そこに、大勢の人間がいた。否!人間ではなかった。いや、人間の形をしてはいるが、耳が尖っていたり、妙に背がちっちゃかったりする。そんな連中がオレ達目がけて、押し寄せてきた。オレは目が点になり、刀鉄を落とした。痛っ!って声が聞こえたが、それどころではない。オレは逃げようとして、慌てて振り向いたが、すでにそこにはドアはなかった。あるのは土くれ立った壁だった。「勇者様〜。どうか助けてくだせぇ。」背後から多くの声がする。オレはこほんと咳ばらいをすると、この変な生き物達に向き直り、「おいおい、おめぇら、オレが勇者様だって?このボンタンよく見てから言えや。どこからどう見ても、ヤンキーだろが。」と怒鳴った。ギュウィィィン!洞窟内に、かしましい音が響き渡った。見ると、尖ったエレキギターを持った野郎が立っていた。「ここの連中にとっては、オレ達ヤンキーは救世主っしょ。今回も何か事件があって、呼ばれたっしょ。」野郎がおかしなことを言う。すると、「そうなんです。」と群衆の中からおずおずと前に出てきた者がいた。こいつも耳が尖っている。見た感じ少年のようだが、この感覚は合ってんのか?「今回は、シュブ=ニグラスという邪神が、茂木騎士(もてぎないと)というバッドヤンキーを召喚しました。茂木騎士の一派は、街を荒らしに荒らしています。それだけでなく、あいつらはチョコレートに異常な嫌悪感を持っていて、街からチョコレートを全部持って行ってしまったんです。このままだと、ぼくは、ぼくは、コロネちゃんにお返しができない!」ヤベェ。こいつも、おかしなことを言う。「アンタ、名前は?」オレがテンパってると、耳尖り少年に尋ねた野郎がいる。いや、スケだ。かなりイカれた格好をしているスケだった。しかも、なぜかずぶ濡れている。「ぼくは、ホワイトって言います。」「その茂木って野郎、なんか気に食わないね。イイヨ。アンタの助太刀してあげるヨ。」「ありがとうございます!」これは夢だ。悪い夢だ。オレは考えるのをやめ、夢の登場人物?の話を聞くことに徹した。変な生き物の名前は、ドワーフとかエルフとか言うらしい。ちっこいのがドワーフ、尖り耳がエルフ。はーん。こいつらに悪さをしているのが邪神。ふーん。邪神に対抗できるのはヤンキーだけ。ほーん。そのため、オレらを呼んだと。なんじゃそりゃー。夢でも理解できんぞ、こら。オレがまた混乱しかけていると、何回か呼ばれてるというヤンキー2人がヤンキー全員を集めた。1人はさっきのギター野郎。名前は久保祥太。もう1人はセンコーだ。だが、ヤンキー風味がある。手には、なぜかいけない本を持っていやがる。名前は鳴神宗志。こいつらは何回か、この世界に呼ばれているらしい。この2人の他に、3人のヤンキーがいた。1人はオレ。それから、刀鉄。おい、さっきのスケは初めてかよ、お前。えれぇ、なじんでやがんな。スケの名前は、大友武子だった。「あー、最初に話しておくが、お前らは自由だ。別に、あいつらの頼みを聞く義理はねぇ。オレ達が協力する必要もねぇ。ただ、町にはバッドヤンキーどもがうろついてる。奴らはオレ達を見かけると、縄張りを主張してくるだろう。以上だ。」鳴神がセンコーらしく説明をした。オレは縄張りという言葉にぴくっとした。鳴神に釣られている気もするが、まあ相手次第だな。とにかく、こいつらとつるまなくてもいいというのは気が楽だ。あー、しかし、夢なのに、腹が減ったな。ったく、リアルな夢だぜ。
刀鉄は、久保に魅かれたらしく2人でコンビニに入っていった。大友がサ店に入っていく後ろ姿が見えた。鳴神は、パン屋に入って行く。なんだ、あいつらも腹減ってんのか。オレはよ、もう少しガツンとしたものが食いてぇ。お、ラーメン屋があんじゃねーか。がらりと音を立てて、オレは引き戸を開けた。目の前に、デカい体があった。ぐひぐひひと声を出しながら、ラーメンをすすってる。「おい、ここはおいら達の縄張りだぞ、ズルル。出ていけなんだぞ、ぐひひ。」食ってんのか喋ってんのか、よくわからんが、敵意だけは伝わってきた。オレはメンチを切って聞いた。「おめぇ、何味だ?」「ぐひぐひひ。何味って、ラーメンは豚骨に決まってるぐひひ。」「ああん?ラーメンは醤油一択だろが?」「ぐひひ。ズルル。豚骨だぐひ。」「醤油に始まり、醤油に終わるんだよ!」「ぐひぐひ。この味を味あわせてやる、ぐひ。」デカブツは立ち上がると、カウンターの中に入り、ラーメンの鍋をつかんだ。喰らえという叫び声とともに、デカブツは派手にすっ転んだ。バカめ、武器なんぞに頼るからよ。オレは一呼吸整えてから、立ち直ったデカブツに正拳突きを放った。ぐふぅ。巨体が吹っ飛び、テーブルに倒れ込む。デカブツはぐぬぬと唸り、今度はテーブルをつかんだ。が、油まみれの手から、テーブルは滑り落ちた。だからよ、信じられるのは己のこぶしのみなんだよ。オレはまた一呼吸整えて、正拳突きを打ち込む。デカブツがラーメンよろしくノビてしまったので、オレは怒った。「てめぇ、オレに豚骨食わせるんじゃなかったのかよ!」カウンターの内側からおそるおそる覗きこんできたドワーフの店主が、おそるおそる聞いてきた。「あのぅ、豚骨お作りしましょうか?」親指を立てながら、もちろん、間髪を入れずに答えた。「いや!醤油で!」
うめぇ。絶品の醤油を堪能したオレは、隣に見えた酒場か大友の行ったサ店に移動しようかと思ったが、二つの理由からとどまることにした。一つはせっかく奪った縄張りをふらっと来た奴に奪い返されるのは、癪に障る。もう一つは、デカブツの言っていた豚骨とやらにやや未練があったからだ。店主に頼んで豚骨を出してもらい、一口すすってみた。おぉ、これは。うん、まぁ悪くないかな。ん、まぁ、当然醤油の方が上だが、これはこれでな、悪くない。自分の醤油一番な心と葛藤していると、がらりと引き戸が開いた。やけに身なりを小綺麗にしたヤンキーが、酒の匂いをぷんぷんさせながら入ってきた。どかっと乱暴に横に座ってきたので、聞くべきことを聞く。「おめぇ、何味だ?」「あ?オ、オレに、き、きいてんの?こ、このイケメンちゃんに〜?にゃ、にゃら、答えちゃうけどさぁ、オ、オレッちは、あ、油そばなんよね。うぃgx6p〜。」もうね。プッツンしちゃうね、オレは。日本語喋れや、そもそも。とも感じたが、それ以上に油そばだぁ!?なめとんのか、オノレは?小綺麗ヤンキーが調子に乗って続ける。「あんれ〜?油そば知らない?スープないから、カロリーひくいのよね〜。ほら、ぼくイケメンちゃんだから。」「てめぇ、カロリー気にして、ラーメン食ってんじゃねぇゾ!!」オレは激昂した。「おやおや、おいかりちゃんだねぃ。カロリーは気にしないとぉ。だから、女の子にモテないんだよぉ。」オレのこめかみに力が入る。「おんめ、オレにマブスケの妙ちゃんいんの知んねーのか、このタコ。」「おんや〜、1人の女の子に好かれてもね〜。ぼくちゃんみたいに、何人にも好かれないとね〜。」「はん。」オレは鼻で笑った。「おんめ、モテるってのは、嘘だな。スケの気持ちがわかんねー奴は、モテねーって相場が決まってんだよ。」小綺麗ヤンキーの顔が青ざめた。その後、その顔がくしゃくしゃになった。「き、き、貴様、何言うんだ。ぼ、ぼくちゃんは、モテるんだぞー。」小綺麗ヤンキーが殴りかかってきたが、ヒラリとかわした。こおおおおぉぉぉぉおお!大きく息を吸い込む。ガスッ!!醤油愛を込めた正拳突きを入れてやった。デカブツの上に重なる小綺麗。オレは椅子に座り直して、店主に向かって手を挙げた。「醤油、もう一丁。」
醤油、豚骨、醤油を満喫したオレは店主に礼を言って、店を出た。店主は店主で、バッドヤンキーを2人も倒してくれたと礼を言って、土産を持たせた。期間限定の隠し裏メニュー、チョコラーメンだと言う。ゲロゲロとオレは思ったが、ふと考え直して、もらっておくことにした。ホワイトとかなんとかっつーガキが、チョコレートを欲しがっていたのを思い出したからだ。まぁ、義理はねーが、どーせタダでもらえるもんだ。もらっておこう。ぶらぶらと森の方に歩いて行くと、騒ぎが聞こえてきた。大友と久保、刀鉄、鳴神が集まって、誰かと対峙していた。相手は派手なナリのヤンキーだ。派手ヤンがわめいている。「なんだよ、オメーラ。オレの縄張り荒らしやがって。手下どもも、みんな倒しちまいやがったな。オメーラに闘う理由なんてねーだろが!」今来たばかりだったが、オレは断言した。その言は、他の4人とタイミングも内容も一致した。『ある!』「オレはホワイトに力を貸すって、約束したっしょ。」と久保。「アタイもな。それに、さっきテメェにやられた恨みは、きっちり晴らしとかねーとな。」と大友。「オレは久保兄さんと共闘する。何よりオマエと対決してみたくなった。」と刀鉄。「酒場のエルフの姉ちゃんと仲良くなったからな。」と鳴神。みんな、短時間に色々あり過ぎじゃね?必然的に、派手ヤンがオレを見てくる。「STS!醤油、豚骨、醤油の流れをお前に教えてやる!」「んだよ、ワケわかんねーよ。特にテメェ、STSって何だよ。チッ、どいつこいつも茂木騎士様に逆らおうってんだな?よーし、これでもくらいな。」茂木の背中が怪しく蠢く。「後ろに跳べ!」大友の言葉に体が動いた。ズヴァヴァン!!オレが元いた位置に、太くてうねる黒いムチみたいなモノが叩きつけられていた。見ると、他の連中の前にも現れている。みんな、かろうじてかわしたようだ。「あれは、アイツにくっついている邪神とかいう奴の触手だ。アタイは、さっきあれにやられたのさ。」大友の解説に、オレらは親指を立てて返した。茂木が悔しがる。「チックショー。まさか、全員無傷とは。ならば、手下を呼び戻してやる。そこのセンコーにやられたドラゴンだ。」ドラゴンだあ?この世界では、もう何にも驚くことはあるまいと思っていたオレだが、一瞬たじろいだ。だが、聞くべきことは聞く。「ドラゴーン!おめぇ、何味だ?」ゴオオオーとドラゴンが炎を吐く。「それが答えかー。くらえ、醤油の怒りを!」オレはテンションMAXで、ドラゴンに拳をぶち込んだ。ドラゴンはピクピクしている。そこを、刀鉄が持ち上げた。待っていたぜ、刀鉄。ゆけ!オマエのブレーンバスター。ドラゴンは逆さまに地面にぶつけられて、そのまま動かなくなった。そこからはオレ達の独壇場だった。久保のエレキギタービリビリアタック。「ほらほら、これが快感フレーズっしょぉぉぉぉっ!」おおっ、おおっ、久保もキレてんな。次いで、大友の渾身のネリ・チャギ。アイツ、手にミルクティー持ちながら、なんであんな動きできんのよ。そんで、あのミルクティーの中の黒い球は何よ?醤油球か?さらに、鳴神とホワイトのツープラトン。「オレも酒場の姉ちゃんのために闘う。オマエもコロネのために闘え。」「うん、わかったよ。好きな人のために闘うよ。」おおっ、おおっ、あのガキわかってんじゃねーか。オレも好きな妙ちゃんのためには、いつでも闘うぜ。今は妙ちゃんが側にいねーから、好きな醤油ラーメンのために闘ってっけどな。茂木が泡を吹き、白目を剥いて地面に倒れた。その背中からもやもやと黒い霧が立ち込め、それはやがて黒い山羊の形に変わった。が、怒り絶頂のオレらの敵じゃねぇ。速攻フルボッコした。茂木がボソボソと何かを呟いている。近寄って耳をそば立てると、「オ、オレは、女の子にチョコレートをもらったことがないんだ。ただ、女の子からチョコレートをもらいたかっただけなんだ。」と繰り返していた。大友が呆れたように、「なんだ?オマエ、女の子からチョコレートが欲しかったのか?アタイも一応女だ。ほれ、チロルチョコで良かったらやんよ。」と投げてやった。茂木のつぶやきが止まり、その目から一筋の涙が流れ落ちた。オレのもらったチョコレートラーメンは、ホワイトにやった。他の連中も、集めてきたチョコレートをやっていた。鳴神は、持っていたいけない本と引き換えに、パン屋の店員からもらったフランスパンをやっていた。オマエ、その本、生徒から没収したもんって言ってなかったか?とにかく、ホワイトは目的を果たした。ホワイトもコロネも頬を赤く染めちゃって初々しいじゃねーの。「あ〜あ、オレも早く妙ちゃんに会いたくなっちゃったぜ。おい、オマエら、アイツら倒したんだから、オレらを元の世界に帰らせろよ。」ドワーフとエルフは、白く光る扉を用意した。「また呼んでくれて、いいっしょ。」と言い残し、久保が光の中に消える。「タピオカタピオカ。タピタピ〜。」おかしな呪文を唱えながら、大友もまた消える。鳴神はエルフの女の子の肩を抱きながら、オレらを見送った。その脇に、なんと刀鉄もいる。「刀鉄、お前も残るのか?」「ああ、なんかここにいると強くなれそうな気がするんだ。誰かを救うのも悪くない。向こうのダチに、よろしく言ってくれ。」突然に訪れた別れだったが、不思議と寂しくなかった。たしかに、またこの世界に呼ばれる気がする。まぁ、それも悪くないか。この世界の醤油ラーメンも旨かった。オレは刀鉄と固い握手を交わして、光に飛び込んだ。中谷が、びっくりした顔で出迎える。そんな中谷に、オレは言った。「おい、中谷。醤油ラーメン食いに行こうぜ。」(完)