「私は、エレボス。AIです。残念ながら、あなたはすでに死んでいます。あなただけでなく、人類の95%が死にました。回転体という宇宙人の襲来によって。そんな事件から、すでに5年が経過しています。私は、あなたを含めた人類を救えなかった贖罪として、あなたを生き返らせます。ただし、24時間だけです。データを元に生き返らせるので、多少不完全なところもあるでしょう。お許しください。生き返った先は、あなたの縁のある土地のはずです。そこで、どのように過ごされるかは、あなたの自由です。自分を知る者を探しても良いでしょう。ただただ、楽しむことを優先しても良いでしょう。この世に未練がある場合は、その未練を断ち切るために行動をしても良いでしょう。けれども、1つだけお願いがあります。今回、生き返る土地では、現在、ある問題が起きています。あなたの時間が許せば、その解決にも力を貸してあげてください。そうすれば、今後の再生者達が生存者に受け入れられやすくなるでしょう。今回、再生されるのは、あなたの他に3人います。まずは、自己紹介などいかがでしょうか?」エレボスと名乗る白い立方体の前に、白い球体が3つある。自分もよく見てみれば、白い球体だった。「あの〜。はじめまして。」と球体の1つが喋り始める。「私は、ティラミスと言います。たぶん、女子でー、アイドルしてましたー。未練は、なんだろう。なんか、楽しいことしたかった気がするけどー。」そこで、もう1つの球体も喋り始めた。「おれの名前は、コーフィーだ。男だ。46ぐらいか。農家をやっていた。未練は、わからん。」さらに、もう1つも。「私は、ミエ。男だろう。30代後半。スポーツ選手だ。未練、未練ねぇ。未練というか、何のスポーツをしていたか、今は思い出したいかな。」自分の番になった。「あー、おれは、男だと思う。年は覚えてる。26だ。名前は、連城ミ、、、ミ、、、思い出せねぇ。未練かどうかはわからんが、誰かを殴りたい衝動がある。あ、誰かれ構わずという意味じゃないからな。安心してくれよ。」
それぞれの簡単な自己紹介が終わり、再生地点を選ぶ段になった。地点の候補は、主に4つあった。ラーメン屋台村、フリーラーメン教の本拠地、弁当屋、亀戸天神だ。場所の説明を聞かされると、「ラーメンに興味があるの。なんとなく惹かれるものを感じるわ。」とティラミスが真っ先に手を挙げた。「私はアスリートだからな。ラーメンよりも、タンパク質だな。」とミエ。おれは、てきやとしては、やっぱり神社だろという理由で、亀戸天神を選んだ。「残ってるのは、フリーラーメン教か。まあ、分散した方が情報も集めやすいだろ。おれが行こう。」とコーフィーが男らしく言った。一番、最初に再生されたのは、ティラミスだった。屋台村のラーメン店に入って行く。エレボス曰く、再生者同士は視覚や聴覚が共有できるらしい。敢えて隠す必要性も感じないので、全員共有機能はオープンになっている。「らっしゃい!おっ、嬢ちゃん、見ない顔だね。しかも、小綺麗な身なりだ。もしかして、噂の再生者ってやつかい?」「はい、そうみたいです〜。あんまり自覚はないんですけど。」「そうかい。おれの名前は、背脂ガッツ。ここの店主だ。ラーメン、食ってくかい?」「そうですね〜。もらおうかしら。」とティラミスが答えた時、店員が奥からぞろぞろと刺股を持って出てきた。ティラミスは一瞬自分が襲われるのかと思って身構えたが、店員達は入口の辺りを睨みつけている。「やっぱりだ。入ってきやがったぞ。どんぶりくらげだ。やべーぞ。みんなで取り押さえろ。」入口から急にラーメンが逆さまになった物体が入り込んで来たかと思うと、店員達は一斉に刺股でその物体を取り押さえた。「よし、刻め!跡形も残すなよ。分裂するからな。」店員達は、今度はその物体を刻み始める。「痛っ!」「おい、どうした?まさか、クラゲの触手にやられたんじゃないだろうな?」「いや。自分で指を切っただけだ。」「なら、良かったな。触手にやられたら、お前まで刻まなきゃいけないところだったぜ。」「しかし、痛ぇ。」その言葉を聞いて、ティラミスが店内から救急箱を探し出してきた。そして、怪我をした店員を手当てしてあげた。店員はしきりにお礼を言って、ティラミスにバッテリーをくれた。何でも再生者は電力で動いているから、バッテリーが役に立つそうだ。
次に、コーフィーが再生される。コーフィーは堂々と、フリーラーメン教の本拠地に入っていく。「おお、あなたは、もしや救いを求めて、この教団へ?」白衣を着た信者らしき人物達が、コーフィーの周りに集まってくる。「さあ、迷える者よ。この真のラーメンを召し上がりなさい。これで、全てが救われるでしょう。」「いただこう。」なんと、コーフィーが勇気ある行動というか、無謀な行動というか、とにかく怪しい食べ物を口にするらしい。コーフィーがそれを口にした途端、バチバチと弾ける感覚が共有された。エレボスが語りかけてくる。「これは、どうやら神経系に作用する物質が含まれていますね。今、無害化の処理を行いましたが、この後は口にしない方が良いかもしれません。」コーフィーはぺっと吐き出すと、叫んだ。「こんなものは、真のラーメンとは言えん。どんな風に作っているんだ!」「なんだと。我々の教義を馬鹿にするのか。許せん。よし、連れて来い。製造過程を見せてやろう。」教祖らしい男が号令をかけると、コーフィーは信者達にがっしりと掴まれて、連行されることになった。たどり着いた先は、複雑な機械が置いてある場所だった。「見よ!この素晴らしいマシンを!」ある信者が草やら腐った何かやらを投入口に入れると、機械は音を立てて動き出した。間もなくチーンとベルが鳴ると、投入口の反対側からさっきコーフィーが食べたものと同じものが出てきた。「どうだ。素晴らしいだろう。今、この世はどこも食料不足なのだ。そんな時代に、廃棄物などから食料を得られるのは尊いことなんだぞ。ラーメン屋台村やら弁当屋やらは、べらぼうに高い対価を求めるんだ。貧しい者達を救うのが何が悪いか?」「ふむ、志や良し!しかし、いかんせん、味が悪い。それに食べ過ぎると、変などんぶりになってしまうと聞いたぞ。」「それは仕方がない。このあたりの土壌は、回転体により汚染されているのだ。綺麗な水など、望むべくもない。」「では、おれが真の真のラーメンを作ってみせよう。」コーフィーはそう話すとともに、頭の中でおれ達再生者達に呼びかけた。「ということで、みんな。よかったら協力してくれ。ついででいいからな。まず、水だ。綺麗な水がいいらしい。あとは、そうだな。薬味があるといいかもな。」おれらは、それぞれにオッケーを返した。
ミエは弁当屋で、自分はアスリートなのだが、何か手伝えることはないかと聞いていた。自分探しをしつつ、再生者の印象を良くしておきたいという思惑があるようだ。生前に見たことがある、部屋の中を勝手に掃除してくれる丸型のロボットが、その質問に答えていた。ロボットには、なんと手足が生えている。「あれは、自律機械というものです。あれにも、亡くなった方のデータが入っています。」エレボスの注釈が入る。お掃除ロボットの姿をした弁当屋の店主は、「ああ、手伝ってくれるのかい。助かるよ。じゃあ、そこの自転車を漕いでくれ。電力が作れるからよ。」とミエに頼んだ。ミエは自転車に跨って、張り切って漕ぎ出した。「む、むむ、うん、この感触、懐かしいぞ。うん、これかもしれないぞ。」ミエが漕ぎ終わると店主は、「おー、ありがとうよ。これでフライヤーが動かせるぜ。何かお返しできることはあるかい?」と言った。ミエは、「いや、大したことないって。」と答えた後、「そうか。おれは、自転車の選手だったのか?」と自身に問いかけた。そして、店主に「何か薬味はあるかい?」と聞き返した。店主は冷蔵庫をがさごそしながら言う。「薬味、薬味ねぇ。お〜、新鮮なネギならあるぜ。切ってやろうか?」「ああ、そうしてくれ。」ミエは思い直したように、また自転車に跨った。その頃、おれはようやく亀戸天神に再生された。両手をグッパーしてみる。うん、いい感触だ。生きてるって素晴らしいな。そんな風に再生を喜んでいるおれに、「おやまあ、また活きの良さそうな兄ちゃんが来たのぅ。」と後ろから声をかける者があった。おれが振り返ると、目の前には誰もいなかった。不思議に思って、きょろきょろしていると、今度は下から声が聞こえた。「ここじゃ、ここじゃ。お前さんの足元じゃよ。」下を見ると、通常の10倍の大きさはあろうかという亀が、おれを見上げてにっこりとしていた。
どんぶりをかぶったくらげやら、手足のある自動掃除機やらを見てきたおれは、亀が喋っていることに、あまり驚かなかった。何より、おれ自身、生存している人にとってみたら奇怪な存在だろう。「おう、亀さん。あんた何者だい?」「ふむ。自分から名乗らんとは。まあ、良い。わしはの、この天神社に長く棲みつく亀じゃわい。人間の言うところの回転体とか何とかの光を浴びてな、なぜか話せるようになった。理屈は、わしにも分からんでのぅ。今は、この天神社に細々と暮らしておる生存者達を見守っている。」「おう、じゃあ、ここの仕切りはアンタか?なら、話は早ぇ。おれよぉ、この辺りで、てきやをやっていたと思うんだがよぉ。」「てきやとな?」「ああ、お祭りの時なんかに、お好み焼きとかたこ焼きとか、そんな店を出してたわけよ。で、おれのこと、なんか知らないか?」「そうじゃのぅ。わしは、さっきも言ったように、世界が滅んだ時に人間と関わるようになったからのぅ。あそこの社に行けば、何人か生存者達がおる。そこで、知り合いを探してみたら、いかがじゃろうか?いきなりお主だけ行ったら、みんな警戒するじゃろうから、どれ、わしが案内してやろう。」親切な亀がのしのしと社に向かって歩き出すので、おれはゆっくりとその後について行くことにした。社には、15、6人の生存者がいた。亀が簡単に紹介してくれたので、おれは、やっ!とか、よっ!とか言いながら、知り合いがいないか探した。すると、1人の女性に目が止まった。年の頃は、自分と同じ20後半ぐらいだろうか。長い髪の毛に、鼻筋の通った顔立ち、切れ長の目をしていた。急にじっと見つめられたので、びっくりしたのだろう。女性は怯えるように、一歩後ろに下がった。その怯える仕草に見覚えがあったので、おれは確信した。「よっちゃん!よっちゃんじゃね?」「え?え?確かに、私の名前はよしみで、よくよっちゃんって言われてましたけど、あなた誰ですか?」「おれだよ、おれ。連城。連城、、ミなんとか。」「ミなんとか?」「ああ、ちょっと下の名前がよく思い出せないんだよ。」「あの、本当にごめんなさい。あなたのことを、思い出せません。」「あ、いや、いいんだ。突然、声かけて、こちらこそごめんな。」
「ところでさ、、」おれは話題を変えた。知り合いが見つからないなら、当面の問題に取り組もう。「この辺りに、綺麗な水ってない?」「綺麗な水なら、社の裏から出る湧き水が一番だと思いますけど。」「実はさ、フリーラーメン教っていう連中、知ってる?」「は、はい、知ってます。」「再生者の仲間の1人がさ、あの教団に乗り込んだんだ。」「まあ。それは勇気がある方ですね。」「そう。勇気あるよね。で、その人が今、回転体とやらの影響を受けてない水を探してるんだってさ。それがあれば、どうやら例の危ない真のラーメンをどうにかできるとかできないとか。」「それでしたら、ここの水は適してるかと思います。この辺は、回転体襲来の際に惨劇を免れたところですので。」「本当?もらってもいいかな?」「さて、それは親父様に聞いてみないと。」「親父様?」「はい、あちらの亀様です。」「ん?話は聞いておったぞ。何、そういうことなら遠慮はいらん。なんなら、そこまで、ここの誰かに届けてもらってもええぞ。」「ありがてぇ。助かるぜ。聞こえてるよな、コーフィー。これで薬味と水は揃ったぜ。後は頼んだぞ。」ということで、おれは安心して、ラーメン屋台村に行くことにした。ラーメン屋台村に着くと、背脂ガッツの店の他にも色々なラーメンの屋台が並んでいた。ん〜、やっぱり屋台ってぇのはいいな。このワイワイした感じ、最高だぜ。お、あのアイドルのお嬢ちゃんは見当たらないな。まあ、あんな恐ろしい目にあったから、当然か。「ごめんよ。」「らっしゃい!お、あんたもその綺麗な身なりから察するに再生者だね。さっきのお嬢ちゃんの仲間かい?」「ああ、そうさ。」「さっきの嬢ちゃんには、世話になったからな。何か食べてくかい?」「いいのか?じゃあ、おすすめをくれ。普段なら、結構高いんだって?」「ああ、まあ、そりゃしょーがねー。物質不足だからな。昔は庶民派の食べ物だったラーメンも、今じゃ高級品よ。だからと言って、おれはそれを喜んでるわけじゃねーんだ。昔、ある人に叱られてから、おれはみんなのためにラーメンを作ってるつもりだ。あいよ!お待ち!」
ガッツの出したラーメンを口にすると、おれの口の中はバチバチと弾けた。しかし、それは神経系に作用する物質が入っているからではない。ガツンとくる脂の味が絶妙に麺に絡み、衝撃的だったからだ。「うまい!」おれは心の底からそう感じて、叫んだ。箸が止まらない。おれが貪るように食べ進めていると、頭の中で2つの声が聞こえた。「ほぅ。うまそうだな。真の真のラーメンができあがったら、そちらにも麺を回そう。そのうまいラーメンが格安で食べられたら、みんな喜ぶだろう。」とコーフィーの声。「あー、私の未練は、やっぱりそれだったの。今、お弁当屋さんでお肉をもらって食べてるけど違ったの。私はアイドルだったから、きっと脂っこいラーメンに憧れを感じていたのね。後で、そっちに食べに戻らなきゃ。あ、ついでに、お弁当屋さんにどんぶりくらげの話をしたら、うちではガスバーナーで炙ってるって言ってた。どうやら、どんぶりくらげは、火に弱いみたいだよ。」とティラミス。あれ、ミエはどこだ?おれは替え玉を注文しながら、脳内でミエを探した。いたぞ。ん?ここは、さっきの天神社か。ミエは天神社の池で、呑気に釣りに興じていた。「む、むむ、むむむ、この手ごたえ!おれはスポーツフィッシングの選手だったのか?」とまたもや自身に問いかけていた。そうこうしている内に、弁当屋の店員さんが薬味のネギを、天神社の生存者が綺麗な湧き水を、それぞれ教団で待つコーフィーのもとへと届けた。コーフィーは、無言で作業に取り掛かる。やがて、「よし!できたぞ!お前ら、食べてみろ!」と完成したラーメンを信者達に振る舞った。信者達は、麺をすすり、スープを一口飲み、二口飲み、ネギを口の中に放り込み、じっくりと味わった。「な、なんて、優しい味なんだ!水がいいと、こんなにも薬味が引き立つのか。うん、これなら食べ過ぎても、どんぶりくらげにはならないで済みそうだぞ。」と称え合った。
「ああ、再生者様、いいえ、救世主様。ありがとうございます。これで、私達は怯えずに生きていくことができます。何か私達にできることはないでしょうか?」「ああ、それなら。この麺をラーメン屋台村に持っていってやってくれ。安全な麺をいくらでも作れるとなったら、あいつらも安く提供できるだろ?」「え?よろしいんですか?救世主様のせっかくの偉業を簡単に渡してしまって?」「それは構わない。どうせ、おれはあと数時間したら、消滅する身だ。それなら、1人でも多くの人々が喜んでくれる方がいい。」「ありがとうございます!早速、みんなで運びます!おい、みんな。やろう!」信者達は次々とできあがる麺を箱に詰めて、屋台村めがけて去って行った。後に残ったのは、最初にコーフィーを捕まえるように号令を出した、あの教祖らしい男だった。「わ、わしは認めんぞ。そんなものは食べん。」「そうか、残念だ。でも、おれは諦めないぞ。お前の志は、悪くなかったんだ。また、後で来るからな。」コーフィーは信者達の後を追って、屋台村に来るらしい。ティラミスも屋台村に向かっている。ミエは釣りを終えて、弁当屋に向かう。いや、地図を見ているな。弁当屋の近くの何かに、引っかかりを感じているみたいだ。おれは、そうだな、どんぶりくらげを火攻めにするための燃料を探しに行くか。天神社の倉庫に、祭事用の神輿やら道具やらをしまい込んでいた記憶がある。そこを目指すことにした。おれが歩いていると、ティラミスとコーフィーが、ガッツの店に着いたようだ。あたりは、すっかり暗くなっている。ガッツが満面の笑みで、2人を迎え入れた。「らっしゃい!おっ、お嬢ちゃん、また来てくれたのかい?そして、そこの人は、あれだな。あの信者達を目覚めさせて、しかも安全な麺を作ってくれた方だな。救世主様だ、救世主様だと元信者達が詳しく語るから、すぐに分かったぜ。おや、あんた?いや、、なんでもない。さあ、食べてくれ。ご馳走するぜ。」
「おいしい〜。これよ、これ。これが食べたかったのよ〜。」ティラミスが涙を流しながら、麺をすする。さらに驚いたことに、ごきゅごきゅごきゅごきゅと音を立てながら、スープを全部飲み下した。これにはガッツも目を丸くして、感嘆の声を漏らす。「はあ〜、すげえな嬢ちゃん。いい食べっぷりだ。もう一杯いくかい?」「うん。いく〜。あ〜、もう死んでもいい〜。あ、死んでるのか。もう未練はない〜。」その様子を自分も食べながら、にこにこして見守るコーフィーにもガッツが話しかける。「あんたも、どうだい?うめぇかい?」「ああ、最高だよ。この、どの世代にも受け入れられる味!」「良かった!あんたに叱られてから、ずっと研究を重ねてきたからな。」「いや、あん時は悪かった。」「謝らないでくれ。あんたは正しかった。当時のおれは、ただ利益のみを追い求め、子どものことなど考えない調子にのった野郎だったんだ。本当に、目が覚めたよ。」「そうか。そう言ってくれるなら、ありがたい。これからも、多くの人を喜ばせてやってくれ。いよいよ、あいつにも食わせてやりたくなってきたぞ。」コーフィーは食べ終わると、また来るぜと言って立ち上がった。ティラミスは、まだ食べている。「あ〜、こちらミエ。こちらミエ。応答願う。」ミエが呼びかけてきた。まあ、呼びかけなくても繋がってるんだけどな。「今、おれは弁当屋の近くのスーパーの廃墟に来ている。このオリンピックという言葉にひかれて、来てみたんだ。どうやら、おれは東京オリンピック出場を目指していたらしい。まあ、それはどうでもいいんだが。このスーパーの惣菜調理室に、くらげの調理法が書いてあるメモが貼ってあるんだ。これによると、くらげは塩に弱いらしい。塩を用意しておこう。」「ありがとうなの〜。」「ありがとう。」「助かるぜ。」おれ達は、ミエに礼を伝えた。おれの眼前に、天神社が見えてきた。みんな、回想したり別れを告げたりできて、いいな。おれは少し寂しくなりながら、天神社の鳥居をくぐった。
亀さんとよっちゃんに手伝ってもらって、倉庫を調べたおれは、大量のガスボンベと鉄板とガスバーナーを見つけた。おれは懐かしさを覚えながら、鉄板を敷き、ヘラをくるくると回す。その瞬間、おれの頭の中に怒涛のように記憶が流れ込んできた。「いらっしゃい!はい、お好み焼き2つ。あいよ。よっちゃん、お好み焼き2つね。」「うん、わかった。みっちゃん。会計は済ませておくね。」あはは、そうか。そういうことね。急に笑い出したおれを訝しそうに、よっちゃんと亀さんが見る。「ねぇねぇ、よっちゃん。ほらほら、見て見て。」おれは、くるくると回って自分の姿を見せた。よっちゃんが口を手で押さえる。「え!え?えーっ!ミエコ?ミエコじゃん!え、何、どういうこと?」「ごめんごめん。私、自分を男だと思ってたわ。あはは。そりゃ、わかんないよねー。久しぶり、会えて良かったわ。」「私こそ!」私達は、よっちゃん、みっちゃんと言いながら固く抱き合った。よっちゃんを抱きしめる私の頭に、他の再生者達の驚きの声が響いた。「そう言えばさ。よっちゃん、あの男、どうしたの?まだ生きてる?もう死んだ?」「あの男?」私から体を離すと、よっちゃんは首を傾げた。「ほら、よっちゃんを騙してた、あの男だよ。」「あ、ああ、うん、その。生きてるよ。」「何ー!どこにいるの?」「あのね、フリーラーメン教の教祖をやってるの。」「あー、あいつか!コーフィーが気にしてた奴!よっしゃ!よっちゃん、一緒に来て。あいつ、ぶん殴りにいこ!それが、私の未練だー!」教団には、どうせ大量のどんぶりくらげを退治しに行かなければいけなかったんだ。事のついでとは、このことよね。天神社の生存者全員の手を借りて、ガスボンベなどを教団の前に運び込んだ。その勢いで、教団へと殴り込みをかける。よっちゃんとコーフィー、ティラミスが後からついてくる。ミエは、マツモトキヨシの跡地で手にテーピングを巻いて、シャドウボクシングを試して、また、むむと言っている。
「頼も〜。」バンッ!と激しく扉を開けて、私達は教団へとなだれ込む。「な、なんだ?お前達は?」「あんた!よっちゃんのことを騙したでしょ!よっちゃんから相談を受けて、あんた殴りに行こうとしたら、私死んじゃって、すんごい後悔してんだから。」「よっちゃん?」「ほら、この子よ。よしみちゃん。」「あ、ああ、久しぶりだね。よしみさん。元気そうで、何よりだよ。」「あ、うん。イ、インスさんも元気そうですね。」よしみがもじもじしながら他人行儀な挨拶をするので、私は代弁を続けることにした。「何?インスって言うの?あんた。まあ、いいや。この際、名前はどーでもいいわ。あんた!よっちゃんを泣かせた罪は重いわよ!」「ま、待て、騙したとか、泣かせたとか何のことだ?」「なあに?この期に及んで、白を切るつもり?あんた、奥さんのいる身で、この子の心を弄んだでしょ!」「何を言う。あくまで、よしみさんのことは本気だったんだ。彼女の作ったタコ焼きを食べるのが、わしの幸せだったんだ。」「そうなの?じゃあ、奥さんのことは?」「す、すまん。妻を悲しませるわけには、、」「それを弄ぶって言うのよ!」「す、すまん。」「本当は、あんたのこと立てなくしてやろうと思ってたけど。そこに控えてるコーフィーが、あんたの改心を諦めてないみたいだから、1つ選択肢をあげるわ。」「選択肢?」「そう。あんた、ガッツのラーメンを食べなさいよ。素直にフリーラーメン教が間違っていたことを認めるのよ。」「そ、それはできん。わしが今まで信じてきたことを、簡単に否定するわけには。わしは正しいことをしてきたのだ。」「ああっ、もう!奥さんのこともフリーラーメン教のことも、未練がましいのよ!往生際が悪いっつーの!」私は思いっ切り、インスをぶん殴った。「はあはあ。まあ、再生者のあたしがさ、はあはあ。未練がましいとか往生際が悪いとかお笑い草だけどさ。はあはあ。でも、あんたは生きてんじゃん。何度でもやり直せるじゃん。その機会を無駄にするなんて、死んだ身からすればもったいないのよ!はあはあ。あー、もう、これでよし!よっちゃん、行こう。もう、これで私は満足した。あと、どうするかは、こいつ次第だし、よっちゃん次第。そこまで死んだ者が口出ししたら、呪いだもんね。」私はよっちゃんに、にぃっと笑って見せた。
コーフィーが倒れているインスの側に寄り、声をかける。「きついのもらったな。でも、連城さんの言うことは、もっともだ。失敗しない人間なんて、いないんだ。そして、後悔のない人生なんてない。おれが生前に、ひどいことを言っちまったなと後悔していた相手は、その言葉を糧に成長していた。その成長は、自分の失敗としっかりと向き合い、後悔した結果だった。お前は、よくやったじゃないか。おれはお前のやってきたことを土台にして、改良しただけだ。おれは、もうすぐ消える。だから、あの真の真のラーメンをお前と屋台村のガッツに託していきたいんだ。多くの人を幸せにしてくれ。」インスは、う、う、と泣きながら立ち上がった。「わかった。ガッツさんのラーメンを、食べに行こう。」「それがいい。ところで、どんぶりくらげになってしまった人を元に戻す方法はないのか?」「ああ、それは何度試してもダメだった。だから、この上の階に閉じ込めてある。これが鍵だ。」「ならば、仕方ないな。」「すまん。頼む。」「いや、こうした仕事こそ、後腐れのないおれ達、再生者の仕事だろう。」インスが屋台村へとよろよろと去って行くと、私とティラミスとコーフィーはお互いに顔を見合わせて頷いた。ミエの事前調査に基づいて大量の塩を撒き、どんぶりくらげ達を弱らせた。それから用意しておいたガスボンベを使い、教団の建物ごと焼き払った。あ、もちろん、あのマシンは先に運び出してあるから安心してね。燃え盛る炎を見ながら、私達は集まってきた生存者達に最後の一言を告げた。ティラミスは、「背脂ラーメン最高!」だった。コーフィーは、「おれは、もう思い残すことはない。良ければ、次の再生者達にも良くしてやってくれ。」だった。私は、「よっちゃん。作ったものを、みんなにおいしいって言ってもらうの楽しかったね。まだまだ、人生楽しんで。」と言った。私達は、いつの間にか白い球体に戻っていた。あれ、ミエがまだだ。ミエは、ドンキホーテの跡地にいた。『あんたが主役』と書かれたタスキを身に着けて、むむと言っている。そんな彼も、球体として戻ってきた。そして、エレボスに頼んだ。「今度は、箱根に再生してみてくれないか?」(完)