▼△Limiter error(5)ー完結ー〔高校生〕△▼ | チョロ助を追いかけろ

チョロ助を追いかけろ

子育て奮闘記とHQとCCさくらな日々


さくらはゆっくり開く扉をじっと見た。人影が見える。
暗闇の倉庫に鉄の扉が開かれる音が響く。そして聞こえてきた声。
「なにこれ!?凄い匂い!!やっと見つけたわっ!!あんなメールじゃ探すの大変だったんだからっ!!」
さくらはその聞き覚えのある声に息を呑み、小狼は頭に響く低い声の中に知っている声を聞き分けると呟いた。
「遅いぞ…苺鈴(メイリン)…」
「苺鈴ちゃん…?」
小狼は来ることを解っていたような口振りだ。さくらは首を傾げて扉の傍の人影を見た。
「そこにいるのは木之本さんね?」
そう言いながら、苺鈴は手探りで照明のスイッチを見つけ出し押した。

突然明るくなった倉庫内に、さくらは目を細めた。ゆっくり目を開けると、そこには黒髪を両サイドでお団子に束ねそこから長い髪が下がる、見覚えのある髪型。幼さは残るが大人の雰囲気を持つ懐かしい顔がそこにあった。
「苺鈴ちゃんっ!!どうしてここに?」
「お久しぶりね!でも、今は懐かしんでる場合じゃないわっ!!」
そう言う苺鈴の見る視線の先には、尋常ではない顔色の小狼の姿。
「小狼くんっ!!?」
さくらは慌てて小狼の傍に駆け寄り、苺鈴もそれに続く。

さくらは小狼を支えるように抱き着いた手を腰に回す。それを甘んじて受ける小狼。相当辛いのだ。それでもさくらを心配させまいと、倒れてしまいそうな身体を自身の足で踏ん張り立っている。
「解毒剤よ。早く飲んで!」
苺鈴は持っていた鞄から、小瓶を取り出すと蓋を外し小狼に手渡す。
すると小狼はそれを一気に飲み干した。甘い香りと苦い液体が喉を通り身体に沁み込んでいく。
はぁと一息吐く小狼の顔色が徐々に良くなった。
抱き着いたままのさくらが心配そうに小狼を見上げていたが、その顔色の変化にさくらの表情も和らいでいった。

「小狼くん…。」
「すまない、もう大丈夫だから…」
そう言って見下ろす小狼の頬が少し赤くなった気がした。さくらは今この状態にはっとなり慌てて身体を離し自分も頬を染めた。
「ご、ごめんなさい…///」
「い、いや…別に…///」
「相変わらずね、二人とも」
二人のやり取り見て苺鈴がくすくすと笑う。

「それより、時間がないわ!ICPOが来る前に、この人たちに解毒剤を…」
そう言って苺鈴は鞄から一枚の札を取り出す。
「ICPOって!?」さくらは目を見開き驚く。
海外ドラマとか、映画とかに出てくる《国際刑事警察機構》インターポールとも言うあれのことだよね!?
「さすがの偉(ウェイ)もこれだけしか、作れなかったか…」
小狼はその札を受け取り、倉庫内を見回した。この人数には足りそうにない。
「これでも薬を直接飲ませるより効率がいいように作ってもらったのよ?」

小狼にもそれは解っていた。自分が飲んだ液体の解毒剤の方がはるかに効きは良い。しかし多くの人数分を作るには時間がかかる。この札はお香のように煙で呼吸とともに吸わせるものだ。
幸い、気を失っている少女たちは、先ほどの幻覚作用のある毒性の強いものは多く吸ってはいない。ここに連れてこられるまでに飲んだ《エッセンス》程度なら、この煙で十分効果はある。
しかし、手に持つ札はこの広さに充満させる程の大きさはなく、今もこの倉庫には、まだあの甘い匂いが漂っている。

「えっと…、よく解らないんだけど、そのお札がもっとあればいいの?」さくらが首を傾げて言った。
「ああ…。今この甘い匂いより、こいつの匂いが優っていないと意味がない」札をヒラヒラさせて小狼が言う。
「そうね。ここの空気良くないし…窓もないもの。空気の入れ替えも出来やしない」苺鈴も倉庫を見渡して言った。

「それなら…」そう言ってさくらは《星の鍵》と取り出した。
「そうか!!カードを使えば…!」小狼の言葉にさくらが頷く。
「どういう事!?」苺鈴が首を傾げた。


さくらはまず《消(イレイズ)》のカードを取り出して、倉庫内に充満している甘い匂いを消し去った。そして次に《大(ビッグ)》を取り出すと札を50センチ四方程の大きさにした。数がないなら大きくすればいいと考えたのだ。次にさくらがカードを取り出そうとした、その時、
「《火神招来》…」
札の角に小さな炎が灯り、煙とともに優しい甘い香りが立ち上がった。
さくらが小狼を見上げると、小狼もさくらを見下ろしそっと微笑んだ。さくらはにっこり微笑むと、
「風よ、この香りを彼の者たちへ届けよ…《風(ウインディ)》!!」
カードを投げて《星の杖》を振りかざした。
甘い香りを伴った煙が魔力の風に乗り、倉庫内に横たわる少女達の元へを届けられる。顔色の悪かった少女達の頬が褐色の良い物に変わっていくのが解った。
そして《風》の力は扉を開けて外へと香りを運んで行く。『彼の者たちへ…』ここにはいない《エッセンス》を口にしてしまった人たちへ届けるためだ。

「さすが宇宙最強の魔術師と道士ね!これで、後遺症も残らないわ…。さ、こんなところ長居は無用よ?早く行きましょ?」
苺鈴はそう言ってウィンクした。






三人は少し離れた建物の上に立ち、倉庫にICPOがやって来るのを見届けた。これで捕えられていた少女達も保護され、男達も逃げ出すことはないだろう。
安心したところに、ふわりと風を感じた。さくらの前にヒラヒラと《風》のカードが舞い降りた。これで全ての人たちに解毒剤が届いたということだ。

役目を終え車の少ない埠頭の通りを歩く三人。苺鈴は何故自分がここに来たのかを話した。
「小狼から、解毒剤の追加を頼まれて、こっちに向かっていたの。そうしたら『埠頭、青い屋根の倉庫』ってメールが来たんだけど、夜なのに『青い屋根』なんて探すの大変よぉ」
木之本さんにもこんな素っ気ない感じのメールなの?と苺鈴は言った。
小狼はそれには答えず、さくらも曖昧に笑った。
さくらにとって小狼のメールを『素っ気ない』と思ったことがなかったからだ。

「じゃ…苺鈴ちゃんは香港から届けに来たんだね?」
「いいえ、京都に追加分の解毒剤を届けてからよ。元はと言えば、京都で起こった事がきっかけだもの」

さくらは首を傾げた。この事に関しては何も聞かされていなかったからだ。きっと小狼の仕事と関係があるのだろうけど。自分はこれ以上聞いてしまっても良いのだろうか。
同じ李家の人間なのだから、苺鈴が手伝っていることは当たり前なのかもしれない。それでも何も知らない自分が少しもどかしい。

どう切り出せば良いのだろう。さくらが言葉に詰まっていると苺鈴が言った。
「私、京都に戻らないといけないの。先に行くわ」
丁度目の前に一台の車が停まっているのが見えた。運転手らしき人がこちらに向かって軽く頭を下げた。見たことのない家紋が記された立派な車だった。

「え!?もう行っちゃうの?」
「わざわざ、車を出してもらったのか?」今まで黙っていた小狼が言う。どうやら知っている車らしい。
「新幹線で最寄りの駅まで来たら、使ってくれって、匠が言ってくれたの」今日一番の笑顔で苺鈴が言った。
「匠さん?って前お手紙に書いてあった…」さくらが首を傾げて呟くように言った。
「そう!!もう、色々話したいことがあるのよっ!!もっと時間があればいいのに…。新幹線の時間になっちゃう!京都でまだやることがあるから、もう行かないと…。詳しくはまた今度ね!」
そう言うと苺鈴は車に向かって走り出し「またね!」振り返り手を振っている。
「ありがとう、苺鈴ちゃん!!お手紙書くよ!」
さくらは大きく手を振り、小狼は軽く手を上げ見送る。苺鈴を乗せた車はあっという間に小さくなっていった。


微かに香る潮風を受けながら二人は歩き出した。さくらは直ぐ傍にある手を握り、小狼を見上げた。視線が合って、お互い微笑んだ。そして小狼もさくらの手を握り返した。二人は仲良く手を繋ぎ歩く。
「小狼くん、ごめんなさい。私があの時お薬飲んでなければ、小狼くんが苦しまずに済んでたのに…」
「何故、謝るんだ?俺はお前に飲ませていて良かったと思っている。でなければ、ここへ来るのがもっと遅れていた。お前が俺を呼び続けてくれたから、ここに来れた、ありがとう。それに…あの程度で俺は倒れたりしない」
―――そう、あの程度で倒れるわけにはいかない。
小狼は笑って言って心で呟く。

そして、暫しの沈黙。二人は黙ったまま歩いていた。どのくらい歩いただろう?
―――今回の事はちゃんと話さなくてはいけないな…。
さくらを巻き込んでしまったことを思い、小狼はそっと息を吐き話し出した。

「さっきの奴らの事だけど…」
「うん…」さくらは小さく頷いた。
「《人身売買》…それをしているある国の組織の連中だ…」
さくらは息を呑み、小狼を見上げた。小狼は一瞬視線をさくらに移し、そして直ぐに前を向いた。
「苺鈴の言う通り、元は京都の陰陽師に依頼があった仕事だった。京都では人を捕えるまではいかなかったが、あの《エッセンス》は催眠作用があって人を操ることができる。それを何とか解毒剤で沈静化した。しかし、そいつらが友枝町付近に近づいている。と苺鈴から調査の依頼が来た。それが李家で追っていた、人身売買の組織だということが解って…」

さくらは小狼の言葉に驚き、それがどんなものなのか一瞬想像が付かなかった。
《人身売買》なんて言葉は、昔の事、もしくは遠い国の話だと思っていたからだ。それがこの日本で起ころうとしていたなんて。さくらの考えていることが解ったのか、小狼は小さく頷いた。

「《人身売買》は今でも海外で多く行われているんだ。厄介なのは政府の幹部も関与しているところもある。裏社会で行われている事だけど…。殆どは労働や金銭目的だ。女、子供は高く売れるらしい。しかし今回の奴らは人柱、つまり人身供養…《生贄》のための《人身売買》。そんな事を呪術として未だに行っているところもあるんだ。こういった組織を追うことも李家の仕事。まぁ普段は李家でも本家以外の人間が管轄していることだけど、今回は日本だったからな」

小狼の言葉にさくらは顔を引き攣らせた。そんなことが未だに有って、それを李家で追っているなんて。
小狼はそんなさくらの気持ちを汲み取って、繋いだ手でそのままさくらの頬に優しく触れた。さくらは微笑み頬がほんのり熱を持ち、心は落ち着きを取り戻す。
「苺鈴ちゃんも、今回はお仕事手伝ってるの?」
「アイツは…京都の陰陽師と繋がっているからな。今回はそっちの手伝いをしている」
「そうだったんだ。だけど、たくさんの人をどうやって日本から連れ出そうとしたの?いくら操られてたって出来ないよ、そんなこと…」
「薬で操って、コンテナに入れて貨物として船で国外に出るんだ。現にあれだけの人間を倉庫に閉じ込めることが出来ていただろ?やり方なんていくらでもある」

いくらでもって…。
さくらは、改めて自分がどれほどの危機に遭遇していたのかを思い知る。

「わ、私も小狼くんみたいに、お薬に強くなっておこうかな…ははは…」
さくらは困ったように笑って言った。
「辞めておけ、酒に強くなるのと訳が違う」小狼は可笑しそうにフッと笑って言う。
「お、お酒って未成年だよっ!」

そう言ってみたものの、さくらはお酒の味を知っていた。お正月にお屠蘇を飲んだことがあった。あの強烈な味は忘れられない。
一口と言って口に含んだ瞬間、口の中がカッと熱くなり、苦いのか甘いのかなんだ解らない液体が口の中で暴れた。さくらは一瞬で吐き出し、父藤隆が慌ててタオルで拭い、兄桃矢が「だから辞めとけと言ったんだ」と水を差し出してくれた。

そんな事を思い出して《薬》の抵抗力を着けることはとてつもなく大変な事なのだと思った。
「大変な事なんだね……。どうして小狼くんはそんなにお薬に強くなろうと思ったの?」
素直に疑問に思ったことを聞いたさくら。その言葉に小狼が苦笑する。
「《薬》に関しては、苦い経験があるからな…まぁそれなりに。それに今回の様なことがあった場合の保険みたいな物かな」
小狼はフッと笑って「心配するな」とさくらの頭をポンポンと撫でた。その優しい瞳をじっと見つめながらさくらは思う。

何でもない様に言っているけれど、小狼の知る世界は、自分の知る世界のその先…違うモノを見ている様で何だか少し悲しい気持ちになる。彼は普段どんな仕事を、どんなところまで―――。

小狼の琥珀色の瞳の奥の真意を探る様に、さくらはじっと見つめ続けていた。
―――小狼くん……どんなことをしたの?
さくらのそんな眼差しを見て、一度止めた手でもう一度ポンポンと撫でる小狼。

―――お前に言う訳ないだろ。そんな事…………
ふと過る記憶。身体が覚えている記憶。
身体が受け付けられる限界値まで何度も取り込んだ《毒》。
抗体を作ために何度かそれを繰り返した。暫くすると身体は、大概の物を取り込んでも麻痺することなく自分の意思で動かすことが出来る様になった。
体内にある制限装置。それを自ら麻痺させた。そうすることで、多少の《毒》には反応しない身体になった。

さくらを撫で続けていた小狼の優しい眼差しの奥に苦笑が混じる。
「そんなにじっと見るな…」―――記憶まで読まれている様だ。
「ほ、ほえ……。す、すみません…/////」
さくらは、頬を染めつつ俯く。それを追う様に小狼はさくら顔を覗き込んだ。
「な、なに…////?」
「その目で…何を見ていたのかと思って」小狼は悪戯っぽく笑って、さくらの頬にそっと触れた。
「何って…小狼くんだよっ!?」
吐息がかかるほどの距離に小狼の綺麗な琥珀色の瞳が迫る。さくらの翠色の瞳が戸惑い揺れた。
「あ、そ……」
その囁き答えた口はそのままさくらの唇を塞いだ。

「……ぅ…ん……」
軽く触れただけのはずなのに、深くなって行くキスは甘く苦い《薬》の味がした。
惜しむ様にそっと離れた唇。ゆっくり瞳を開いていくと先ほどと少し違う色に見える琥珀色の瞳。

その瞳が何かを訴えかけている様に見えたと言ったら…貴方は何と答えるだろう。

いつも優しい貴方。ズルく汚いモノがあったとしても、すべて自分の中に閉じ込めてしまう。きっと私にそんなものを見せたくないって思っているから。でも一人で抱え込まないで…。
いつか話してくれるなら…私は笑顔で受け入れて、貴方ごと包んで抱きしめてあげる。いつでも笑顔で迎えよう。

はにかみながら「ふふ」っと笑ってさくらは小狼を見上げた。
「小狼くんっ!今日は助けてくれてありがとう。お仕事お疲れ様!」さくらは満面の笑みで言った。
「…なんだよ突然」そんなさくらを優しく見下ろす小狼。
「助けてくれたお礼をちゃんと言ってなかったなぁと思って…」
「助かったのは俺の方だ。さくらがいなければ、中途半端になっていた。……俺の方こそ、ありがとう」
二人は微笑み合う。

きゅるるるる~。

「……っ!!ほ、ほえええぇ~!!」さくらの顔が一気に赤く染まった。
さくらのお腹が元気に鳴いた音だった。
「そういえば、夕飯食べてないもんな」小狼が笑って言う。
「は、恥ずかしいよう~。」
「あ、それともう一つ…。桃矢が今日の夕食当番はさくらだって言ってたな」
「ほえええ~!!!忘れてたよぉ~!!」

静かな埠頭にさくらの声が響き渡った。
















END









◆◇◆◇後書き的な◇◆◇◆
やっと完結です。魔法とかそういうバトルではありませんでしたが、久々のこんな感じのお話。私の本来?なお話の一つになった…かな?
毎度言いますけど、うちの李家は手広くやってます。ICPOとも繋がっているのでしょうか。
銭型さんとか…。まぁあの人は怪盗を追っていらっしゃるので…。おっと脱線。
苺鈴ちゃんが言っていた、《匠くん》は私のオリキャラです。詳しく?はこちらのお話⇒『双晶』

お話より、書き上げるのに時間がかかってしまいました。お付き合いありがとうございました。