▼△月と星と香る江(5)〔ふらいんぐの彼方に〕△▼ | チョロ助を追いかけろ

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子育て奮闘記とHQとCCさくらな日々


薄っすら開いた目にまだ薄暗い部屋。ぼんやりと見える部屋の中を瞳だけを動かして見渡す。
(……あれ?朝………?)
さくらは瞬きをした。それと同時に背中に感じる温もりに気が付くと同時にさくらの頬が染まる。さくらはゆっくりと身体ごと振り返る。そこには気持ち良さそうに眠る小狼の姿。今日もこうして同じベッドの中にいるというちょっと恥ずかしくて、でもとっても幸せなこの瞬間に胸がキュンと鳴る。
小狼のその寝顔にさらに胸のドキドキが高鳴る。さくらはにっこり微笑みながらその寝顔を見つめた。

ーーーでも………。
昨夜、と言っても日付も変わって屋敷に着いたのは何時だったか?さくらにはあまり記憶がなかった。眠くて倒れそうになりながらもお互いの部屋に入った。
そしてシャワーを浴びて…。
(あれ?私、どうやってベッドに入ったんだっけ?)
そう、こうしてベッドに入った記憶が全くない。そしてどうして小狼が今日もこうして(昨日は先にベッドから出て行ってしまったけど)一緒に寝てくれているのか。

(ここ、私のお部屋だよね?)
視線を上げるとベッドサイドのチェストの上に《二人のくまさん》の姿が見えた。
しかし考えれば考えるほど思い出せず、さくらの表情から笑みが消え真剣な顔で記憶を巡らす。この状況はなんだろう。今度は不安げに小狼の顔を恐る恐る見ると、
「思い出した?」
突然発せられた小狼の声に、ビクッとさくらが肩を震わす。
「しゃ、小狼くん…起きてたの?」
さくらがそう言った時、やっと小狼の瞼が開いた。でもそれは《今起きた》という物より《ずっと前から起きていた》という言葉の方が合っている程、ぱっちり開かれている。
「ああ…少し前に起きたよ」フッと笑って小狼が言う。
「えっと……」さくらは恥ずかしそうに頬を染め、続ける言葉に迷っている。
「昨夜の部屋の前での事とか、覚えてないだろ?」そう言うと小狼は昨夜の話を始めた。

カウントダウンが終わった後、あまりの混雑に歩いて帰ることになった。地元人の小狼の案内でそれ程歩かなくても屋敷に着いた。しかしその時にはさくらの眠気のピークはかなりの物で、そんなさくらを抱きかかえようとした小狼に「自分で歩けるから」とさくらは頑なに拒んだのだ。

そのことを聞きながらさくらは何と無くその時のやりとりを思い出して、頬に熱を持つのがわかった。
(だって……小狼くんのお家の人に見られちゃったら恥ずかしいと思ったんだもん……)

話はまだ続く。なんとか部屋の前までやってくると、
「本当に大丈夫なのか?」小狼はさくらの顔を覗き込む。
「うん…。シャワー浴びて寝るから……」虚ろな目で笑って見せるさくら。
「シャワーとか明日起きてからでいいだろ?とにかく早く寝ろって」
「海風に当たったから、シャワー浴びたいの…」
さくらのその言葉に小狼の眉間にシワがよる。
「だいじょうぶだよ…そんなに心配なら……、後で見に来ればいいよ、ちゃんとベッドで寝てるから…」
「………っ!!!」コイツ、何言ってるのか解っているのか?
完全に寝ぼけているさくらの言動に、小狼は大袈裟にため息を吐く。
「もう…いいから寝ろっ」
「ふぁ~い……おやすみ……小狼くん…」ふにゃっと笑ってさくらが言う。
「………本当に見に行くぞ」と心配して言う小狼を残して「いいよぉ……」とさくらは言いながら扉を閉めた。

「ーーーで、15分くらいして、心配して来てみれば、パジャマ姿でお前はベッドを背に床に座って眠っていたんだぞっ!!」しかも浴室の電気点けっぱなしで。と付け加える。
ベッドに横になったままの二人。小狼はさくらをジロリと見る。
「はう………」さくらは顔を隠すようにシーツを持ち上げた。
「ベッドに寝かせた後のことも…覚えてないんだな」
その言葉にさくらはそっと顔を覗かせた。そこに見えた小狼の顔は少し困ったように笑っていて、さくらは瞬きをした。
「……知りたいか?」ニヤリと笑う小狼に「知りたいような…知りたくないような……」さくらが呟く。

でも、さくらはなんとなく覚えているような気がした。
(ーーー確か手に優しい感触があって…もっと欲しくて………)
さくらはその感覚を確かめるように自らその手の甲に触れる。
「離してくれなかったんだ」と優しく笑う小狼。
「ほえ……?」
「俺の手を離そうとしなかったんだ」
そう言ってその時を再現するように、さくらの手を取り手の甲にキスをした。

その瞬間蘇る。さくらはあの時の優しい感触と行かないでと必死に握った大きな手を………。

さくらは目を見開いて…完全に目が覚めた。そんなさくらに「おはよう」と小狼が言うと「おはよう!」さくらは満面の笑顔で返した。

少し明るくなって来た部屋。それでも二人はクスクスと笑い合いながらシーツを深く被った。






今日は二人でのんびりと朝食を済ませた。
本当はあの後、「せっかく早く目が覚めたから、初日の出を見たい」とさくらは言ったのだが、「この時期の日の出は屋敷から見ることができない」と小狼に言われて二度寝のようにシーツに包まっていたのだ。
明日の午前の便で帰国するため、日本へのお土産を購入する為と、さくらが初売りに行きたいと希望したこともあり、午後からのんびりと街へ買い物に出掛けた。
そして帰り道。両手いっぱいに荷物を持った小狼と、片手に荷物を持ったさくら。普段個人的な外出に車を使わない小狼も、今日ばかりは偉に頼むんだった。と少し後悔する。
揺れるトラムから窓の外を見ると、坂を登って行く風景は新年ということもあってか、いつもより華やかに見えた。

「いっぱい買っちゃったね…。鞄に全部入らないかも…」さくらは小狼の持つ荷物と自分の荷物を見て苦笑する。
○○%OFFなんて書かれると、つい手が出てしまう。香港だから?いや、きっと日本で初売りに行っても買っていただろう。
「うちにスーツケースがある。それに入れて帰ればいい」そう言い、小狼は腕時計を見ながら「パーティ用の服って持って来てあるんだよな?」
「あ…うん…。そのことなんだけど……」さくらは視線を泳がせた。
『小狼には内緒よ』という緋梅の言葉がさくらの頭を過る。
「忘れたのか?」怪訝な顔でさくらを見る小狼。
「ううん。持って来てあるよ…」軽く頭を振ってさくらは答えた。
「ならいいが」

そんなさくらを不思議に思いつつ、屋敷に帰るなり四人の姉達が待ち受けていた。驚く二人に姉達が取り囲み、小狼にさくらの持つ荷物を押し付けると「支度が済んだら、私達の衣装部屋の前で待っていなさいっ!」と呆気に取られた小狼を置いて、姉達はさくらを連行して行った。
「なんなんだ…一体……」
何時もの素早い小狼はどこへ行ったのだろう。「ほえ~」と言うさくらの声を聞きながら、さくらとそれを取り囲む姉達の後ろ姿を見送ることしか出来なかったーーー。


李家四姉妹の衣装部屋。畳でいうと一体何畳部屋というのだろうか。そのぐらい、広さの把握できない部屋だった。ズラッとハンガーに掛かった服とまるで高級ブティックのようにディスプレイされたバッグや靴。一人分でもさくらの持つ服の数とは比べ物にならない、種類も豊富で豪華だ。
その室内のフィッティングスペースにさくらと四人姉妹が集まっていた。
「さぁ、準備できたわ」さくらに化粧を施しドレスを着る手伝いをした黄蓮が、さくらの肩にポンと触れる。
「さすが、黄蓮ね」芙蝶は微笑み腕を組んでさくらを見る。
「ええ…化粧もバッチリよ」雪花は人差し指を顎に当てながら、さくらを頭の上からつま先まで舐めるように見回してうっとりする。
「何言ってるの…」緋梅がにっこり笑って壁一面に掛かった布に触れる。
「「「「さくらが可愛いからに決まってる~!!!!」」」」
四人姉妹が同時に声をあげ、その合図で緋梅が布を引くと、壁一面の鏡が現れ、ドレスアップしたさくらが写し出された。
「ほえ……」(これ、私……?)
鏡に写し出された自分の姿が信じられず鏡の中の自分に見惚れるさくら。そしてその周りでは四人姉妹も「キャ~キャ~」と騒ぎさくらに見惚れていた。

扉の向こうから何やら騒がしい声が聞こえる。一体中では何が起きているのだろう。さくらは無事だろうか。黒を基調としたパーティ用の式服姿の小狼は、廊下の壁に寄りかかって腕を組み扉をじっと見つめる。
扉の向こうから聞こえる姉達の声。じっと見つめていると、しばらくしてその声が治まった。何故か小狼は全身に緊張が走った。扉のすぐ向こうにさくらが息を呑んで立っている。そう感じたのだ。何をそんなに緊張している?寄りかかっていた壁から背中を離して一歩前に出ようとした、その時。

カチャリ…。

ゆっくり開かれた扉。そこに、はにかんで微笑むさくらの姿。今度は小狼が息を呑んだ。
赤のベルベットのドレスを着たさくらが立っている。チャイナ襟、タートルネックなのにノースリーブのそれは透明感のある素肌、華奢な肩がそのまま露わになり、深くスリットの入ったロングドレスからチラリと白いさくらの脚が見えた。何時もより背が高く見えるのは、厚底で更にヒールで高さを出しているから。髪は普段の長さからどうやったらアップに出来るのだろう。男の小狼には解らない。いや、何もかもが解らない。目の前にいるのは何時ものさくらとは別人の様だった。

固まったままさくらを見つめる小狼は何も発することが出来なかった。そんな小狼の反応がさくらには不安になる。
「……やっぱり、私には似合わない…よね?」ポツリと呟いた。
「そ、そんなことない。少し驚いたというか…。俺の中でこういうイメージがなかったというか…」
「…そっか、そ、そうだよね、こういう大人っぽいのは、私のイメージじゃないよね…」
「違うっ!!そういうことじゃなくて、その逆だ。そういう物も着こなせるんだな…って…イメージ以上というか…」

「もう!!やっぱり、ヘタレねっ!」
「あと一声が、なんで言えないのっ!?」
さくらの少し後ろで二人を見守る姉達がヒソヒソと言っている。そんな声は今の二人には聞こえていない。
痺れを切らした緋梅が一言。
「男ならなんとか言いなさいっ!!」
その声にビクッと二人は肩を揺らす。さくらはそのまま振り返った。

「…………っ!!!!!?」

そんなさくらの背中を見てギョッとする小狼。さくらの背中は肩甲骨の形が良く解るところまで素肌が見えるているではないか!
緋梅はさくらの横を通り過ぎ、固まる小狼の目の前までやって来ると、手首をつかんでさくらの前に引っ張り、近寄らせる。間近で見つめ合う2人。
ーーー肌…出過ぎだろ……。
小狼は喉まででかかった言葉を呑み込む。コクリと音が鳴った。そんなことが言いたいんじゃない。

「……綺麗だ………///」
それはさくらにしか聞こえない呟きで。
「ありがとう………」
さくらの返事も小狼にやっと聞こえる声。
頬を染める二人に四人の姉達は、互いを見て満足そうに頷き合っていた。








to be continued……
















◆◇◆◇……
次で完結です。
完結に持って行こうとしたら長そうなのでここで切ります……。